向かうは王都
馬車はゆっくりと進んでいく。振動は思ったよりも少なく、幸いなことに車酔いもしていない。村を出た後はめちゃくちゃ平和で、ひろーい草原を眺めても危険な香りすらない。それどころか、目の前にいる母やおじいさんおばあさんは5分ほど前から寝ている。
平和なのはいいことなんだけど、もっとこうアクシデントなんかも欲しいよね。
「暇なのかい?」
声が聞こえる。声の聞こえた方へ振り返ると、御者のおじさんが僕に対して声をかけていた。
「うん」
念の為、まだ幼いんだなと思えるような応対をする。まあこの人は大丈夫だと思うけど、ね。
おじさんはカッカッカッと笑った。
「そうかそうか!まあ魔獣も出ていないしそら暇になるわなあ!」
カッカッカと大笑いするおじさん。
「なにがおもしろいの?」
「ん?そりゃまあ、平和な方がいいからだな。笑ってられるうちは平和なんだよねえ!」
再び大笑いするおじさん。そんなことは関係もなく、馬車は進み続ける。
そういえば、王都ってところに向かってるんだっけか。
「おじさん」
「ん?何だいマリアちゃん」
「おうとってどんなところ?」
聞いてみる。よくよく考えてみると母さんにも説明されてない場所なんだよね。
「んー。そおだなあ」
おじさんは少し考え込むと、
「楽しい場所...だと思うぞ」
と答えた。
「ふうん」
一応返答する。ぶっちゃけ暇だったから聞いてみただけだからね。
馬車は...進む。たいしてアクシデントも起きずに。
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「......リア...マリア!おきなさい!」
はっとなって、目覚める。
「.....あ、かあさん。おはよう」
「おはようじゃないわよ、全く」
どうやら暇すぎて寝てしまっていたらしい。
と、急に揺れを感じる。周りを見てみると、まだ馬車の中...いや。
明らかに馬車の外はさっきまでと違っていた。
馬車の周りには馬車。その周りにも、馬車。
渋滞みたいな感じだが、これは一体...
と、また動いた。
「あっはっは!都会は初めてだろうからねえ、そりゃあ門前渋滞も経験したことはないか!」
あっはっは、と笑いながら話したのは...確かエマさんっていう名前だったはず。
「もんぜんじゅうたい?」
と聞き返す僕。
「ここの門の警備は常日頃から頑丈でねえ。怪しいものを王都に入れないようにしているのはわかるんだけど、ちょっとばかし時間がかかるのさ」
「へーえ」
そしてそれ以外の言葉が見つからない僕。どんな国だって入国審査は厳しいものだから、当たり前だよなあくらいの認識しか持てない。
しかし都会か......おそらく、王都並の街が他にもあるということなのかな?
そしてまた動く。あと...6回くらい動けば僕らの番っぽい。
しかし、6回か...
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大体24回くらい動いたか、ようやく僕らの番になった。
「シウズ王国へようこそ!お荷物とご入国される方を確認しますね」
と西洋の騎士風の姿の、兵士かと思われる人が何人か集まり怪しいものがないかチェックしている...のだが。
あんまり捗っていない。よくみると、足取りが重い。鎧が重いのかもしれない。
てか頑丈ってそのままの意味だったのね。
そして、大体十分が経過してようやく
「はい!安全なことが確認されましたので、このままお進みください!」
と言われた。なかなかに長かった。
などと安堵するのも束の間、急に左腕を引っ張られる。この感覚は...
「ありがとうございましたー!!」
と猛ダッシュしながら言う母さん。しかし、馬車はもう見えない。
初めての場所なのに感動すら湧かないのだが、それはいいことなのだろうか。
ダッシュして、ダッシュして、ダッシュする。そんな時間が、およそ1分。
キキーーッと急に止まる母さん。しかし、浮いている状態で引っ張られた僕は母さんを中心に回り始める...と思っていた時が自分にもあった。
僕もそのまま止まる。これに関しては、流石に色々と無視しすぎだよ。うん。
「さあ、ついたわよ!」
と、何かを指差す母さん。その先には......
まるで神殿のような外見。しかし、多くの人が出入りしている。そして、入り口かと思われる大きなドアの先は流石に遠すぎて見えない。
この建物は...一体...
「ここがシウズ国立図書館!世界で4番目に本が揃っているところよ!」
...4番目、4番目かあ。
なんか、こう、めちゃくちゃ微妙だなあ。
と母さんが僕の手を引っ張りながらぐんぐん進みはじめる。
まあ、ここが目的地っぽいしそりゃそうか。
一応、周りの建造物も見ておく。
うーん、直感的なイメージとしては「西洋のマンションかアパート」ぽいんだけど、あってるかなあ?
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中に入ると、そこは確かに図書館だった。
いや、図書館としてはあまりにも広すぎた。2階はないけど、4階がないと困るであろう位置にも本がある。
セラエノにある図書館と同じくらいだろうか、いや、もしかするとそれよりも大きいかもしれない。まあ行ったことはないんだけどね。
「ようこそ、シウズ国立図書館へ」
と声がかかる。
その人は...見たこともない格好をしていた。
「何か本をお探しでしょうか」
「ええ、学校受験についての本が欲しいのだけど」
「それでしたら■■の■■の■■地点の本棚にございます。この図書館のご利用は...」
「何回か。ルールとかもわかるわ」
「わかりました。では」
とものすごい速度で進んでいく会話。しかも途中で聞き取れない単語があったんだけど、<言語理解>のLvが足りないとかなのかなあ。
というかこの図書館のルールわからないんですが!
「あの、母さん。ぼくるーるわかr」
「この<リムーブカード>をお使いください」
「ええ、ありがとう」
と言って全てが終わってしまった。マジかよ...
「さ、いくわよマリア」
「アッハイ」
もはやそれくらいしか答えられなかった。
そんな我が子の気持ちも知らず、母さんはガンガン本の森の中を突き進む。
少しして、
「ここね」
と止まった。目の前には、本棚。
見上げてみると、確かに硬っ苦しい系の本が大量に置かれていた。
「さあ、どの本にしましょうか!」
と言いながら本のうち一冊を手に取る母さん。まさかここにある本全部の中から選ぶつもりだろうか。
マジか...ん?
何というか、こう変な感じがする。
もやもやとしていて、内側から引っ張られるような感じ。
どこからだ....っと。
母さんから少し離れたそこには本棚があった、のだが....
明らかに、周りと比べて本の量が少ない。他の本棚はパンパンになるまで入ってるのに、この本棚だけ一段に2冊くらいしか入っていない。
近づくと、少し強く引っ張られる。この奥だろうか。
本が入ってないところからは...通れないね。
うーんと本棚を調べながら考える。と、よくみると段にヒビが入っていた。
はっと思い少し触ってみると、それはぼろぼろと崩れ落ちていき、ついには何とか幼児一人分くらいのサイズになった。
そして...そこから動けない。金縛りではないのはわかる、体が震えているからだ。
そう。僕は、待ってた。こういうことを。
この内側から引っ張られる感覚は、僕を呼んでいるのだ。なにかが。
内なる衝動とでも言うべきか、高揚感が消えない。
ゆっくりと、ゆっくりと進む。本棚の先には...開き戸。
ゴクリ、と唾を飲み込む。心臓の音すらも聞こえる。
震えた手で、くぼみに指をかける。一つ一つの動作がとてもゆっくりになっている。
そして、扉は開いた。