第八話~診察~
第八話~診察~
オルトスの妹の治療という目的の為、研究所から転送してきたシュネ一行と合流する。その後、借りていた家に現れたオルトスへ、医療用バイオノイドのヘリヤが妹の容体についての聞き取りを行った。
その話からヘリヤはどのような病気なのかの当たりつけたのだが、やはり診察をした方がはっきりわかるという彼女の言葉に従って、兄妹の家へ向かったのであった。
オルトスを先頭に、夜の村を歩いて行く。こんな辺境の村に、夜の闇を照らす明かりなどそうはない。しかし月明りはあるので、暗闇で辺りが全く見えないということはなかった。とはいうものの、手持ちの明かりがあるのに使わないとう選択をする必要もない。借りた家で、エイニがオルトスへ向けたライトを取り出すと、道を照らしながら歩みを進めていった。
そのオルトスだが、取り出したライトに興味津々といった雰囲気である。少し前にそのライトで照らされたというのに、中々に神経は太いようだ。もっとも、話を聞く限りでしかないが妹と二人暮らしということなので、それぐらい神経が太くないと生活できないのかも知れない。どちらにしても、騒がないのだから問題はなかった。
どうせなので、使い方を教えてオルトスに持たせてやる。先頭を歩いているので、ちょうどいいというのもあったからだ。それに、明かりはそれ一つだけではない。他にもあるので、そちらを取り出せばいいだけだった。
するとアリナとビルギッタの二人が、ライトを取り出して辺りを照らしながら歩き続ける。それからしばらく村の中を歩いたあと、オルトスと妹の家へと到着した。
それは村外れにあるが、村の領域を示す柵の内側にある。しかし、殆ど柵と隣接しているといっていい場所だった。それに、家としてもあまり程度のいいものではないと思われる。話を聞くと、元はもっと村の中側の家に住んでいたらしい。しかし両親が死んでしまったことで、その家を維持するには色々と無理が出てしまった。その為、村外れのこちらに引っ越しをせざるを得なかったようだ。
そのまま、玄関の扉をオルトスが開くと、そのあとを続いて入っていく。するとそこは、リビングとなっている。一家団欒の場所でもあるからか、暖炉が据えられていた。
家に入ったオルトスは、暖炉に近づくと火を熾そうとする。その様子を見てすぐにアリナが動くと、手持ちの魔道具で薪へ火をつけていた。
この魔道具は簡易な造りなので、現代のフィルリーアの技術でも作成できる代物だ。旅人や冒険者には必須とされるアイテムの一つであるが、やはり魔道具は魔道具なのでそれなりの値段となる。その為、一般家庭や駆け出しの冒険者ではあまり持つことがない代物でもあった。
そしてオルトスも、持ってはいなかったらしい。先程ライトを取り出した時と同じく、興味深そうにアリナの持つ魔道具を見詰めている。そういえば、暖炉に火を熾そうとしたときにオルトスは魔道具など使っていない。少なくとも、この家には同様の効果を発揮する魔道具がないことが容易に想像できた。
そんな家庭の事情は置いておくとして、暖炉に火が入るとオルトスは俺たちに声を掛けてから外へ繋がる扉とは違う扉を開く。その扉の向こうは短い廊下となっていて、正面には恐らく窓なのだろう。鎧戸が見えていた。
その短い廊下の両壁には、左右に一つずつ扉が見える。そのうちの一つ、右側の扉をオルトスがノックする。間もなく、扉の内側から可愛らしい声が聞こえてきた。
「お兄ちゃん?」
「キャス、入るぞ」
「どうぞ」
恐らく、キャスというのが妹の名前なのだろう。そういえば、病気の妹がいることはきていても、名前まで聞いていなかった。
むぅ、何たる不覚。俺としたことが、こんな初歩的なミスをしてしまうとは。
「それで、シーグ。君は、何をやっているのかな?」
「ん? 不覚ごっこ」
「馬鹿やってないで、さっさときなさい」
「へーい」
シュネに促されて部屋に入ると、一人の女の子がベッドに腰かけていた。年の頃でいえば、十才を少し越えたか越えないかぐらいの可愛らしい女の子である。そして当然、オルトスと同じく獣人であった。
「お兄ちゃん。お客様?」
「ああ。そして、医者だよ」
「え? お医者様?」
オルトスがキャスと呼んだ女の子が、ベッドの上で混乱している。ふと見ると、可愛いもの好きのアリナの表情が変少し表情が崩れている。彼女がそのような表情を浮かべてしまうぐらい、可愛らしい女の子だったのだ。
そんな妹の元へオルトスが近づくと、そのうしろには医者として紹介したヘリヤが続いていた。そして俺たちだが、部屋にこそ入ったが全員が壁際に立っている。そもそも、ヘリヤに丸投げしたくはないから同行しただけである。彼女の邪魔になるわけにはいかないので、こうして壁沿いに待機しているのだ。
「私はヘリヤよ」
「は、はい。ボクは、キャスパリークです。キャスと呼んでください」
おお!
まさかの、ボクっ娘である。本当に、ボクっ娘がいるとは夢にも思わなかった。何より元気なのが定番だと思っていたが、まさか病人がそうだとは変化球だな。
これはこれで悪いわけではないから、別にいいけど。
その時、そっと視線をアリナに向ける。すると、先程よりもさらに表情が崩れていた。さっきまでの表情を言葉で表現するとにこにこだったが、今はによによである。しかしヘリヤは、そんなこちらの状況など知ったことかとばかりに話を進めていた。
「分かったわ、キャスちゃん。早速だけど、診察を始めるわね。その前に、シーグヴァルド様とオルトス君は出て行くこと」
「りょーかい」
「何で?」
「ほら。オルトス、行くぞ」
「え?」
完全に分かっていないらしいオルトスを小脇に抱えて、部屋から出るとリビングへと戻る。念の為、部屋の外から扉越しにリビングにいる旨を告げておいた。間もなくリビングに到着すると、中央に鎮座するあまり大きくはないテーブルに備え付けてある椅子の上にオルトスを座らせる。そして、テーブルを挟んだ反対側に俺も腰を降ろした。
すると、オルトスが何で部屋から出てきたのか問い質してくる。その問い掛けが純粋だからなのか、それとも鈍感だからなのかの判断が付かない。小さく溜息をついたあとで、オルトスへ部屋から出てきた理由を答えていた。
「あのさ。キャスちゃんだっけ? 彼女は、女の子だぞ。幾ら肉親だからって、男の前で肌を晒すなんてできないだろう。他人の俺は、言わずもがなだしな」
「言わずもがなって、何?」
「わざわざ言う必要はないってことだ」
「ふーん。それで、何で病気を見るのに肌を晒すの? 聞けばいいじゃん」
「……あ、そうか。触診とか、殆どしないのか」
フィルリーアでは、いわゆる問診が普通で医者によっては望診を行う程度となる。それに引き換え、触診や聴診などを行う医者が殆どいないというのが現状だった。
翻って俺とシュネはというと、西洋医学による治療が普通だったのでフィルリーアの医学は不思議な感じがしたものである。ただ、これは現代のフィルリーアがそうであるというだけであり、古代文明期では俺やシュネが馴染みの医療と大して変わらないとのことだった。
「どういうこと?」
「ヘリヤの医学では問診……問診ってわかるか?」
「分からないです」
「……患者に体の具合を聞いたり、症状を言って貰ったりすることを問診という。その問診だけでなく触診、つまり患部……痛いところやその周辺を軽く触ったり、心臓や肺を調べたり……って言っていること分かるか?」
「さっぱり」
「兎に角、患者の状態を総合的に……じゃなくて全部診て判断するというやり方だと思ってくれ」
「ふーん」
知識がここまで違うと、説明がこれ程面倒だったとは夢にも思わなかった。
そう考えると、厳密にはジャンルは違うことになるのだろうが、科学という共通項があった古代文明期の魔科学には助けられたのだなとしみじみ感じ入る。これがもし魔術だけだったら、フィルリーアのことを理解するまでもっと時間が掛かったのかも知れないからだ。
だが、それが比較的短時間で済んだのも、共通項があったからであろう。その意味で考えると、シュネが魔科学に対してあれほど興味を示しただけでなく理解も早かった理由も納得できるというものだった。
ヘリヤの医学のことはひとまず置いておくとして、他の話をしていく。といってもあくまで一般知識の域を出ない話しかできないし、前提条件が違いすぎる相手に対しての説明となれば、なおさらに難しくなる。それはさっきのやり取りで気付いたのか、オルトスもあまり立ち入ってこなかった。
その代わりというわけではないのだろうが、オルトスは魔道具に対して非常に興味を示していた。実はこの家の中でも、低価格帯の魔道具は少しだけだがあるらしい。だが、どれも動ないとのことだった。
しかし、オルトスが小さかった頃は動いていたといっているので、多分魔石に込められている魔力が切れているのだろうと当たりをつける。そこで試しにと、一つだけ魔道具を持ってきてもらう。するとオルトスは、元気に返事をしてから魔道具を持ってきた。
確かにその魔道具は、手に入り易い簡易な構造の魔道具である。その魔道具の効果は、ある程度の量の水、もしくはジュースのような水系の物質を入れて置けるというものだった。
だが、効果としてはそれだけのものでしかない。しかし結構な量が入ることもあって、水筒代わりとしてわりと重宝がられている魔道具でもあった。
「……やっぱりそうか。ほらオルトス、この魔石を見てみろ」
「白いね。それと、オルでいいよ」
「オルな、分かった。話を戻すが、つまり魔石が魔力を使い切っている。だから、動かない。ちょっと待っていろ」
ウエストポーチを開き、中に手を入れると予備の魔石を取り出す。その後、オルが持ってきた魔道具から魔力のなくなった魔石を外して取り出した魔石へ付け替えた。その時、付け替えた魔石が微かに光る。これは、付け替えた魔石がちゃんと魔道具の動力源となった証明でもあった。
「ほら。これで使える筈だ」
「本当に? ありがとう!」
また動くと聞いた魔道具を持って嬉しそうにしているオルを見ていたその時、廊下に通じる扉の方から気配を複数感じる。どうやら診察が終わったらしいと判断してそちらを向くタイミングと、扉が開くタイミングが同じであった。
なお、その扉を開けたのはエイニであり、すぐうしろにはシュネがいる。続いてヘリヤと、驚いたことにキャスがいる。そしてさらに後方には、アリナとビルギッタが続いていた。
「おい。大丈夫なのか」
「キャス! 何で起きてきた!!」
「大丈夫だよ、お兄ちゃん」
「ええ。今は安定しているので、大丈夫です」
キャスとオル、俺とヘリヤが別のことをしゃべっているので、言葉とやり取りがこんがらかって錯綜する。これではわけが分からなくなるので、一つずつ解決することにした。
まず、キャスを椅子に座らせる。理由は分からないが、ヘリヤが大丈夫といっているのだから、ベッドから出ても大丈夫なのだろう。しかしこのまま起きているのならば、座らせた方がいい。ついさっきまで、キャスはベッドで横になっていたのだ。
それに何より、オルがかなり心配している。体に掛かるかも知れない負担を軽くする意味でも、座らせた方がいいだろう。
次に、ヘリヤからキャスが「今は大丈夫」だといった理由を問い質す。すると彼女は、隣にいるキャスの頭を撫でながら説明を行う。因みにヘリヤがキャスの頭を撫でるという様子を見て、アリナが羨ましそうな表情を浮かべていたのは言うまでもない。
「彼女の、キャスちゃんの病気ですが、魔力過多症です」
「え? 魔力過多症って、それは本当なの!?」
「はい。シュネ―リア様」
ヘリヤが告げた病名、それはあまり聞いたことがない。しかしシュネは、多大な驚きを抱いている。そのことに、俺は眉を顰めたていた。
ふう。
何とか、連日更新を続けられました。
それと、ついにボクっ娘妹、キャスちゃんの病名が判明しました。
しかし、まさか三話も掛かるとは。
ご一読いただき、ありがとうございました。