開始の合図の用意
今回はいつものマリア視点と短めのソルス視点の構成です。
着地して門までの距離、およそ6kmを一瞬で走り抜け門に到達する。
急にやってきた僕に対して、門の近くにいたネコマタは驚いていて。
「な!?え!?」
「悪いけど、この門を通らせてくれないかな?」
「あ、はいわかりました!」
こんな感じのやりとりをして先に進む。
いまだに戦闘が絶えずに行われているこの場には、やはり多くの負傷者が倒れていた。
腹が抉られているもの、片腕が吹っ飛んでいるもの、壁に激突しそのまま動かないもの...
王宮に向かっていた時はあえて気にしていなかったが、やはりひどい有様だ。人間とネコマタの死体が数多く存在する、まさにカオスな状況。
だけど、今の僕に戦闘をする余裕はない。急いでいるからだ。
「うおっ!?人間がなんでそっちがw」
「少し黙れっての」
できることとしたら、メェーちゃんとクタニド様が道すがらに殺していくくらいのもの。
今の僕には、それで手一杯なのだ。
「はえー、クタニド様は魔法を使って敵を殺すのですね」
とは言っても観察は欠かせない。少しでも敵の本拠地に近そうなのであればすぐにそちらの方へ向かう。
その中で、クタニド様は魔法を使って殺していることに気づいた。
焼死、溺死、埋没、吹っ飛ばしもさることながら、凍死、感電死、撲殺に爆殺と<基礎四大属性>と確か<応用四大属性>のオンパレード。
万能系魔法使いってわけだ。
「これでも旧神の中では随一の魔法を使えると自負していますから」
「確かにそんなこと言ってたね」
いや、だとしてもここまでとは到底思わないだろう。
剣を捌き、弓矢を弾き、殴り返す。魔法なくても強い...は常識だな、うん。
そんなことを考えたり話したりしながら生活層を走る。多分生活層に相手の本拠地はあるだろうからね。
「わからないまま走っていたんですか」
「そうなんですよ。ただ、僕たちにはそういうのを調べてくれる生物がいますから」
(クトーニアン、どう?)
(この辺りにはありません。が、かなり遠くに人の密集している場所があります)
「よし、そこ向かってみるか」
直行。文字通り屋根を伝って一直線にそこに向かう。
...見つけたのは、少しこじんまりとした塔だった。
レンガ、いやここら辺の建物を建材として造られた塔だ。窓もあって、そこには鉄格子が...
ちらりと見える、肌色の何か。
「ああ、そういう。クトーニアン、とりま中央に穴開けといて。誰も傷つけちゃダメよ」
(わかりました!)
塔の大きさはおよそ直径30m×高さ20m。クトーニアンであれば中央に穴を開けることは容易いだろう。
瞬間、塔のてっぺんからクトーニアンが飛び出してくる。そしてそのまま地面に突き刺さった。
(どうぞ、登ってください!)
「ありがとう、クトーニアン!」
急勾配にならないよう配慮してくれたのだろう、まるで螺旋階段のようになったクトーニアンを登る。
あとその間にメェーちゃんたちにお願いすることを考えておく。
「...よし、メェーちゃんとクタニド様はそのまま外からくる敵の排除をお願いします!」
「メェー!」
「そう、わかったわ」
なんでだろう、心なしかメェーちゃんが嬉しそうな気がする。
まあそんなことは置いておくとして、とりあえず頂上に着く。
クトーニアンが地面に再び潜ると、やはり中央に大きな穴が開いている。
このまま内部に侵入できそうだね。元からここにいた奴らは...死なない程度に飛び降りたみたい。
んじゃ飛び降りますかね。
「よっ」
20mを落下して、さらに10mくらい落下。地下もあったか。
ドシーン!!
という音とともに着地する。なかなかこれは痛い...いやまあ痛くはないか。
中央には大穴が開いているのでそこを外れて着地すると、そこは一つの部屋。
首輪のついた女の子が、手枷を鎖で壁に繋がれた状態でそこにいた。
「っぱそういうことだよねえ」
「!?!?」
驚きを隠せないのか、声すら出ない...いや。
よく見たらこの首輪、首に食い込んでるな。もしかしてそういう?
...ここはそういうののプロフェッショナルにお越しいただこうか。
「クタニド様!どうせメェーちゃんに全て取られてついてきてるのでは!」
「ええその通りです。シュブ=ニグラス、ものすごい嬉々とした表情で殺戮のかぎりを尽くしてますよ」
「人間だけ?」
「ええ、人間だけ」
ならよし。
おそらくなぜ呼ばれたのかは理解しているのだろう。すぐに首輪を観察するクタニド様。
...やっぱスタイルいいよなあ。特にm
「どこを見ているのですか?」
「あっはいすみませんでした」
「まったく......私は<魔道具>について詳しくないのでなんとも言えませんが、少なくとも触れたら爆発はしますね」
「どれくらいですか?」
「ニトログリセリンが2L分あれば同じような爆発が起きますね」
一体どれくらいの爆発が起きるのか見当もつかないが、少なくともやばいことになるのは間違いないらしい。
さっさとやらなきゃいけない以上、詳しい生物を呼び出すのも難しいし...あ。
(クトーニアン、ミ=ゴをここに呼んできて)
(はい!)
よし、これでなんとかなるだろう(偏見)。
「クタニド様、ここはお任せします」
「ミ=ゴを殺さぬように周りのゴミを殺すのでしょう?」
「そそ」
そう言ってすぐに10mほど跳び上がる。
「ショゴス」
「わかってイます」
着地すると、そこには何人かの人間。武装をしているようだが、魔法を使うやつはいなさそうだね。
じゃあ、ショゴスに勝てるやつはいないな。
「人間!?なぜ我々の味方をしないのだ!?」
「あんたらが敵だから」
左腕が分離し、肥大化。そこから触手が伸びて人間を喰らい尽くす。
数十秒で全て死亡し、その間にこの階に囚われている人を確認する。
......ネコマタが7、人間の女子供が3ってところか。どれもこれも首輪がついているから、管理は徹底しているのだろう。
その時、
ガシャーン!!
という音が上から聞こえてきた。何かが壊れる音か。
中央から上を覗くと、なんと上から鉄格子が降ってきた。とんでもない怪力だ、少し上から落ちてきたみたいだが勢いがすごかった。
「終ワりました」
「おつかれ!」
左腕が戻ってきたことを確認しすぐにそこに向かう。距離にして5mだ。
跳び上がっている間に周囲の確認。やはり鉄格子で区分けされている部屋の中に数々の奴隷にされているネコマタやら人やらが捕まっている。
監獄塔と言っても過言ではないな。などと考えつつ着地する。
女の子がそこにいた。身長から察するに中学生ほどの年齢であろうその子は、首が半分弾け飛んだ状態で倒れていた。
「ミ=ゴ!」
「患者は!」
「ここ!」
すぐにミ=ゴが駆けつける。そして<インベントリ>から...なんだ?タオル?
えっと、タオルを取り出して...首に巻いて...縫って...終わり?
「このタオルは生体ナノマシンでできています。3日も経てば治るでしょう」
「ナノマシンやべえ」
「では私はこれで」
「ああ、ありがとう」
飛び降りるミ=ゴを横目に僕もそろそろここから出ようと思い、ふと立ち止まる。
そしてその女の子の顔を確認。結構可愛い。どれくらい可愛いかというとどストライクの顔だ。
ついでに体も確認...ほうほう、なかなかいいね。ボンキュッボンだ...お、近くに首輪が落ちて...
......半分になってる。切ったのかこれ...いや、よくみると手が焼け爛れている。この世界じゃ問題ないくらいの傷だからおそらく治療を施さなかったのだろうが...
「ショゴス、この子の手の火傷を埋めルことはできる?」
「できますけド、少し時間がかかりマすよ」
「それでいい。やって」
「わかりましタ」
肥大化したショゴスが彼女の手を埋め尽くす。とりあえず彼女の細胞をコピーするところからだろう。
「そうだ、埋めた後はショゴスとして機能させないようにね」
「そのツもりです。しカし、なぜこの人の手ノ治療をされるのですか?」
...なんでだろうか。僕にはちょっとよくわからないけど...
...予感がした。ちょっといい予感というか、この子を治したら今後とてもいいことが起こる気がした。
なぜだかわからないけど、そうだな。いわば天啓というかなんというか。そんな感じのね。
あと顔がタイプだった。体つきもいいし、ここで手に怪我を残すのは勿体無い。
「最後の一言で全て台無しですヨ」
「どこまでいっても僕は僕ってことさね」
そんなことをショゴスと駄弁りつつ、
(...あっ、リーダーが探し出したそうです!なんでも巧妙に隠されていて、入り口に入らないと建物内の魔力反応がわからないようになっているんだとか!)
(よーし、そしたらそこにぶっ込みに行くだけだね)
しっかりと目標の位置を割り出しておく。時間は有限、丁寧に使わないとね。
「...完了デす」
「よし、戻ってこい」
左腕が復元され、すぐに塔の頂上へ。
そして、シュド=メルが見つけたその建物を確認する。
禍々しい雰囲気を漂わせているその豪邸は、大体旧東京3つ分くらいの敷地にあった。
かなりでかく、それこそこの塔からkm単位で離れているのにこちらからその存在がしっかりとわかるほど。
ただ...うん。見た感じそれだけかな。もしかするとなんかの罠があるかもだから...
(うん。シュド=メルにあの豪邸をボロボロにしてって頼んでいてもらっていい?)
(わかりました!少々お待ちください!)
潜っていくミミズ状態のクトーニアン。多分僕の周りに5匹くらいの体勢でついてきているのかな。しかもローテーションで働いているのか、大体心の中で喋った時のパターンが5パターンくらいある。
忠誠心高めの生物としてここにいるのはありがたいのだけど、つくづくなんで僕に神話生物が味方するk
瞬間、それは起こった。
巨大な長い生命体が、豪邸を喰らい尽くすかのように暴れたのだ。
かなり遠いため血飛沫とかは見えないが、時々爆発が起こっているためやはり罠などはあった模様。
だがシュド=メルには傷一つつかない。そして...
大体1分で、跡形もなくなった。建物そのものが消えた感じ。
「よし、それじゃ行こうか」
「屋敷跡地ですね」
「何も始まる前に終わったけど、まあこの程度じゃくたばらないでしょ」
(あ、明らかにラスボスなやつは殺さないでねって伝えて)
(了解です!)
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「はあっ!」
「がはっ、な、なぜ<勇者>が人間を...」
ばたり。
「...」
"悩むところがあるようですね"
聖剣が俺に話しかける。そう、俺は迷っている。
今は夜、寝静まった頃に強襲するは、とある屋敷。いや、その中にいる<魔王>の能力によって生み出された<ダンジョン>。
味方はいない、が敵はいる。常に聖剣を鞘から抜いた状態で探索を進めていく。
...もう、2時間はここにいるか。分断されるとは思っていなかったが、念の為<ポーション>を余分に持っていってよかった。
"<地殻融解>。なるほど、確かにこの異常なまでの暑さはそれが原因ですね"
「だとしても、俺はなんとしてでもこの<ダンジョン>をクリアしなければならない」
今回の<魔王>の特殊なスキル、[試練]は対象に<ダンジョン>という形の試練を与えるスキル。
そのうちの一つである<地殻融解>にはおそらく俺を連れていくだろうという算段でマップを読み込んだが、どうやらそれが功を奏したらしい。
ただ...聞いていたものと少し違う点がある。
「な...<勇者>がなぜここに...」
「また、か」
切りかかってくる人間の刃をかわし、そのまま一撃。
鎧などを着ているわけでもなく、その人はあっさりと死んでいく。
「お、おお...神よ...」
「...」
覚えている。こいつは俺が<魔王>に出会う前に屋敷でやむを得ず殺した人物であり、俺がこの<ダンジョン>で初めて殺した人。いやヒト。
"本当に、殺したのが正しかったのか。悔やんでいるのですね"
「同族を殺す、というものに慣れていないからね」
違う。俺の中では人間は守るべき存在なのだ。だから、殺すなんてとんでもない。
...あの<魔王>に、マリア・ヒルドに俺は言った。ネコマタもまた人間なのだと。
「あ...れ、<勇者>様...?」
「...」
その考えに狂いはない。同じ魔獣に却られて...いや、いや。
彼らは人間に虐げられ、今の惨劇があるんだ。だから、これは正しい...いや、いやいや。
なぜ、俺は人間を切っている?同じ人間なんだぞ?なぜ、殺さなくちゃいけない?守るべき存在を?
"それは、あなたの敵だからです。なぜなら敵は排除しなければならないのだから"
...人間は守るべき存在。なのに、なぜ敵になる。
「それは...善と悪という概念があるからだ」
そう、善は味方であり、悪は敵。そんなことわかって...
脳裏に思考がよぎる。いや違う、悪の反対は正義であり、正義の反対は悪なのだ。と。
そして、俺は善じゃない。正義。正義は...悪から見たら、悪。
...わからないわからないわからないわからない。
"落ち着いてください"
「どうやって落ち着けと!」
"深呼吸を"
すうぅーーー、はあぁーーー...
...少しはマシになったな。思考が鮮明になったのを感じる。
どうやら、一種の錯乱に陥っていたらしい。冷静になれば、少しはマシなことが考えつく。
「しょうがない、んだな。悪は悪、善は善なんだ」
"ではその気持ちを持って進みましょう"
...[試練]、か。俺はその試練を乗り越えることができるのだろうか。
あるいは......もう、乗り越えることを諦めたのだろうか。
難易度はイージー、言語は■■■■で早送りありで