末結
最後です。
光の中、影が形を変えていくのが地に描かれていた。
服は全て破り捨てられ、体のあちこちが変形していく。まるで波のようにうねり、蠢き、そして一つの形となる。
光がこの空間を満たしたのはおよそ数秒の間だけではあったが、その間にこの変形を見ていたのはきっと僕だけだろう。最も近く、そしてこの光の中目を瞑らず地面を見続けているのは僕だけだ。
「ふう...やはりこの姿が一番しっくりきますね。あの野郎に似ていることは癪に触りますが...」
まず一番最初に印象として残るのはその顔。一言で表すならタコ。だがそれを頭として取り付けているだけであり人型の肉体を持ち合わせており、またタコとしての目の他に金色の光り輝く目が一つ額にある。
肉体は水色よりも濃く青より淡い色。どちらかといえば青寄りだろうか。そんな肉体はまるで何かを求めるように鼓動しており、そこから生える2の腕と2の脚が、こう、なんとも言えない狂気を醸し出している。
...くそ、頭がぐらぐらする。貧血のような症状だろうけど、おそらくクタニド様の本来の姿を見ているのもあるかな。
幸い、僕は発狂せずに済んだ。ただ他の人はどうなってるかわからないな。というかさっきから耳塞いでるし。後ろ向いていないし。
「さて。時間がありませんから手短にやってしまいましょう」
クタニド様はそう言って腕を振り下ろした。特に地面に当たることもなく、その腕は空を切る。
そして、天井が消え失せた。同時に大量の矢も。
「...は?」
そう声が聞こえた。今耳を塞いでいることを鑑みるにこの声はあの<魔王>のものだろう。
土の一片の崩落もなく空がここから見えるわけだけど、少し見る角度を変えて空の端の方を見てみればそこには大きな木の葉と枝の綺麗な断面が見えることだろう。もちろん家や大きな壁の断面も見える。
しかし血の一雫も垂れていないことから、おそらく誰も死傷者は出ていないだろう。さすがクタニド様である。
「逃げても無駄ですよ」
腕を地面に突き刺し...そして虹色の人型をポイっと投げ捨てる。いや、多分そこにいたわけじゃないよねそいつ。
地面の中で腕を伸ばしたのか、はたまた手を突っ込んでそこにワープさせたのかは知らないけど、とにかくそいつは放り出された。安全圏から連れ出せた...こんなことになっている以上安全圏ではないな。自分のテリトリーから連れ出されたと言ったところか。
「な...あ...」
「あとは下ごしらえをして...」
パチン!と指を鳴らすと、そこには火で炙られながら水に鎮められながら地面に押し潰されながら吹っ飛んでいる<久苦の魔王>の姿が。
もはやどうなっているのか理解できないが、しかし苦行は続く。
体内から爆発を繰り返しながら体の端から氷漬けにされながら脳の電気信号を異常な値にまで引き上げられながら岩に埋まっていく。
しかもそれだけにとどまらず威光で焼かれつつも闇に覆われ、さらには聖なる力と邪なる力のぶつかり合いの間に立たされるというなんともまあひどい状況。
えぐい。拷問でもなくただの下ごしらえなんだが、え、これ本気じゃないんだよね?
「と、そろそろ時間切れですか...早いものですが、致し方ありませんね」
そう声が聞こえ、またもや眩い光を放ち...
...そこには服を着た女性がいた。ただし右手にはボロ雑巾になってしまった虹色の何かを引きずっている。
「さあ、あとはあなたたちの仕事ですよ」
投げ飛ばされるボロ雑巾。それはひらひらと空中を舞って、<勇者>の元へ辿り着く。
...一応どっちも発狂はしていないみたいだな。
「あ...あ、あ...」
「...せあっ!!」
切り飛ばされる...いや、間一髪で避けられ...
...いや、違う。避けた先でこいつは切られた。真っ二つに。
「おおお!」
陰から意気揚々と凸ってきたのはマイゲス。その手に持つ光り輝く二対の短剣が物語っているのは、およそなんらかの[超反応]に対応するスキル。
「俺はマイゲス!聖なる短剣よ、俺に力を貸せ!」
連撃が<魔王>を襲う。しかしスキルのおかげで全ての攻撃を避け切られてしまう。
ではなぜさっきからずっと傷が増え続けているのか。
よく見てみると避けた先で何かに攻撃されたような傷を毎回のように負っている。あとは...お、その避けた先に行く前の少し前、まあ戦闘中だから長くても数秒前なんだけど、そのタイミングで<魔王>はそこで攻撃を避けているな。
例えばこの攻撃。マイゲスは突きを繰り出しているが、もちろん奴には当たらない。体を横に動かして避けている。
そして...お、キタキタ。さっき攻撃を避けたところの横で縦振りの攻撃を避けて、さっき突きを避けたところに来て...
...突きが当たったような傷を負った。なるほど、わかってきたぞこのスキル。
言語化するなら、攻撃を空中に留めておくことができる、といったところか。なかなかに強いけど、普通なら対策は簡単だね。そこに攻撃があるのだから、それに当たらないようによければいい。
けど学習能力のない回避を行う<魔王>にそれは避けることができない。最速で最短の避け方しかしないから、ガンガン残っていた攻撃が当たるわけだ。
「[完全...」
大ぶりの十文字斬りを顔面に。もちろんしゃがんで避けられる。
続けて脚へ突き。しゃがんでいる体勢ではあるがジャンプで避けられて...
...その先で、肉体が4つに分裂した。
「...連携]!」
どさり、と落ちる肉体。魔獣だからなのか断面からは虹色の液体が漏れ出ている。
匂いとかも特にないし...反応に困るな。
「やったか?」
「おう、やったぜ」
おっと、復活フラグが立ってしまった。
瞬間、その肉体が消え去る。隣のクタニド様は、あーあという表情。
「は...はは!よ、ようやくこっちに戻っってこれたぞ!これで俺の力も..!!」
天井が生えてきて空からの光が遮られる。室内は真っ暗になり、何も見えなくなる。
「この部屋の修繕も完了した!あとはお前らを...」
「では、通告します」
「...あ?なんだ?」
声が聞こえてくる。それは僕たちがこの部屋に入ってきた方からだった。
「...きたか」
ソルス・バミアがそういったのが聞こえる。暗闇に目が慣れたおかげで僕も何がきたのかよく見える。
「では、僭越ながら...
<全魔獣2種討伐完了>
<全宝箱計128個開封完了>
<全ボス魔獣6種討伐完了>
<全隠しルート3本踏破完了>
<全マップ100%踏破完了>」
その時だった。確かに新しく生えてきたはずの天井が崩れ始めたのだ。
ボロボロと崩れ落ちるその様は、まるで終わりを告げているようだった。
「な...そんな、俺の、だ、<ダンジョン>が!」
「[完全勝利]です。お疲れ様でした!」
「く、崩れていくう....」
まるでその声も崩れていく瓦礫のように小さくなり、そして声は聞こえなくなった。
<ダンジョン>の全てがなくなり、今僕たちがいるのはクタニド様が地面を抉って開けた穴の底。
さっきまで<ダンジョン>にいたはずなのに、その面影は一切ない。そんな場所。
「崩れました!」
「うん。お疲れ様、クトーニアン達」
「追い込みをしてくれたこと、感謝してますよ」
「はい!それでは我々は地に戻っていますね!」
追い込み漁してたのね。だからあんなにすぐ捕まっていたわけか...
...これで2体目か。なんか早いなあ、同胞がいなくなるの。
「しょーり!!」
「お、意外と早かったな!」
「これでもだいぶ長かったけどね。クトゥグアもティンもお疲れ様。アイホートもありがとう」
「うむ、最終的に勝てたのだ。良かったな」
ただまあこちらの被害はほとんどない。ほぼ完全勝利だから無問題だ。
「勝ったぞー!!!」
「やったー!」
「いよぉぉし!!」
「はあ...はあ...や、やりましたね...!」
「私たち!頑張りました!」
あっちでも相応に喜んでいるみたいだな。これでこのクズも死んだっぽいし、めでたしめでたし...
...に、ならないのがクトゥルフ神話だよなあ。
「ええ、あなた達はやりましたね。とても良い結果です」
声が、聞こえた。怒り?いや悲しみに暮れた声だ。
...まあ流石に怪しいよね。まずあんなにもボロボロぼになっているのにまだ<魔力解放>が行われている時の姿で、しかも今見たら怪我一つなくピンピンしているんだもん。
「しかし...最終的に多くのネコマタが死にました。いくつもの尊い犠牲の上で、この勝利があります」
金色の盾を右手に。金色の剣を右手に。そして金色の鎧(として機能していないもの)を身に纏ったその姿は、まさに戦女神。
「何が、言いたい」
ソルス・バミアの口からかろうじて出てきたその言葉は、まるで全て分かった上での確認のようで。
いやまあ僕だってわかるよ。うん。そもそも猫を傷つける輩は何があっても許さない神様だ。
...バーストの姿は変わらない。しかし、そのオーラが変わっていく。
憎しみのオーラ。一般人ならこの時点ですでに死ぬような、そんな鋭すぎるオーラを身に纏っていく。
「...一応聞きますね。これはクタニド様公認ですか?」
「是」
「うわあ」
空間を引き裂かんばかりの存在は、確かにそこにいる。
そしてその獣のターゲットは...
「死者604名+慰み者となった3811名の代わりに、私が罰を与えましょう」
クタニド様が消える。が、他の神様は消えない。おそらく旧神は味方につけないということなのだろう。
...最も、僕のHPもMPも底を尽きている。そんな状況でやらないといけないのは相応にきついな...
「故に...死になさい、愚かな人間どもよ。まずは<勇者>、そしてマリア。お前達を、私の本気で殺してやる」
最初です。