突然の別れ
ちょっと短めですがもう一話あります。
目を、覚ます。その行動に異常はなかった。あったのは、周りの景色。
目を開けた途端入ってくるのは、土色の天井と見知らぬ人
...母さんは、どこ?
「おかあさん!」
すぐに飛び起きてその場を離れようとしたけど、鉄格子が行手を阻んだ。
...え、母さんはどこなの?
「おかあさん!!」
鉄格子を揺らして呼びかける。が、帰ってきたのはドン!!!という音と
「うるせえよ!!叫ばせんな!!!」
という怒鳴り声。
...でも、母さんが
「おかあ」
「静かにい」
口を塞がれる。視界がぐしゃぐしゃになりつつも必死にその名を呼ぶ。
だって、母さんがどこにもいないもん。
でもその空気の振動はこの世に出ず、出てきたのは嗚咽のみ。
ここはどこ!母さんはどこ!なんで僕はここにいるの!
わからないよ!
「落ち着いてえ」
耳にそんな声が届く。
落ち着けるもんか!僕はまだ5歳で、親が必要な時期なんだよ!
「落ち着いてえ」
声の主はそう言うと、背中側から僕を抱きしめた。
そうされるとなぜか少しだけ落ち着いてきた。
でも...母さんはどこ?
「落ち着いて、ね。お姉さんとゆっくりお話ししましょぉ?」
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1分くらいその状態が続き、ようやく冷静になってきた。いまだに母さんがどこなのかわからないのがとんでもない恐怖感を僕に与えてくるが、それを考えているとまた叫びたくなってしまう。
「そうそう、良い子だねえ」
そう言って頭を撫でてくれるお姉さん。なかなかにいいスタイルをしていて、カーキ色のぼろぼろの服を一枚なのでなかなかやばい人だ。
そういえば僕も同じような服を着てるな。さっきまで気づかなかったから、だいぶ冷静になれた証拠だな。
体を器用に半回転させて反対側を確認する。土色の壁に......僕と同じカーキ色の服を着た何人かの人。
数えてみると...3人。僕と同年代が1人、お姉さんよりも少しだけ若い人が1人。全員女性だ。
全員、僕を見て不思議そうな顔をしている。確かに、僕は起き上がった直後に叫びまくってたから変人ではあるのかもしれない。
「...落ち着けたあ?」
「...うん。」
お姉さんが聞いてきたので答える。精神的にはだいぶ安定してきた。
「ここ、どこ?」
一応聞いてみる。大方予想はつくけどね。
「ここ?うーんと、ここはわたしたちのお部屋なんだよお」
お姉さんがお姉さんよりも若そうな人に目線を当てる。
若そうな人は静かに頷いた。
「...それで、わたしたちはわるい人たちに捕まっているんだよお」
「...わるい、ひと?」
「そう、悪い人」
悪い人、か。
「おかあさんは、どこ?」
ダメ元で聞いてみる。
「お母さん?えっと...エリカ、どうだったっけえ?」
お姉さんはそうお姉さんよりも若い人......エリカにそう言った。
「んと......確か馬車を引く声が聞こえたから、多分馬車。だから、たぶん...」
「もおいい。ききたくない」
「...そう、だよね」
お姉さんがぎゅっと抱きしめてくれる。その感覚はまるで暖かい毛布のようで。
......わかってたかそうでないかで言うのであれば、わかってはいた。あの質問は、ただの現実逃避だ。
馬車だからどうとか、そういうことは何一つわからない。でも、冷静になれたからこそあり得る可能性があるのがわかっていた。
目頭が熱くなる。現実は直視したくないけど、しなくてはならないのだ。
でも、辛すぎる。あり得ないと思っちゃうしあまりにも急すぎる。
「うう......」
声にならない声を出して、泣いた。しかし不思議とそれ以上は我慢することができた。
なぜなのかは、いま思い出した。
前世のときだ。その時のことをどうやら僕は鮮明に覚えているらしい。
ちょうど5歳くらいの時、お母さんと一緒に散歩していた時、工事現場の近くにいた時。
一瞬で、握っていた手の感触が、消えた。
隣には、鉄骨。
下は、見た。
そこには、原型がなくなった人の死体があったんだ。
あまりにも突然だった、今と同じように。
慣れていた、というわけじゃない。なぜかその時もあまり泣かなかった。
なんでなのかは、今はあまり考えなくてもいいかもしれない。
思考を切り替えよう。大きく深呼吸をする。
「すぅーーーーふぅーーーー」
お姉さんはびっくりしていた。だってぎゅっと抱きしめていた子供が深呼吸を始めたから。
「ねえ、おねえさんのなまえは?」
「え?え?」
聞いてもオドオドとしている。少しかわいい。
「私がエリカでそっちがマナ。で、この子達が」
「あ、えっとリーシャっていうんだよお!」
呆れたエリカさんがそう言った後、マナさんが同年代の子を紹介する。
「あなたはあ?」
マナさんが聞いてくる。
「ぼくはマリアっていうの」
マリア。僕の名前であり、おそらくもう会うことのできない母さんからもらった大事な物。
自己紹介は終わったのだ。あとやるべきことはただ一つ。
ここを、脱出することだけだ。




