14.暗い私とお見合いと
やしかです。
とある教師のお話。
私は雅あかり。雅ひなの姉であり、国語の教師でもある。
美容に気を使っているあかりとは真逆、美容よりも本の世界に入り浸っていた。もちろん地味。まさに光と影。
もちろん交際経験も片手で数えるほどしかない。高校時代は、とにかく交際経験を増やすために私にお声がかかっただけであって、どうやら私自身に魅力はないようだった。短期間で終わったし、あちらからのアプローチはほとんどなかった。
大学生の頃はとにかく授業や課外活動に精を出していたし、大学院生になっても授業にのめり込んでいて、合コンなんて声はかからなかったし、行く気もなかった。
男よりも、本や文学が好きな私だった。そのまま将来行く当てもなく、教授の勧めで国語の教師になったのであった。
最近、気になっていることがある。ひなのことである。
今まではまるで狙いを定める獣のように男子生徒を見つめていることが多々見られたが、そんなことはなくなった。浮ついた目で遠くを見つめることが多くなったように感じる。偶然家に帰った時、ひなにその話題を出すと顔をしかめながら、「別に何でもないわよ」と言うだけだ。しかし、想像はつく。
恋をしている。あの子は恋をしている。
「恋ねぇ」
恋なんて私には関係ない。そう思っていた。でも、年齢的にはそうはいかない。母親も遠回しに結婚をせかしてくるし、兄は最近結婚した上に出産予定で、何だかんだ嬉しそうだ。正直嫌になる。
恋、結婚。私に求めないで欲しい。社会人として立派に仕事していて、独り暮らしをして自立している私にこれ以上求めるか。
生徒、つまり子供と付き合うなんてあり得ないしあってはならない。かといって教諭たちは既婚者が多いし、出会いなんてない。ひなのように簡単ではないのだ。
『お見合いする?』
疲れ切った姿で家に帰って、連絡ツールを開くと、母からそんな文章が来ていた。
『しない。私のことはほっといて』
『そんな訳にはいかないわよ。あかりもそろそろ結婚しなきゃ』
『そんな勝手な』
『いいから会ってみてね』
そう言って、母は写真を送ってきた。私の1回りは年上で、趣味はコーヒーを淹れることらしい。
非常にどうでもいい。
「あれ?」
よく見ると、公民担当の富田先生であった。母よ、私はこの方とほぼ毎日顔を合わしているのです。
「雅先生」
次の日に学校に行くと、富田先生から声をかけてきた。
「もしかして、お見合い勧められてませんか?」
「ええ。母に無理やり」
そう回答すると、富田先生はうんうんと頷いていた。
「やはりあなたでしたか。どうします?」
「どうします、とは?」
「お見合い、しますか?」
「私は断っているのですが」
キッパリとそういうと、富田先生は苦笑したように見えた。
「雅先生ならそう言うと思ったんですよ……」
そういうと予想外の言葉が続いた。
「やるだけ、やりましょう」
嘘でしょう。
「私じゃダメですか?」
「富田先生は乗り気なのですか?」
「いい機会だとは思ってますよ。雅先生あまり集まりに参加されないので」
よく知りたいので良ければお願いします。そう言って富田先生は締めくくった。
お見合いと言っても、盛大なものではなく、喫茶店で話をするといったものだった。
「では本日はよろしくお願いします」
他人行儀に富田先生が話しかけ、頭を下げる。
「こちらこそよろしくお願い致します」
そう言って、私も頭を下げた。
お見合いをセットした母は、富田先生のお母さまと離席した。
「さて、何を注文しましょうか」
そう言って、2人ともメニューをめくる。
「私は決まりましたが。雅さんはどうされますか?」
「私はカフェオレで」
「私はオリジナルを頂きますかね」
そう言うと、富田先生は店員を呼び、私の分も注文してくれた。
「さて、何から話しましょうか」
「どうしましょうか」
「お互いの趣味でも話しましょうか。雅先生は読書がお好きと伺いましたが」
「ええ。小さなころから本を読んでました」
「映画化された小説なら最近読みましたね。なんでしたっけ。狐の……」
「狐の鳴き声ですか?」
思わず身を乗り出して尋ねてしまった。
「そうです!雅先生も読まれたんですか?」
「ええ、あの本を執筆された方のファンで……」
「お待たせいたしました。オリジナルコーヒーとカフェオレでございます」
店員の方がやってきて、私の話は中断された。
「本当に本がお好きなんですね」
富田先生は笑っている。自分の頬が熱くなるのを感じた。
「私、それしかないので」
「そんなそんな。それでも素晴らしいです」
笑って話している。自分の饒舌さが、富田先生の気分を害していたわけではなくて安堵する。
「私はコーヒーが好きですが、こんなに情熱的に話すことなんてできないですよ」
「恐縮です」
「もっと聞きたいです。私は時代小説を読むのですが他にはどのような小説を読まれているんですか?」
「好きな小説と言えばそうですね……」
そしてまた、私の饒舌さは止まらなかった。
あっという間に時間が過ぎていった。意外と話が合って、楽しかった。
コーヒーの話も、無知な私にもわかりやすく教えてもらうことができた。
気が付けばもう、解散時間になっていた。
「今日はありがとうございました」
富田先生が頭を下げる。
「いえいえ、こちらこそ」
私も頭を下げる。
「あの小説、明日学校に持っていきますね」
「ドリップパックのコーヒーですが、おすすめを持っていきますね」
そう言って、私たちは連絡先を交換して別れた。
家に帰って、今日の出来事を思い出す。
「富田先生か」
ただの先生から、友人になったように感じる。意外と悪くないのかもしれない。
姉妹ってやっぱり似るものなんですね。