extinction
長い...長い?
ここで、僕はある2つのことが疑問として浮かび上がった。
1つはこのタイミングでバーストを呼んだらどうなるのか。
そして...その場合、僕の命もやばいんじゃないかということだ。
なんたって、基本的に暴力的な存在であるのがバースト。もしも1つ目の疑問の答えが目の前の敵を殺すというものだった場合、僕も相当な目にあうどころか多分死ぬ。
...ただ、こうやってボコボコにされているところからも理解できるように、おそらく僕だけじゃ勝てないだろう。
それはつまり、僕の負けを意味する。できれば自分の手で殺したかったけど...ね。命には変えられないだろう。確実に殺されるか、9割の確率で死ぬかというだけだけどもその違いは大きい。
となると...あとはバースト、いやバースト様をどうやってここに呼び出すかという問題がある。
確かクタニド様に<メヌー・リング>の使い方を教えていたはずだけど...
...いや待てよ。確かあいつ言ってたな。[猫目]と[身体狂化]というネコマタ特有のスキル、そして[猫神の加護]という見たことのないスキルを持っている、と。
...彼女は猫を総括している神。猫のことならむしろなんでも知っていると言っていい。なら...なんらかの猫の血を引いていると思われる、しかも[猫神の加護]とかいうおそらくバースト様が与えたであろうスキルを所持していたアナさんの、死あるいは吸収されたことによる変化に気づいているはず。それと同時に吸収によって[猫神の加護]を得た目の前の殺人鬼のことも。
「[思考加速]も持ってやがるのか。さすがは<魔王>ってとこか」
「...まあ、今回は負けを認めてあげるよ」
そうなると、おそらく今いる可能性が高い場所は、アナさんが死んだ時にいた屋根の上。血溜まりがある場所。
そしてその次に...ここに来る可能性が高い。アナさんの反応がなぜか消えて、そしてなぜか現れたアナさんっぽいけど全然違う反応。それに気づかないわけがないのだから、なぜそうなったかを確かめにここに来る。はず。
「へえ、なんかあったのか?さっきまで威勢が良かったじゃねえか」
「まあそうだけど...誰がどう見ても勝てないでしょ、これ。あんたが強過ぎて、僕の攻撃はちっとも当たらない」
だったら、僕がやるのは時間稼ぎだ。この場にバーストが来てくれるまで、なんとか場をつなぐほかない。
「んじゃなんで俺を殺すとか抜かしやがったんだ?」
毒の剣(仮)を抜き、首元に沿わせてくる。
ギリギリで当ててないのは、本当にただの脅しだからだろう。
「...聞きたい?」
「いや?どうせおともだちが殺されたからとか、そーゆー感じだろ」
「あはは。うん、僕の母さんとその友を殺したのがお前なのよ。憎くなったっておかしくないでしょ?」
「そーだろーな。そういうやつを、俺は何度も返り討ちにしてきたからな」
剣を下ろし、鞘に収める殺人鬼。その意図は単純、僕をいつでも殺せると言っているのだ。
「あはは、それにしても面白いね」
「あ?何がだよ」
「僕はこれでも何度か<勇者>と戦ったけど...そんなのよりも明らかにお前の方が強いよ」
無論嘘だが。そもそも僕自身は<勇者>と戦ったことはないし、そもそもこんな奴が<勇者>よりも強いとかあり得ない。
ただ、こいつは持ち上げられると調子に乗るタイプだと見た。
「あったりまえだ!俺はここまでいくつもの人間を吸収してきた![自己再生][氷魔法][剣術]、それ以外にも大量のスキルを得た!そんな俺が!<勇者>よりも強えのは当たり前だよなあ!!」
「確かに、そうだね」
...まだ、来ないか。もうちょい延命する必要が...
「だが、だからこそ俺は油断はしねえ」
「...え?」
「依頼が来たらそいつについてしっかりと調べる。<勇者>と繋がってる<聖神信仰教会>に足を運んでまで情報を得たんだぜ?」
「そうなのか」
「そうなんだよ。で...あいつらからは<勇者>とお前が戦ったとかそういう情報はなかった」
あ、ヤッベ。バレた。
「時間稼ぎがしたいのは薄々気づいてたけどよ、お前は自分で負けを認めたじゃねえか。例え何があったとしてもお前は殺す。なのに、なんで時間稼ぎをする?」
なんあらすでにバレてたのか...うまく行くと思っていたんだけども。
「うーん、特に理由はないかな」
「まだ嘘をつくのか。お前は俺が今まで戦った中でもトップクラスに頭がいい。なのに、その時間稼ぎに意味がない?ふざけるのもいい加減にしろよ」
いやまあ、そしたら神話生物の方々はどうするんですか。あの人たち、なんの意味もないことを平気で行うような精神性なんですけども。
...まあいっか。そしたらこっちも逆に疑問をぶつけてやる。幸い心は読めないみたいだしね。
「じゃあ逆に聞くけど、なんであんたは僕の時間稼ぎに付き合う?さっさと僕を殺したほうが身のためでしょ?」
「当たり前だろ。お前を殺すより時間稼ぎに付き合っ」
瞬間、僕の体が震える...幻覚。いや現実か。
「たほうが楽しいからだ。だろ?殺したらそれで終わりだろうが。どうせだったらつまんなく殺すより楽しく殺した方がが...ああ?」
後ろから足音。音からして4つの足をもつ小動物サイズの生き物だ。
「こんなところにいましたか。まったく...探しましたよ」
声は女性のもので、しかも何度も聞いたことのある声。
...その声の中には、怒りが混じっていることにはいうまでもなく。
「...お前、誰だ?ただの<変身>持ちのネコマタじゃねえみてえだが...」
「...ネコマタ。確か日本の妖怪か何かでしたよね?マリア」
「そうです、がっ!?」
瞬間、体が動かなくなる。そのままうつ伏せになってしまい、それ以上動けなくなる。
「喋っていい、とは一言も言ってませんよ。ああ、<魔力>は吸い取らせていただきましたが、あなたへの罰はまだ終わっていませんので。しっかりと反省しなさい」
「は..はい...あガァっ!?」
さらに声までも出せなくなる。右腕を見れないからわからないけど、おそらくHPまで吸われたのだろう。そりゃあ完全に動けなくなるのも頷ける。
HPを吸ったのは、まあ間違いなく僕が返事したからだな。なかなかに理不尽だけど、悪いことをしたのは僕なので仕方がない。
「そして...あなたがガウズですね。確かマナとエリカがいる人間の国で偉い人なのだとか」
「へ、へぇ。よく知ってるじゃねえか。んじゃあ、お前よりも強えのはわかってるよ...あ?」
奴が何かをほざいている間に、すでにバーストの姿は変わった。
剣を持ち、盾を持ち、威圧と恐怖を与えるオーラを際限なく振りまく女神に。
「マリアはまだいいでしょう。彼女は猫の血を引く彼女を見殺しにし、猫の血を引くことになったあなたを攻撃したので罰が必要なのです」
ゆっくりと歩行するバースト様。ジリジリと引き下がる音が聞こえるが、これはあの殺人鬼...ガウスの足音だろう。
「ですが...あなたは違います。あなたは猫を殺した。そう、猫を」
「...それが、どうしたよ」
「その罪は...重いですよ?」
歩きを止めるバースト様。次の瞬間、バースト様はガウスの前にいた。
「っ!?」
カキン!
弾こうとする剣と、そもそもそれを寄せ付けない剣。一方の剣は吹き飛び、もう一方の剣は首に向かって一直線。
だが...彼もまた強い。なんとか間一髪で避けていく。
最も、毛の一部は削れているけども。
「っ、おらあ!」
即座に爪の攻撃に切り替え、鎧が少なく露出している肌に向かって切り裂こうとする。
が、当たらない。盾で防いだのだ。
「そんなものまで...まったく、あなたという人間はどこまで猫を侮辱するのですか?」
「くっそがっ!」
さらに連続で攻撃。右、上、左下と鋭い連撃がバースト様を襲う...がもちろん全て盾で逸らしていく。
「はぁ...」
ため息をつくバースト様。それを見て
「今だ!<氷槍>!」
後ろから飛んでくる氷塊。盾で打ち消そうと右腕を動かすが、その隙を埋めるように爪を振るうガウス。
「...まったく。やはり人間は愚かですね」
ガードもせず、肉体に直撃する<氷槍>。ガウスがニヤリとしているのが見れないのに見てとれるが、果たして。
まあ、もちろん傷ひとつついていないのだけども。<結界>使えばあんなもの...と思っていたけど間違いだ。
そもそも肉体に傷すらついていない。美しい、女豹の肌のままだ。
「なっ!?」
驚くガウス、だがそんなこと気にせずもう一度剣を振るうバースト。
「がはっ!?」
そして致命的な一撃をくらうガウス。
これは...決まったか?
「そろそろ決着をつけましょうか」
「...いいやまだだ!」
瞬間、バースト様が剣と盾を離して飛び退く。自分でも信じられないが、本当に飛び退いた。
「...それが[吸収]ですか」
「チッ、武器しか奪えなかったか...まあいい!」
何かを投げるガウス。もちろん余裕で避ける...いや、わざとバースト様は喰らった。
刺さったのは、短剣。ただ見たことがあるような...
「なるほど。装備なども奪えるのですか」
「その時点での、だけだけどなあ。あの短剣自体は金のものだが...」
剣と盾を装備するガウス。あれは...バースト様の装備か。
「こっちの方がよっぽど強えや!!ははは!!」
そのまま突進、もちろん避け...
いや、受け止めた。伸びている爪の1本で軽く止めている。
「は、はあ!?」
「はあ...そろそろ終わらせましょうか。あなたとの戦いは退屈なので」
爪で剣が弾かれ、盾が切り裂かれる。
驚いた表情を見せ...その隙に腹に爪が突き刺さる。
すぐにそれを抜いて飛び退くガウス。その傷は深く、出血はひどいようだ。
「くそっ、どうして傷が治らねえ!?」
当たり前だ。彼女の傷は獣の一撃、人間の再生力じゃあ治せない。
「さあ...そろそろ終わりです」
そろそろこの章も終わりですね。