夜は危険。魔眼はリスクあり。逃亡は安全。
『ショゴス、何か来たら伝えてね』
『ワカリマシタ』
この白い膜...<聖域>の中から外にいるショゴスにそう言っておく。今もあいつらは僕らを探しているはずだし、たとえ探していなかったとしても警戒するに越したことはない。
このまま、マナさんの回復を待つのが一番いい。
「あー、マリア...ちゃん?これからはちゃん付けなしでもいいかな?」
ショゴスが見ていない方向への警戒をしながら、エリカさんはそう聞いてくる。
「理由はちゃんとあってね、これから町に着くまでの道中はずっと奴らに追いかけられるんだよね。その状況下だと早く呼べた方がいいかなと思ったんだけど、だめかな?」
「いいよー」
もちろん、断る理由などない。マリアちゃんとマリアだと2文字くらい違うもんね
「うん、結構難しい話したのに即答なんだね...理解できているのか、はたまた何も分かっていないのか...」
っと、まずいまずい...のか?ここで僕の精神年齢がおそらくお姉さん達を超えているっていうことがバレるのは、特に今の所は何もないけど。
うーん。何かあるかもだし、できる限りバレないようにしようかな。
「わかんない?」
「ああ、そう...」
...なんか、微妙な反応だな。まあでもバレるよりは......いいのかなあ。
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「...はっ」
飛び起きる。いつの間にか寝ていたらしい。
見上げると、空は晴れているのがわかるくらい綺麗だった。
周りを確認...異常なし、と。
「あ、おはよお。早起きだねえ」
「お、おはよう」
マナさんと挨拶を交わす。早起きって言ってるけど、僕よりも早く起きているのがマナさん本人なんだよね...
まあいいや。
「ほおら、エリカも起きてえ。マリアちゃんは起きたよお」
と言いながらマナさんが揺らすのは、
「zzz...あと5分...」
ぐっすりと寝ているエリカさん。いつ敵が来るかわからないのに、なんてマイペースな...
いや、マナさんの方がマイペースなのかな?うーん、マイペースの意味を調べたくなってきたぞ。
ちなみにリーシャちゃんはくうくうと寝息を立てながら寝ていて、まさに幼児という感じだ。
あ、にっこりと笑った。かわいいなあ。
「もう、エリカあ。もし起きないんだったらあ、いつものアレ、やっちゃうぞお」
と言いながら近づくマナさん。手が明らかに不審な動きをしていますから、これは楽しみです。
「zzz......」
そして寝続けるエリカさん。
かーらーのー?
「うりゃあ!こちょこちょこちょこちょ!」
「ひ、あははは!」
ボロ布の中に手を入れて弄るマナさん。直に触るのはよろしくないですね...色々な意味で。
まあ、もしも前世の体だったら...なんて、考える理由もないな。
「ひい、ひい、おきたから、起きたから...あはは!」
「あ、おはよお」
エリカさんが起きたのを確認したマナさんが手を止める。残念、もうちょっと見ていたかったんだけどなあ。
「はあ...はあ...あの、マナ?もうちょっと優しい起こし方とかないの...?」
「ないよお」
「ええ...」
しかし、マナさんはいつものって言っていたからな。エリカさんは朝が弱くて、だからマナさんが毎回くすぐって起こしているって考えると...うん、いいですねえ。
「って、こんなことをしている場合ではなかった!」
エリカさんの声で思考が切り替わる。そういえば、まだ安全な環境にはいなかったね。
えーと、そういえばショゴスって...
『ショゴスー。今どこにいるのー?』
と呼びかける。すると
『スミマセン、チョットマッテテクダサイ』
とちょっと遠くから声。
すると、森の中からひとまわりくらい大きくなったショゴスがやってきた。
「...この姿、3回目にもなると慣れてきたような気がする」
「私は2回目だけどねえ」
ついにも慣れてしまったエリカさん。ところでマナさんって3回目じゃないの?
「マナさんはさんかいめじゃないの?」
「私は<聖域起動>したからねえ」
「???」
いや、その説明だとわかりませんよ。こちとらまだ5歳なんですから、もうちょっとわかりやすく説明してくださいよ。
「あー。魔眼ってふたつ機能があってね」
そう話を始めたのはエリカさん。
「ひとつはその魔眼特有のスキル、例えばマナなら<魔法読解>みたいなものを発動させる機能」
「おおー」
なるほど、<魔法読解>とな。これは多分牢屋で護符の魔法陣を見るときに使ってたやつかな。
「そしてもう一つが、あらかじめ設定しておいた魔法を使うというもので、これがマナの場合<聖域起動>なの」
「ほうほう」
「発生自体が確認しづらいからとても強力なんだけど...弱点があって。それが、使った後一時的に視力がなくなるっていうデメリットなの」
「もう何度も使ったからあ、慣れたものだけどねえ」
はいはい、つまりだ。視力がない状態だったから、あの馬車がぶっ壊れる様を見ていないってことね。
盲目の人がクトゥルフ神話生物を見ても大丈夫なのと同じ原理ってことだ。
「それでみてないんだー!」
「そういうこと。まあマナも私も、慣れちゃったことには変わらないんだけどね」
「もうドラゴンを見ても大丈夫だと思うよお」
いや、流石にドラゴンは無理なのでは...?
『マスター?』
『あ、ごめんごめん』
っと、ショゴスのことを忘れていた。まあショゴス関連の話をしていたわけだけど。
うーん、なんか本当に大きくなったなあ。
『なんで大きくなってるの?』
『サキホドマデアサゴハンヲタベテイタノデ』
...ん?朝ごはんだって?
え、朝ごはんって...人間だよね。
そういえばエリカさんの笑い声は結構大きめだったけど、誰もこなかったよな。
『えっと、何人くらい...?』
『ウーント、50ニンクライデショウカ』
あー......うん。
あはは、と乾いた声が漏れる。
「ん?マリア、どうかした?」
「あーうん」
思考が止まらない。50人、50人かあ...
「ショゴスが、あさごはんをたべたんだって。50にんくらい」
「え.........え?」
「うわあ、すごい食欲だねえ」
「いや、食欲じゃなくて!」
エリカさんの指摘もごもっとも。この場合、食欲は問題ではなく...
「50人って...あいつらほとんどってこと!?」
そう、50人も喰ったことにある。
「あらあら、じゃあ道中は安全だねえ」
「...結構非現実的なことでも受け入れるよね、マナは」
『えっと、50人もきたときになんで呼ばなかったの?』
一応聞いておく。想像に難くないが、念の為だ。
『ヨンデモオキナカッタノデ』
うん、まあここ道のど真ん中だからね。多分すぐ僕たちは見つかったんだろうな。
でも深夜だったことも相まってショゴスが見つけられず、あるいは見て発狂でもしたか。
とにかく、ショゴスの餌にされた...と。
『マスターノマワリノニンゲンハタベナイホウガイイトオモッテタベテイマセンガ』
うーん、この頭の良さ。もしこれよりもショゴス・ロードは頭がいいのだとしたら、叛逆した時は一体どんな労働環境だったんだろう。逆に気になってくるぞ。
「えっと、まだ頭で纏まってないんだけど。とりあえず行きましょうか?」
「そおだねえ、ここで止まってたら何もできないしねえ」
「は、はーい」
『ショゴス、とりあえず本になってね』
『ワカリマシタ』
ググーっと小さくなって、最終的にショゴスのいた場所には一冊の本が置かれた。
あ、よく見ると本も大きくなってる。持つと...うーん重い。
いや、これどうしようか。
「...あー、インベントリの使い方を」
「おしえてください!」
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本を<インベントリ>から出す
本を<インベントリ>にしまう
本を出す
本をしまう
「おおー」
だいたい十分くらいして、ようやく覚えることができた<インベントリ>の使い方をずっと繰り返す。
楽しいとか楽しくないとか、そういうこと関係なく、だ。
「あははー、何回も繰り返してる...」
「使えるようになって嬉しいんだもんねえ」
「うん!」
めっちゃ嬉しい。すっごく嬉しい。
「さて、<インベントリ>を使えるようになったのはいいけど、私たちの目的はまだ達成しきってないからね」
「でも追手来ないよお?」
「...とにかく、このままこの道を進んで大きな街道に一回出よう。そうしたら、ようやく街に帰れるからね」
「「はーい」」
勢いよく返事するマナさんと僕。
それを聞いてエリカさんは前へと歩き出し、僕たちもそれに続く。
まあ最も、僕自身は街に帰ったとしても何もないんだけどね。母さんはいないし...
あ、確かキラとかいう兄がいるんだっけか。3歳の時からずっと見ていないせいでまるっきり忘れていた。
そうそう、それとキラ...兄さんを連れて行った父さんも。
ということは、まだ悲観するべきではないのかもしれない。
でも父さんって言っても、顔を見たことはないし、なんだったら声も聞いたことがない。
それって......父親って言えるのかな?
ま、いっか。何はともあれ、あとは超安全な道を突き進むだけだしね。
と思っていると、
「ストップ」
エリカさんがそう言うので止まる僕たち。
「えっとお、何かあったの?」
「前を見て」
マナさんの問いにそう答えるエリカさん。
前を見ると、なるほど。確かに奥の方に何かある。
いや...違う。何かあるのではなく、何かがこちら側に来ている。
それもたくさん。
「あれは...」
思わず漏れ出る声。それを拾ったのはエリカさんだ。
「アレはね、少なくとも僕たちの味方だよ」
どんどん、すごい速度で近づいてくるため音もすごい。
パカラッパカラッという足音だけじゃない。ガラガラという金属音や、「うおーー!」という声も聞こえてくる。
「ここの一番近くの街、多分「シウズ王国王都」から来た、私たちを保護してくれる人達」
ここまで近づかれると姿もよく見える。
馬に乗る鎧を着た屈強な男達のその姿は、まさに騎士と言える。
「名を、<シウズ守護騎士団>っていうんだ」
ショゴスは最強、に見えますが実の所クトゥルフ神話生物の中では弱めな方です。(とある文明を崩壊させたのはあくまでも数の力。質に関してはまあまあな方です。まあどちらにせよ人間から見たら脅威でしかないんですが)
今後もっと強い(規格外)クトゥルフ神話生物も出てきますので、お楽しみに!




