第七十一話~撤収~
第七十一話~撤収~
皇王を含めた敵を駆逐し、ついには隠されていた部屋へと繋がる階段を見付ける。その階段を進み、宝物庫と思わしき所に辿り着いたが、残念なことに探し物が見つからない。どうしようかと思案した正にその時、気絶中の皇王が目覚めたのであった。
エビのような動きをしつつ声を張り上げている皇王の姿は中々に滑稽であり、俺たちは揃って失笑をしてしまった。その漏れた笑い声を聞いた皇王は、漸く俺たちの存在に気付いたらしい。驚いたような表情を浮かべていたのが、その証拠だろう。しかしその驚きはわずかな間だけで、皇王は俺たちをねめつけるようきた。
とはいうものの、縛られたままなので迫力には欠けている。そのことが滑稽さに拍車を掛けていた。しかし、これはちょうどいともいえるだろう。皇王なら、転生の秘術のありかも知っている筈だからだ。だが、普通に尋ねたところで答えてくれるとも思えない。そこで、かまを掛けることにする。具体的には、転生の秘術をさも手に入れた風に言ってみたのだ。
「エビの皇王様は漸くお目覚めか」
「貴様ら! ここで何をしている!!」
「何って。当然、目的のものを探している」
「目的のものだと!?」
「ああ。お前らアシャン教が秘匿していた、えっと転生の秘術だったか? あれを皇王様のお陰で、手に入れることができたよ」
「な、何だと!!」
その瞬間、皇王の視線が部屋のある方向に向かう。そこにあるのは部屋の壁であり、辺りに何もない。そう。宝物すらないのだ。俺たちもこの部屋に入った時、あまりにも多い宝物に目を奪われたこともあって、そのことに気付いていなかった。
しかしよく考えれば、おかしい話でもある。幾ら宝物が多くても、いや多いからこそ逆に何もないというのはおかしいと感じる筈。それであるにも関わらず誰も気付かなかった、そこがそもそもおかしと言えるだろう。そんな隠し部屋の一角に慌てて皇王が視線を向けた理由、そのようなものなど一つしかない。そここそが、転生の秘術の保管場所ということに間違いない。だが、これは想定していなかった。
さきに述べたように、皇王が視線を向けた部屋の一角には何もない。ということは、転生の秘術を保管する為に隠し部屋の中にさらに隠し部屋を作ったということになるからだ。
まさかそんなことをするなど、思ってもみなかったわ。
「ふん! 嘘など愚かな。所詮は背教者か」
「いや。そうでもないさ」
「なに? どういう意味だ!」
壁へ視線を向けたあとに皇王が、あざ笑いつつこちらをけなしているとも取れる言葉を吐く。だが、既に皇王の仕草から隠し部屋がある旨を認識した俺としては、彼の行動自体ありがたい以外の何物でもない。そんな様子から訝しげに眉を寄せている皇王をしり目に、俺は彼が視線を向けた壁へと歩み寄る。その直後、慌てた様な声を皇王は上げていた。
「ま、まてっ! 何をする気だ」
「さぁて、な」
「そ、そちらは壁だぞ」
「見りゃわかる」
皇王の言葉に対して適当な答えをしながら壁の前に立った俺は、ゆっくりと拳を構える。すると皇王は、俺のとった仕草から次に何をするつもりなのか予想したのだろう。必死に止めるような声が掛かるが、転生の秘術が目的の俺が従う理由はない。そもそもアシャン教徒でもないので、降雨の言葉に従ういわれもないのだ。
相変わらず、殆ど動きが取れない体を仰け反るようにして必死に動かしつつ止めるようにと声を張り上げている皇王など無視して、正拳突きを放つ。俺の拳が完全に壁を貫くとそこを中心して壁にひび割れが走り、そして次の瞬間、その壁が崩れて入り口が開いていた。
それと同時に、皇王から女性の悲鳴のような甲高い声が聞こえる。ごついとまではいわないが、それでも体を鍛えているだろう皇王から聞こえた女性張りの悲鳴に、俺は表情を歪めて不快感を現した。
「黙れ、うるさい」
「な、なにをしたのか、分かっているのか!」
「当たり前だろ」
そう皇王へ答えてから、俺は中へと分け入る。またしても彼から声が上がったが、今度は普通に男の声だった。そのことにどこか安心しながら入った場所、そこは十メートル四方の空間となっていて、その奥に一つの巻物が鎮座している。シュネの言った通りに見つかった巻物を開くと、そこには転生の秘術に関する情報が列記されていた。
俺自身、形は違えども転生の術には関わっている。無論、アシャン教に伝わる転生の秘術などではなく、先代シーグヴァルドが完成させた転生の術ではあるが、それでも関わっていることは間違いない。それゆえ、俺も転生の術に関しての知識は一応だがあるのだ。
その知識と照らしわせたところ、幾つかの手順などに共通項があるように思える。となれば、この巻物に記された文章は、アシャン教が秘匿していた、転生の秘術について書かれていることに間違いはないと判断してもいいだろう。
だが俺は、シュネのようにしっかりと理解し深く関わっているというわけでもない。その為、断定はできないことが少し歯痒かった。
こんなことになるなら、ちゃんと理解しておくべきだったな。
「そ、それを返せ! その巻物を!!」
「残念ながら、それはできないな。それに、気にすることもなくなるだろうからな」
「ど、どういうことだ」
「こうして目的のものを手に入れた以上、あんたに用はなくなった。だから斗真、あとは任せるぞ」
「ああ」
俺の言葉に、喜色を滲ませながら斗真が答える。確かに現皇王と、斗真が勇者として呼び出された時点での皇王は別人だ。しかし、祐樹を呼び出すなどしているので行動自体は代替わりしても変わっていない。ならば彼に取ってみれば、人物は違うが恨みを晴らす対象なことに変わりはないのだ。
それに、転生の秘術をもう使わないようにと説得したところで彼……と言うかアシャン教が従うとは思えない。先程の斗真と皇王とのやり取りを聞いたあとなので、なおさらにそう思えるのだ。
だからこそ現皇王の取り扱いについては、斗真と悠莉に任せる。そんな俺の意を組んだ二人は、ゆっくりと皇王へと近づいて行く。しかも、二人だけではない。その二人に追随して、ハムーサとシュルンの二人も皇王へと近づいていった。
「よ、寄るでない。悪魔風情が!」
「腐っても皇王か? 敵ながらこの状況でも虚勢を張れる感心するが、時と場合を考えることだな。もっとも、結果に変わりはしないだろうが」
「や、やめろ。やめるのだ……」
次の瞬間、皇王の断末魔が響き渡る。彼は、斗真の腕によって心臓を貫かれ絶命したのだった。
因みに皇王を貫いた腕だが、実は義手である。俺と斗真が対峙した時に、切断した斗真の腕は義手となったのだ。その材質はオリハルコンであり、原料となったのは斗真が持っていたオリハルコンの剣だった。
さて、目的のものは手に入れたし、斗真と悠莉も積年の恨みを果たせた。ならば、いつまでもアシャン教の本部と言えるこの場所に留まる必要はない。さっさと、撤収することにする。だが、その前に斗真からこのまま立ち去るには惜しいとの言葉が出てくる。どうやら慰謝料代わりなのか、この隠し部屋にある宝物をもっていきたようだ。
だが、気持ちは分からなくもない。
程度の差こそあれ、俺も斗真と同じ境遇ではあるからだ。それに、持っていくこと自体は難しくもない。容量が拡張されたバックを、俺が持っているからだ。
「……まぁ、いいだろう。これから先のことを考えれば、物資はいくらあっても困らない。その物資を手に入れる為のおあしにはなるだろう。だが、手早くしろよ。外がいつまで持つかは、分からないんだからな」
「分かっている」
斗真がそう返すと、彼ら悪魔たちはバックに価値がありそうと思える宝物を手当たり次第に入れて行く。時間を掛ければ全部持ち出せもできるが、それは引き換えに自分たちが発見される危険性が増すことになる。そのことは斗真も自覚しているらしく、ある程度のところで切り上げていた。
それでも、中々の量ではあったが。
「じゃあ、行くぞ」
「ああ」
こうして俺たちは宮殿からの、そして聖都からの脱出を始めたのだ。
脱出する道筋だが、実はそれほど難しいわけでもない。何せ、進入後の道筋を逆に辿ればいいだけとなる。そしてそのルートも既にばっちり記憶させてあるので、間違えるなどなおさらにあり得ないのだ。
俺たちは侵入時と同じように光学迷彩を展開しながら、その道筋を記憶させたルートに従ってひたすらに戻って行く。やがて俺たちは侵入したとき利用したテラスに到着すると、ついにアシャン教の本部とも言える宮殿より離脱することに成功した。
そのまま聖都の空を飛び、一刻も早く宮殿から距離をとる。ある程度距離を稼いだところで、地面に降り立つ。そして俺たちは、今回の作戦において最大の功労者である小型飛空艇へと目を向けた。
その飛空艇であるが、損傷を負っている。基本的に飛空艇に対抗するには、同じ飛空艇や飛行船などとなる。だが、それらがないからといって対抗手段がないわけでもないのだ。
つまるところ対空の飽和攻撃を仕掛けてしまえば、損害を与えることも可能である。しかし通常の場合、相手は止まっているわけではなく動き続けるので、攻撃を仕掛けるにしても当てることが難しい。その為、同じ土俵に立てる飛空艇や飛行船が対抗するにはもっとも効率がいいのだ。
しかし、今回の作戦に当たって、飛空艇は囮である。存在感を示しながら敵勢力を引き付ける役目があるので、下手に動き回るというのはあまりよろしくはないし、高度をとるというのも不適切となる。その為、多少位置は変えているが、それほど大きくは動き回っていなかった。
その状況ならば、同じ土俵に立てなくても対抗はできる。魔術だってあるし、バリスタのような対空にも使える大型武器も存在するからだ。その攻撃によって、飛空艇はかなりの損傷を負っていたというわけだが、まだ墜落まで至っていないのはシュネのお陰だった。
作戦を開始するに当たって、シュネの手により徹底的な整備と改造を受けたこと。これにより、防御力や耐久力という点において目覚ましいまでの伸びがあった。
とはいえ、船体のあちこちから煙を出しているし、バリスタの矢が幾本か突き刺さっている。幾らシュネの手によって性能が向上しているといっても、限界は近いだろう。あとどれぐらい持つかと考えた矢先、飛空艇の船体で爆発が起きる。大爆発とまではいかないが、どうやら中枢に近いところに損傷があったらしい。飛空艇が、安定性に欠く動きを始めていた。
「どうやら、限界だな。そろそろ行くぞ」
「待ってくれ。せめて、最後は見届けさせて欲しい」
「……分かった」
およそ五十年、ずっと斗真と悠莉のそばにあり続けた飛空艇の最後だ。見届けたいという思いは、多分にあるだろう。無論、使い潰す覚悟はしているだろう。だがそれはそれ、これはこれだ。幾ら理性で理解していようが、感情までは別の話なのだ。
この状況で俺がせいぜいできるとすれば、その気持ちを汲むぐらいしかない。だからこそ、反対はしなかった。だからといって、脱出の手筈をしない理由にはならない。そこでビルギッタたちを先行させて準備を行わせることにした。
その準備とは、再度結界に穴をあけることである。実は侵入した時に明けた結界の穴だが、既に塞がれている。その理由は、結界を無効化する装置を止めているからだ。
わざわざ装置を止めた理由は、少しでも侵入したことをアシャン教側に覚らせない為である。そのまま結界を無効化させ続けた場合、もしかしたらアシャン教側が侵入を感知してしまうかも知れない。そのリスクを減らす為、結界を無効化した装置は稼働を止めたのだ。
その為、進入時に明けた結界の穴はもう塞がっている筈である。つまり、その穴をもう一度開けさせることを、ビルギッタたちに頼んだのだ。
彼・彼女たちを送り出してから少しした頃、再度飛空艇から爆発が起きる。それは、先に起きた爆発より大きい。それゆえに、飛空艇も大きく揺らいだのだ。しかも、それだけではない。遠目だから分かりづらいが、高度が落ちているようにも見える。果たしてそれは、気のせいなどではないだろう。その証拠に、飛空艇はついに聖都を覆う結界に接触したのだ。
既にかなりの損傷を負っていた飛空艇であり、その状態の船体では結界との衝突という衝撃に耐えられない。連続的な小爆発と、断続的な爆発を繰り返しながら飛空艇はついに撃沈されてしまった。
しかしこのことによって、予想外のことが起きる。何と、聖都を覆っていた筈の結界が、消失したのだ。その理由だが、全く持って分からない。シュネ辺りなら予測をたてられたかもしれないが、残念ながら俺では無理である。だが、何であれ脱出するならば今が一番いいだろう。聖都を襲撃していた飛空艇の撃沈と結界の消失という大きな二つのできごとが連続して起きたのだ。
俺は涙を浮かべながら、未だ沈んだ飛空艇を見ていた斗真と悠莉を促して聖都からの脱出を図る。今は結界がないのでどこからでも出られるが、先行させたビルギッタたちを置いてはいけない。転送できるので問題はないとも言えるが、だからといってビルギッタたちを残して転送するというのも何か違う気がするのだ。
ゆえに俺たちはビルギッタたちと合流し、それから聖都より脱出する。やがて、当初の計画通りの地点にまで到着すると、そこで研究所へと転送したのであった。
前話で爆誕したエビ皇王様は、今回のお話でフェードアウトしました。
これで一応、主人公側とアシャン教の関わり案件は終了です。
ご一読いただき、ありがとうございました。




