多分さざなみ
さざれ〜いしの〜
駆ける馬車はついに草原の中腹に入った。最も草は見えないが。
そこは凄惨としか言えないほど惨たらしい場所であり、見渡す限り<ゴブリン>の死体で埋め尽くされている。
ああ、あとそれを食しているグールの皆さんがいる。むしゃむしゃと美味しそうに食べているな。
「もぐもぐ......苦味が強いですが意外といけますね。焼いてみるといい感じかもしれません」
「いや食レポは求めていないのよ」
参っているリーシャを横目に、ずっと周囲の警戒をする。見渡す限り死体なのだから、死体に隠れている奴がいるかもしれない。
「グギャ!」
「こいつみたいにね。ショゴス!」
音もなく一瞬で捕食され、左腕の中でそれだったものが蠢いているのがみて取れる。
相変わらずきもい。
「おい、確かマリアって言ったっけか!」
「はい!そうですが!」
かなりの速さを維持しているため馬車内にはさっきから風が吹き荒れている。
それこそ御者と話すのに大声を使わないといけないくらいね。
「まだ<ゴブリン>はこっち追いかけているな?」
「...はい!一応半分まで数は減らしてますが、まだまだ追いかけてきます!」
(このタイミングであれですが、少し悪い情報です)
え、なにクトーニアン。嫌な予感がするのだけど。
(増援です。数にして300がこの馬車の背後をつけてきている集団に集合してきます)
...まじ?
「嘘つきました、さっきまでの4倍になります!」
「ふざけるなよ!?」
「ふざけれたらどれほど良かったことですかね!」
こっちだって生きるのに必死だ。今は丑の刻、上弦の月。たとえ<魔力解放>を行ったとしてもこの量の<ゴブリン>から僕を守れる可能性は低くなってしまう。
「くそ、こうなったらやけだ。このまま<ゴブリン>のその巣に突っ込みに行く!」
「え!?補給は!?」
「この状態で街に突っ込んだらただの迷惑だろうが!それに」
「それに、この量まで<ゴブリン>が増えているのです。多分カウラは落ちています」
リーシャが起き上がって話に入ってきた。
「だろうな。1000ほどの<ゴブリン>が少し前にシウズ王国王都周辺に現れたってのは聞いてたが...」
「こっちで溢れたものが来ていた可能性がありますね。私が来たときはカウラは無事でしたが」
「...見えてきたぞ。カウラだ」
言われて外を見てみる。
見えてきたもの、それに向かってはいないが、しかし遠くでギリギリ見えるような距離にそれは現れている。
街だったもの、その残骸が。
(クトーニアン、生存者の確認。いるならすぐに伝えて、それと<ゴブリン>は殺すこと)
「ショゴス、クトーニアンについて行って」
(了解)
「わかりました。リーシャさん、マスターをよろしくお願いします。マスターはとても貧弱なので」
「任せてください」
「いや僕が守る側...行っちゃったよ」
左腕が地中にいなくなり、ここにいるのは人間が3人。
「一応生存者は確認しに行かせたけど...」
「いないだろうな。<ゴブリン>はとても狡猾だ、しかも>キング・ゴブリン<がいるのなら尚更な」
「他の街には伝わっているのでしょうか」
「>キング・ゴブリン<だぞ?下手したらまず通信網を潰していてもおかしくはないだろうな」
それに、もし伝わってしたとしてもまずくることはないだろう。
...伝わってくるのは絶望だけだ。圧倒的な数の暴力、<ゴブリン>の津波。<アングリィメドッグ>の軍勢と戦ったからこそその絶望に理解があるけど、そこに知能を一定以上持っているやつと戦うのはさらに嫌だ。考えるだけでも恐怖で染まりかけるぞ。
「...やばい、絶対に考えたくことないことを考えちゃった」
「何をですか?」
おい待てやめろ。
「さっきリーシャは<ゴブリン>が増えているから、カウラは落ちているって言ったよね」
「そうですね」
思考がぐるぐる回る。もう考えたくもないのに、口は勝手に動いてしまう。
「もしかして、人間を生け捕りにして...」
「是、ですね。苗床にもしますし労働にも使います」
「しかもその上で知能も持つときた。<魔獣>の中でも最悪の存在だな」
あうう。なぜそこまで聞いたし、肉体の僕。
「いやあ、だって聞きたかったし...おええ...」
「馬車酔いですか?」
「そう思っといて...うっぷ」
とりあえず流れていく地面に吐いて楽になる。<ゴブリン>が見てくるとか関係ない、一旦楽にならないと冷静な思考もできないだろう。
「もうすぐ山に入るぞ!そっからは馬車は捨てる!」
「え!?」
「馬たちがもう限界だ!一旦休ませねえともう走れねえし、そろそろ楽にしてやりてえ!」
今まで見ていなかったが、確かに2頭の馬は限界の様子。防げていなかった矢やナイフがいくつか刺さって血が流れながらずっと走っていたらしい。
「...わかり、ました。楽にする方法はあるのですか?」
「できれば一瞬でやりたいな。俺たちを生きながらえさせてくれたせめてもの礼だ」
「なら僕がやることにしよう」
「頼む」
クトーニアン。そろそろ情報を教えて欲しいのだけど。
(それくらいもうすでにわかっていると思いますが...生きている人間はもういません、あの街では<ゴブリン>が資材を回収しているくらいですね)
ならすぐにショゴスを連れて戻ってきて。
(はい、わかりました)
「山に入る直前あたりに<神話生物>が合流します!それまでは走らせてください!」
「わかった!...あとちょっとの辛抱だからな、ネイル、ライノ」
名前までつけているのに...いや、それでもか。
はっきり言って今の状況では怪我を負ってスタミナもなくもう走れない馬というのは邪魔でしかない。
苦渋の決断、というやつだろう。
「...おいおい、前からも来たぞ!」
「数は、って...」
「え?え?」
直ぐに僕も前を見ると、そこには<ゴブリン>の雪崩がおきている山が。
まじかよ。
「おいおいおいおいおい...あの量どうする?」
「どうするって言われても、どうにかするしかないのでは?」
「その方法をどうするかって考えてるんだろうが!」
うーむどうするか。後のことを考えると残りのMPは残しておきたいし...
「...あ、いいこと思いつきました。イジさん」
「ん?なんだ!」
「この馬車って頑丈ですか?」
「はあ?まあそりゃ頑丈だぞ。ここまで壊れていないのがその証明だな」
「じゃあ...」
リーシャが思いついたこと、それは...
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「タイミングは一瞬、わかってるね、リーシャ」
「もちろん。ショゴスさんも、お願いします」
「おい!しっかり弁償してもらうからな!」
「ははは、わかっていますよ...では」
ショゴス!
そう思えば、ショゴスは馬を喰らい尽くす。その速度は一瞬で、馬たちは痛みすら感じることなく逝ったことだろう。
せめて安らかに、そしてありがとう。
「それじゃあ行きますよ!」
速度の乗ったまま滑っていく馬車を降りるリーシャ。もちろんイジさんと僕は馬車、いや荷台に乗っている。
「せー
そして降りてすぐに
のっ!!」
思いっきり荷台を蹴り上げた。
ゴン!
という音と同時に飛び上がっていく荷台。ちゃんと掴まっていないと振り落とされそうだ。
「やっぱ無理やりすぎるだろ!」
「でもこれが最善策なのは納得したじゃないですか!」
「よっと」
そしてその荷台に飛び込んでくるリーシャ。まるで桃〇〇だなおい。
「これで山頂まですぐですね!」
柱じゃないけどね