あっけないマジックショー
種も仕掛けもある。
「とは言ってもまあ理屈は単純...まず、君は「探久の魔王」じゃない」
「どういうことだ?」
<勇者>が僕に問いかける。一応構えは解いていないあたり、僕が何かされたことでこの場で敵対化する可能性なども考慮しているのだろう。
やはり<勇者>は強いな。
「いや、僕もよくはわからないけどね。さっきこいつは言ったんだよ、"お前の体も拝借すっかね"って」
声真似で伝える。なかなか良く似せられたようで、<勇者>たちは驚いている。
「は、拝借って...そんなことできるわけ?」
「可能だとは思うよ。僕の意識、あるいは自我を消去してもぬけの殻になった体を乗っ取ればいい」
「...そうか。この<魔王>は最初から、おそらく覚醒した時から<イマジナリーフレンズ>になっていたのか」
よしよし、僕の知らない情報を出してくれたな。さすが<勇者>様。
「<イマジナリーフレンズ>?」
「本来はもっと南の方に現れる魔獣で、他の生物、この場合は人間や魔獣といったところだが、それらに寄生することで生きる生物群の総称だ。寄生されたものは一瞬で自我を消去され、その肉体や頭脳に記録された記憶を保有することになる<イマジナリーフレンズ>がそれに成り代わって生活をする...」
「うわあ...だいぶキモいな、それ。いつの間にか大事な人が違うやつになってる可能性があるってことか」
「寄生されても今までと変わらないのが厄介だが...まあ、一応寄生体を剥がすための魔法は存在するから、対処は可能だな。なくなった自我は戻ってこないが」
じゃあ何か。このずっと怯えているやつの本来の自我はすでになくて、その寄生体が住み着いているってだけなのか。
で、<勇者>の予想ではこの<魔王>が覚醒した時に<イマジナリーフレンズ>になったっていう話だけど...となると?
「そして...その<イマジナリーフレンズ>に覚醒したのはおそらく「久苦の魔王」だろう」
「「久苦の魔王」?」
「そういう<魔王>がいるんだ...ただ、この<魔王>が本当にこいつなら、ちょっとした謎が出てくる」
ん?謎?それってどういう...
「俺があの超高温地帯を抜けている最中、おそらく本来の「久苦の魔王」と思われる存在と俺は交戦した」
「え、そうだったの!?伝えてくれたら助けに行ったのに」
「あの時はそれを伝える暇もないほどの接戦だったからな。そして、その存在もまたそこの<魔王>と同じように[超反応]を使っていた。それも、こいつよりも精度のいいものをな」
ああ、ここで[超反応]の話になるのね。えっと、確か[超反応]は「久苦の魔王」がもっているスキルだったか。
これは、本来なら現時点の僕じゃ知る由がないな。<勇者>に詳しい話を聞いておこう。
「[超反応]って?」
「そういう<魔王>のスキルだ。だから、本来ならそれを高精度で所持しているあの<魔王>が「久苦の魔王」と言えるはずだが...」
そういうと、ソルス・バミアは怯えている男に目線を向けた。
「お前、いやどちらかというとお前の体なんだが、まだ[超反応]になれてないだろ」
「え?」
「そ、ソルス、どういうこと?」
「いいか、回避というのは慣れが全てだ。何度も何度も攻撃を喰らってしまうことで相手の動きがわかり、それで完璧な回避ができるようになる、が。[超反応]の回避はその過程を無視して回避ができる」
ソルス・バミアが剣を振る。いわゆる袈裟斬りというやつだ。
何度も何度も、袈裟斬り。
「これはただの袈裟斬りだが、別に切っているところは毎回完全に同じなわけじゃないし、しかも使用者によって速度、範囲、威力、全てが違う。だから、基本的に初見の技でなくとも、初めて相対する敵の攻撃というものは当たってしまうか、あるいは避けられても反撃ができない。全く同じ動きの、全く同じ技ならまだわからないが、たとえそれがどんな相手だったとしても普通ならそうなる」
さっきまで片手で振っていた剣を、今度は両手で持って袈裟斬りするソルス・バミア。
確かに先ほどまでと比べて剣が速くなっている。ここに踏み込みなどを入れればリーチなども変わってしまうだろう。
...もし僕があの片手袈裟斬りを避け続けていたとして、急に両手の袈裟斬りに変更されたとしたら。
まあ回避はできるだろう。ただ急だから驚いて対処はできなくなると思うけど。あるいは当たるかだな。
いわゆる、スローボールに慣れたところに豪速球。みたいな感じだろうか。今までちょっと違うものに慣れていたせいで、変化に対応できない。野球でもそうだけど、そこが戦場ならばその1回のミスが命取りになるだろうな。
「この慣れというものは、いわゆる成長と似たようなものだ。何度も同じ行動に対応し続けることで自分が成長し、避けられるようになる...が、[超反応]はその慣れ、あるいは成長の過程を無視して回避ができるようになる。なってしまう」
「成長によって得られたものではない...そうなったらどうなるんだ?」
「では質問だ、マリア・ヒルド。ただ剣を振るだけ、それだけで得られるものはなんだ?」
ただ剣を振るだけ?さっきまでの慣れとかの話になるんだったら成長とか...
...ああ、理解してきたぞ。
「ステータスか。この世界では成長するにつれてステータスが上がるから」
「そうだ。おそらく回避ができてもステータスが上昇しない。何度も何度も食らうことはなく、ただただ避けられるのでは成長はしないからな」
なんかFPSのチートみたいだな。チートを使えば強いけど、そのゲーム自体は弱いままっていう。
弾が曲がっても、壁越しに敵が見えても、倒せるかどうかだけは別。ゲーム自体が弱いなら、そこに付け込む隙ができてしまう...
「だから、弱いまま。[超反応]で回避はできるがそれ以外が全くできない。あのクトゥグア?というものの攻撃を避けた後俺の攻撃を喰らったのは、避けられなかったのではなく、そもそも避ける体力がなかった。という話だ」
なるほどそういうことだったのね。納得。
「でも、それじゃなんであいつが「久苦の魔王」だってわかるの?あいつ自身は「探久の魔王」でもあるって言ったじゃない」
「ああ、それは簡単な話だ。こいつは<イマジナリーフレンズ>になったことで、他の<魔王>の体を乗っ取ればもっと強くなれるのではと考えたんだろ。それで、手始めに「探久の魔王」の肉体を乗っ取ってみた...あれ、じゃあソルス・バミアが交戦したっていうアイツは...」
いや、待てよ。確か<魔王>が死ぬ時の全てには<勇者>が関わっていて、それは絶対に覆らないんだよな?
自我がなくなった存在を仮に死んでいると仮定するのなら、自我がなくなるのは死だ。自我が戻ってこないのであれば、その動かない生きている人間は植物と同義。人間としては死んでいると言っていいだろう。
「なら...つまり、「久苦の魔王」の肉体には「探久の魔王」の自我が宿っていて、それがまだ生きているってことか?」
「可能性も大いにあり得るな。あの人たちは...」
ソルス・バミアがおもむろに<インベントリ>を開くと、そこから出したのは大量の剣。僕も一応出しとくか。
「流石に途中で気がついていたか。この剣にはあの人間の自我が宿っていてな、ただまだ元の肉体と接続されていたままだったから」
「自分の剣、いや自分の自我が宿っている剣を握っている間だけは自我があって、ってことか」
頷く<勇者>。この場にはおよそ数百の剣が落ちているが、それだけやったということなのだろう。もしかするともっとなのかもしれないけど。
「<イマジナリーフレンズ>は精神に直接影響を及ぼす属性である<人属性>を得意とするらしい。もしもあの魔王もそれらの魔法の行使が可能なら...」
「ある、わね。そういう魔法。<交代>って言って、本来は対象の位置をもう一つの対象の位置と入れ替える多種多様な<属性>でできる魔法だけど、<人属性>でやればそれもできなくもないと思う」
それをやったのがこいつってわけか...
怯えているこいつは何かをぶつぶつ言っている。聞き取れはしないけど、ろくなものじゃないだろ
瞬間、こいつの体は消えた。
「「「!?」」」
すぐに辺りを見回す...が、いない。<空属性>の魔法でも...いや、あれは限られた存在しか使えない属性だと教科書には書いてあった。その限られた存在であることは考えにくい。というかそれがそうだったらもはやなんでもありだ。
となれば...あ、さっきの<人属性>の魔法か!?
確か<交代>って言ってたか。誰かの自我がなくなっている...いや、それなら肉体が消えたことに不自然さがある...
"くく...ハハハハハ!!"
笑い声が聞こえてきた。そこら中から。
"クソが!!!後ちょっとでお前らを全滅できたのに...なんで<勇者>の方に加担すんだよ、お前!!!"
「いやあ、そんなこと言われてもねえ」
とりあえず適当に返事をしながら発声位置を特定しようとする...
...が、むり。本当に、壁、天井、床、あるいは空間そのものから声が聞こえてくる。つまり、
「お前...まさかこの<ダンジョン>そのものと」
"あったり〜!そうさ、俺はこの<ダンジョン>に自我を移した。あんたらが予想した通りの方法でな"
わお、この様子だと永続的な発狂じゃなくて一時的な発狂だったか。まじか。
"とは言っても?肉体を傷つけられちゃ困る。俺の体がなくなったら地上で行動できないからな"
「そうか...この<ダンジョン>の製作者だけが使える何かがあるのか」
"そう!あんたらの攻撃を避けていたのは全部<ダンジョンマスター>の権限の一つの[移動]によるものだ!"
まあわかってたけども。僕が自分の精神世界でなんでもできたことで<ダンジョン>内でもそういうことができるんじゃないかなあと思ったけども。
ただ...結構面倒だな、これ。
"さあ、こっからが本当の勝負だぜ!!"
だ、第3形態だと...