処理② 不死身の体
さて、前回の文を取り戻すべく書いた結果ちょっとだけ長めになりました。
「だがしかし。それはあまりにも黒すぎるな」
とミ=ゴ。黒すぎるというと、ミ=ゴの今持っているその試験管の中身とかな?
見比べてみると...おお、確かに黒さが桁違いだ。
僕とメアリーさんの関係を調べた、ミ=ゴの持っている試験管は結構黒い。鉛筆の芯くらいには濃い。
だけど、アナさんの持っているそれは黒い...いや、どちらかというと暗いだ。ボールペンのインクすら凌駕する、光の届かない洞窟の中のような暗さといえる。
「黒としての純度が高すぎる。我々の生み出した薬品ではこの黒さは生み出せないが......確か。彼女は日常的に薬品を持ち歩いていたように見えたが」
ミ=ゴがメアリーさんの方を指、じゃなくて鎌で指す。それに対してアナさんは頷く。
「ミ=ゴさんの予想通りだよ、<薬師のメアリー>という言葉を誰でも聞いたことのある時もあったくらいには有名な薬師だった。かなり昔に引退してたけど、数ヶ月前に急に復帰したんだ」
数ヶ月前...あ、母さんが殺された時か。まあ厳密には殺されたと偽装していたわけだけども。
「元々引退理由は知らなかったんだけど、復帰してきてまたパーティ組む時に聞いたらさ、とあるやばい情報を偶然入手しちゃって、周りに迷惑をかけることになるはずだからそれを防止するための対策を得るまでの引退だったって言ったんだよ」
ふむ、情報。知ったらいけないやつとかはクトゥルフ神話にはわんさかあるし、そもそもこの世界にそういうものがどれだけあるかわからないからその情報の特定は困難か。
「で、これがその対策の結果。これはミ=ゴさんが使ってる薬とおそらく同じものなんだけど、マリアの母であるアンナの死体と今ここにあるメアリーの死体の検査結果なの」
え、母さんの死体の?でもあれって確かシウズ王国守護騎士団の建物の地下に...
...本人たちなら可能か。当事者なんだしね。
「...そうか。その異常なまでの暗さは同一人物であることが由来か」
そういうと、ミ=ゴは<インベントリ>から同じ薬をまた取り出した。
そして、注射を自分に打って血を確保し皮膚を少しだけ切り取って薬を入れる。
するとあら不思議。アナさんの持っている薬と全く同じものができた。
覗き込んでも...うん、同じだ。左右に並べて同じものを2回繰り返して検証しましたと言っても通じるくらいには同じ色をしている。
「やはりな。完全に一致している」
「ちなみに、この薬はメアリー自作の物なの」
「メアリーさん、いや母さんの技術半端ないな...」
ミ=ゴの技術に並ぶ製薬技術とは一体...
「まあこれはミ=ゴさんに渡しておく。一応こっちもね」
と言って<インベントリ>からさらに薬を取り出すアナさん。
これも黒いな...けど若干青っぽさがある。
中で少し振られた時の粘度も違って、検査薬の方よりもサラサラしているように見えるから違う薬なのは明らかだろう。
「まあ世紀の大発明と言ってもいいと思うんだけどね、私。確かメアリーは<死体生成薬>と言ってた」
「<死体生成薬>...ふむ」
覗き込んだり、振ったりするミ=ゴ。そんなことで何がわかるのだろう。
「それはね、生きている状態で飲んでから数秒の間だけ死んでも死体がその場で生まれるだけになる薬なの」
「事実上の制限時間付き不死。と言ったところか」
いや普通にすごいな。そんな薬をメアリーさんは生み出していたのか。
「でも数秒って短いな。例えばもうすぐで死にそうっていうときに飲んだりすればその場で死体が生み出されるってことか」
「いや。それはできないだろう」
え、なぜ?
「この薬。<コリアン草>が入っているからな」
「見るだけでわかるんだ...っていうか<コリアン草>って確か僕達が<クエスト>で採取しに行ったやつか」
「そうだったのか。何か詳しいことは...いや、薬師なら企業秘密とでも濁すか」
おお、そうだよ。詳しいことを言おうとして自分で企業秘密って言って口を閉じてしまったよ。
「水につけておくだけで...って言ってたような」
「それだ。我が行ったこの<コリアン草>の研究が正しければ。この<薬草>は薬品の効能を高めるために使用するものだ。ただの<回復薬>に雑に漬け込んでもその薬の効能はおよそ2〜3倍になるという結果が出ている」
それはすごいな。ただ入れるだけでそんな効果が出るなんて、それは確かに需要が出そうだ。
「だが問題は水。厳密には純度97%以上の天然水につけた時だ」
「そうするとどうなるの?」
「<薬草>に触れている水から徐々に毒へと変換される。お冷やとして出されたレストランのコップに入った水にこの<薬草>の花びらでも入れればたちまち毒の完成というわけだ」
簡単すぎるなあ。簡単だからこその需要だなあ。
「ではこの毒をどう使うかというと。おそらくは薬品の素材だろう。この毒単体だと人的被害は少ないが。薬品として他の<薬草>などと混ぜ合わせることによって。デメリットあるいは制約がかけられているものの強力な薬品が出来上がるはずだ」
「なるほど。つまり<コリアン草>が入っているこの薬品は確実にデメリットあるいは制約がついている、そしてそれは瀕死の状態では受け付けられないものであると」
「そういうことだ。そうであろう?アナ」
なるほど。まあ確かに擬似的な不死っていうのは流石にこの世界といえども強すぎるだろうしなあ。
死体安置部屋で蘇生の話が出る、つまりはこの世界にも蘇生の概念がしっかりとあるのはわかるけど、だとしても死なないっていうのは別だしね。
戦闘中に死なずに継戦できるのは強すぎる。バランスを取るためにもデメリットあるいは制約が付いているわけだ。
「ミ=ゴさんの言う通りこの薬品、この世界では<ポーション>って言うけれど、これはHPが全快である時のみ効果のある<ポーション>。だから死にかけの状態で飲んでも何も起こらないし、むしろそんな状態で飲んでいたらその状態にまでしてきた要因によって殺されると思う」
この世界には慈悲なんてないのか。
ただの液体を飲むのに数秒、それだけで死ぬことになるらしい。
...確かにドラゴンの目の前でこれ飲んでたら<ドラゴンブレス>で焼き払われて終わりだな。
「でも、そうか。この薬を飲んだことによって死体が生まれて、自分は殺されたと殺人鬼を騙したのか...あれ?」
「気がついた?なんかおかしいってことに」
アナさんがそう言うってことは...うん。やっぱりおかしい。
母さんであるメアリーさんのステータスを僕は知らないけど...
「校長と知り合いである母さんが弱いはずないのに、なぜか母さんは効果の有効な間に殺されている...」
「普通じゃありえないんだけどね。<伝説の20人>の中じゃステータスは一番低いと思うけど、それでも数秒で倒せるステータスではない。鈍っていたといえばそれでおしまいだけど、そもそもこの世界で鈍っているなんてありえないから」
「人が簡単に死にますからね...<伝説の20人>って?」
聞いたことのない言葉だな、<伝説の20人>。
響きはかっこいいし、めちゃくちゃ強そうなんだけども。
「あー、それに関しては後で教える。そもそもメアリーがどうやって殺されたかは...」
目線を僕...いや、僕が抱きかかえているメェーちゃんに向けるアナさん。
「そのメェーちゃん?が知っているはず。メアリーは念の為と言って教えてくれなかったけど、それと同時にマリアと一緒にいる<召喚獣>が知っているって言ってたし」
「え、メェーちゃんほんと?」
一応聞いてみる。アナさんがそう言っているんだし、そもそも神話生物であるメェーちゃんに理解できないことはほとんどないし...
「うん、知ってるよ。時間停止してた」
...わお、時間停止。ラスボスとかが使ってくるわざじゃないですか。
というか、
「この世界にも時間停止あるのかあ」
「「「しゃべった!?」」」
あ、アナさんたちが驚いている。
無理もないか。公衆の面前ではメェーとかメェ〜とかで通してきたわけだし。
「いやいや、メェーちゃんに失礼だよ。僕たちよりよっぽど頭のいいメェーちゃんが言語を話せることなんて考えなくても...あ、僕以外知らないか」
「まあ普通の人であれば人形がしゃべるなんて思わないでしょうし」
いや、人形型の魔獣とかならしゃべるかもしれん。
「そもそもしゃべる<召喚獣>なんていないのだけど...本当にこの子は<召喚獣>なの?」
「ま、まあそうd」
「そんなわけないだろう。シュブ=ニグラス様やクタニド様。バースト様にシュド=メル様まで召喚されてはいるが。神々がこんな小娘に召喚されるなんて前代未聞だからな」
おおい!なんで言っちゃうんだよ!隠し通そうと思ったのに!
「...まあいっか。そうだよ、僕が彼女らを召喚できるわけがないしそんな資格はないからね。魔獣でもなければ<召喚獣>でもない、クトゥルフ神話生物という崇高なる生命体群なのさ!」
「く、クトゥルフ神話生物、ですか?」
む、興味を示したものが一人。
「知りたい?」
「は、はい。知らないことは知りたくなってしまうので、教えていただけると嬉しいです!」
「お、おい。<魔王>に教えを乞うのh」
「ok君にはしっかりと叩き込んであげよう!」
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ふい〜、しゃべった〜。
かれこれ数時間はしゃべったか。なかなかクトゥルフ神話に興味を持ってくれる人がいないから、人に面と向かって喋ったのは久しぶりだよ。
いつだったか...は忘れたけど、確か前世では一人にしか喋ってないはず。誰だったかも忘れてるけどね。
「な、なるほど...」
ただまあこんなにメモは取ってなかったけど。<ネクロノミコン>より分厚い本に書いてるぞ。
「なるほど...ここまで知っているのであれば、確かに私たちを召喚できる理由に説明がつきますね」
「くたにどもそう思うよねー」
おおー。なるほど、この情報量の暴力が触媒となって召喚できたのか。
さすが僕。愛は世界を捻じ曲げられるわけだ。
「ところでソルスとアナさんは?」
「どうでもいいとか言って寝室に行ったぞ。終わったら起こしてくれとも言っていた」
「ええ...」
次回、大事件発生。