3.奇妙な彼と教科書な私1
ここでは秋風と名乗っておこうか。私の作品は少しズレた恋愛です。後は見て感じ取ってください。それでは
昔から、人が示してくれた正しい道を信じてそれを進んできた。先に信じると述べたばかりだが、それ以外の道を疑って生きるようになっていたから、そもそも道は一本しかなかった。
その道を示したのは誰でもない両親であり、その道が確かだと思わせるに十分な偉人達の道だ。子供の頃から『勉強が出来たら偉くなれる』その言葉を信じて勉強ばかりしてきた。父のように医学関係の仕事に就く。それが物心がつく前からできていた道だった。
だけど私は勉強が苦手であった。中学の時の成績の平均点が八十後半を前後するだけ。悪くないと思うかもしれない。クラスメイトは「ほんと、いい点ばっかり取っててすごいよね」なんて声をかけてくれたが家では一問のミスに何時間もかけて理由を問われる。
一度のミスも許されない。人生も同じだ。一度しかない人生を上手く大成するには予習と復習だ。
父がそんなことを言っていた気がする。今は無き父が。
今は高校一年生。父が無くなったのは、高校に上がる直前だったはずだ。あまり覚えていない。その頃は母が私に対する態度が分からなくなった。急に怒り、泣き、笑う。そして帰ってこない。
「ここ、重要ポイントだから絶対に覚えるように」
先生の声が耳を通ってやっと脳まで届いた。さっきから声は聞こえていたが、意味のない振り返りのおかげで聞こえていても反応していなかった。それではダメだ。席が一番後ろの席だからという言い訳は通じない。
いけない、いけない。予習した範囲だからって授業を聞かなくていい理由にはならない。もう一回聞くことでより深く覚え家で完全に暗記する。だから授業をちゃんと聞かないといけないのに、過去が騒がしくて気が散る。
ーーうるさい。うるさいうるさいうるさい、うるさいってば! お願いだから黙ってよ!
でも、過去は黙ってくれない。その時だった。
「うひゃひゃひゃひゃ……」
変な笑い声。私が僅かに聞こえる程度の男の笑い声。今じゃなかったらきっと気色悪いと思ってひいていた。でもその、変な笑い声に興味が引かれ過去が黙った。
何が面白いんだと隣の席を見ると、右腕を机の中に入れたまま黒板をガン見。目を離さない。だけど右腕は何か動かしていて左腕は器用に黒板の字をノートに写していた。いや、本当に何が面白いのかわからない。
でも、今は感謝しよう。過去の声は黙ってくれた。授業に集中できる。気になった彼の笑い声の原因は後で問うとして。
チャイムが教室を、学校を包むまで私は授業に耳を脳を授業内容に割くことが出来、集中が途切れることはなかった。
ーーチャイムが鳴った。
二限目の始まりのチャイムまで十分、その間の五分は教科書を机に出して軽い予習。つまり自由時間は五分。その自由時間の使い道は先の笑い声の理由、それを聞き出すことだ。今解決しないと後々気になってしまっては今までの過去と同じ過去になってしまう。だから。
隣を見た。机の上に右肘を置いて掌にはスマートフォン。器用に右手の親指で画面をタップしたりスワイプしたりしている。左腕は机の中から外へと教科書を運んでいる。『器用』と言って終えてはいけないぐらい器用な光景を見たのは初めてだった。それに視線はスマホなど見ていなくて窓の外を見ていた。
彼の『器用』をみていた私の気配に気づいて彼がこちらを向く。少し長いボサボサの髪に猫背で前かがみになっている。教科書運びを終えた左手で頭を掻きながら、あー、と話す前に言葉を置いて私に会話のボールを投げかける。
「僕になにか……?」
その声は少し震えていて、小声で、上ずっているように聞こえた。緊張、その言葉が一番今の彼にあうだろう。彼の方から話しかけてくるとは思ってなくて、少しの間が空いてしまう。戸惑いだ。すぐに返さないと思っている私は、それでも止まらない彼の親指の動きに驚き、その右手を指して本題の前に軽い会話を挟む。
「そのスマートフォンの操作、凄いですね。そんなに激しく動かしてるのに見ないでしてるのなんて初めて見ました」
「あぁ、これね。キーボードやゲームのコントローラーだって慣れれば見ることなく使えるだろ。あれと同じさ。まぁ、こんなに細かく動かして確実に操作しながら見ていないやつなんて、僕ぐらいだから珍しいという気持ちもわからなくないけどね」
彼は得意げに語ってくれている。先に見せた緊張なんてもう忘れたかのようにスラスラと湯水のように言葉が紡がれ誇らしげに話している。自分の識の中だけだったから、もしかしたらあの速度で操作をするのは一般常識かと思っていたが、そうでもないらしい。だから発言に間違いがなくてよかった。
常識知らずと思われなくてよかった。
「そうなのですか? 授業中の笑いはもしかして、何か成功したとかですか?」
「あー、聞こえてた? いやぁちょっと考え事したら楽しくなってきちゃってさー」
「どんなこと考えていたのですか?」
「いやぁだってさ、ちょっと考えてみなよ。授業中に話を流し聞きしながらスマホを弄ってる連中を見たらさ。笑えちゅよね。成績に支障をきたしながらやっててさー、どうせやってるスマホアプリのゲームも成績と同じで中途半端。それなら授業をちゃんと受けながらゲームをした方が成績を落とさずにできていいってもんだよね」
息を飲んだ。
声に出ていたら恐怖した声が出ていたかもしれない。今まで見ていた、聞いていた人物とはまるで違う。別人。姿は変わらずとも中身が違うのだ。脳が変わったのではなくて心が変わったと思った。だけど、同時にもう一つ変わったものを感じた。
今まで通ってきた道が色が形が変わった。私のまっすぐ進んできた道が変化したことなんてなくて初めて目にした。感じた。信じてきた道が変わろうとしている。僅かに傾いて隣の曲がりくねって、Uターンもして道の上を越えて通っているそんな道に今、並んで並走した。そんな気がした。そんな、気が。だからだろうか、いやだからだ。彼の考えていることを少し理解できた気がする。
彼の発言から推測すると机の中で行っていたことはスマホのゲームだ。今も尚している。そして授業を聞いて理解して板書していた。そしたら見えるわけだ。黒板までの間にスマホを触って流し聞きしている生徒が。それは私も見えていた。
続ける彼の話を聞きながら私は開いた。
「愚か、浅はかって言葉が似あうんじゃないかな彼ら彼女らには。僕みたいに両方完璧に出来ないなら片方だけでも完璧にしようって努力が足りないんじゃないかな。それにさっきからチラチラ見ててさ。視線が気色悪いんだよ、黙って教科書見て予習するべきなんじゃないかなぁ! 何? 視線で、脳内で僕の事を虐めてるのかい? 殴っているのかい? それとも殺しているのかい? それはそれで腹が立つけどやるなら僕の姿を見ないでくれ。僕や隣で話を聞いている彼女みたいに教科書を見ながらやっててくれよ!」
教室が静まった。
反感の声は無い。事実としてほとんどの者が彼を見ていた。それを聞く私も見ていた。視線がいい気分にさせなかったのは確かだ。気持ち悪い。その一言に共感、してしまった。そして最後の一言に自分自身に驚いてしまった。
意識せずに教科書を開いて眺めていたことだ。そしてその内容も頭に鮮明に思い返すことが出来る。予習しながら話を聞いていたのだ。授業中の彼がやっていたゲームしながら授業を聞いて板書していたように。
道がうっすら新しく見えた気がする。過去が薄くなったけど。
その新たな道が、進んでいる方向に見えたのは初めてだ。薄い道を進んでいいかもしれない。止める人はいないだろう。父は無き、母は笑ってどこかにいくだろう。もしかしたらこの道を選んだことで母は喜んでくれるかもしれない。
ーーだけど。
「まぁまぁ、落ち着いて霜月 影夜君」
「あっ……あぁ、少しお喋りが過ぎたかもしれない。うるさくしごめんね」
謝罪を口にして教科書と無意識のゲームに集中する。私も教科書に集中する。
結局道はまっすぐのままだ。戻って、まっすぐの道を進む。並走した、そんな記憶も時期に消えるだろう。
ーー他人には迷惑をかけないように。
母の教えだ。私が余計なことを聞いたからこうなった。思ったから彼の行動を抑えた。
ーー一度のミスも許されない。人生も同じだ。一度しかない人生を上手く大成するには予習と復習だ。
父の教えだ。それに従ったから。だから道を引き返してまっすぐを選んだ。だからまっすぐなのだ。ずっと、ずっと。あぁ、本当に自分ってずっと、ずっと。
ーー教科書人間。
読了ありがとうございます。
次の方はどんな作品なのか、今から楽しみです。