第六話~懇願~
頑張って続けてますよ。
第六話~懇願~
行商を行った辺境の村を出たあと、転送の補助をするガイドビーコンを村から少し離れた森へ埋めておく。その後、引き続いて行商をする為に他の村を目指したが、村へ向かう途中で小集団程度の数で構成されたゴブリンから襲撃を受けてしまう。だが、返り討ちにしてやったのだった。
明けて翌日、夜中に移動したこともあって起きるのが少し遅くなる。どうやら、アリナとビルギッタが気を利かせて起こす時間をずらしてくれたようだ。この辺りにも、AIを搭載させた効果も出ているようだった。
もし以前のままだったら、事前に入力した時間通りに彼女たちは起こしただろう。とはいえ、遅く起きたことに変わりはない。その為、少し遅くなったが、それでも朝食をとっておく。朝食は大事なので、できる限り抜きたくはないのだ。
そのままゆっくりと道を進み、やがて昼を過ぎた頃になると道が二つに分かれる。一方はエリド王国の国境へと向かう道であり、もう一方は地図にあった少し小さめの村へ繋がる道なのでそのまま村へ向かう道を選択した。
やがて日が傾き始めた頃、視界の先に小さな村が見えてきた。暫くして村に到着すると、前の村に入った時のように金を払う。前の村と同じで、代官はいないと門番から聞いたので、その門番から教えて貰った村長の家へ向かった。
その到着した村長宅から出てきたのは、四十才前後の男であり彼が村長だった。前の村の村長に比べると、彼の方が幾らか若いように見える。しかし、目の前の人物の方が少しだけ村長らしい雰囲気を持っていた。
その村長に行商人であることを説明し、それから営業許可を貰う。なおこの村には宿屋がないということだったので、空き家を借りることにした。
幸い、借りた家には納屋も厩舎もあったので、取りあえず納屋に幌馬車を入れておく。それから二頭の馬を幌馬車から外して、厩舎に繋いでおいた。その後、結界の魔道具を稼働させて、納屋を覆うことで登録者以外誰も入ることができないようにする。こうしておけば、納屋に入れた幌馬車の安全面は問題とならないからだ。
すべての作業を終えると、村長から借りた家へ入る。するとアリナとビルギッタは、すぐに家の中の掃除を始めた。簡単でいいぞと伝えていたので、本格的な掃除ではない。どうせ数日しかいないのだから、使える場所だけで十分なのだ。
程なくして掃除が終わると、アリナとビルギッタが夕食の準備を始める。俺は俺で納屋に向かい、在庫の点検を行っておく。やがて、夕食の準備を終えたとアリナが呼びにきたので、一旦切り上げると家の中で夕食をとる。そして夕食後に残っていた在庫の確認を終えると、明日に備えて眠りにつくことにした。
翌日、朝食をとってから幌馬車を納屋より引っ張り出すと、そのまま店を出すことを許された場所へ向かい、そこで店を開いた。間もなく、村人が現れて商品を購入していく。彼らが購入していく商品のラインナップは、前の村の傾向とそう変わるものではない。住人が前の村より少ないので、売り上げも落ちるがそんなことは承知の上だから気にもならなかった。
因みに、前の村でも目玉商品という名の客寄せパンダであるスケイルアーマーも展示している。だが、どうせ売れないだろうとも内心では思っていた。
何はともあれ、普通に商売を行い、日が暮れたので借りた家へ戻る。翌日、昨日と同じ場所で店を開いたが、客足も鈍く昨日ほどには売り上げが伸びない。どうやら昨日のうちに、大抵の村人が買いたい物を購入してしまったらしい。
「これは、あまり商売にならないかな」
「それでしたら、店は私たちに任せください。シーグヴァルド様は、観光を行ってはいかがでしょう?」
ビルギッタの言葉に、思わず目を丸くした。
野宿をした際に気を利かせてくれたことだけでなく、ここでも気を利かせてくれているからだ。もしかしたら、思った以上にAIが進歩しているのかも知れない。シュネと違って専門的な知識を全く持たないので、あくまで漠然としてでしかないがそう感じられた。
何より折角の言葉なので、甘えさせてもらうことにする。二人に店を任せると、ゆっくりと村の中を歩き始めた。しかし典型的な辺境にある村でしかなく、しかも村の規模も小さめときている。当たり前のようにこれといった目を引くようなものなど、村の中には見えなかった。
「やはりこんなものか……それで、さっきから何か用か?」
「え? ええっ!!」
声を掛けると、驚いたような声が返ってくる。実は先程から、後ろを付けてくる気配と存在があったのだ。とはいえ、すりとか脅すとかといった類のものではない。雰囲気から、どう声を掛けたらいいかと迷っている感じであった。
だから、こちらから声を掛けたとのである。どうやら気付かれているとは思っていなかったらしく、驚きのあまり素っ頓狂な声をあげたようだ。
なお、付いてきていたのは年の頃なら十代前半であり、ちょうど俺やシュネがフィルリーアに現れた頃の肉体年齢とあまり変わらない。しかも頭には、二つ耳が付いている。いわゆるケモ耳であり、つまるところ獣人だった。
「何か用があるから、つけてきたんだろう?」
「あ、その……うん」
「それで、用は何だ?」
「えっと、お兄さんは商人、ですよね」
「ああ」
「だったら、お願いがあります。その俺……僕を買ってください!」
「…………は!?」
まさかの言葉に、認識するまでにたっぷりと時間が掛かってしまった。それだけでは収まらず、俺までもが素っ頓狂な声をあげてしまっていたのだが……
さて、俺に薔薇(バラ―)な趣味はない。そして、追い詰められたかのような表情をしながらとんでもないことを言い出している少年も、とてもじゃないが女の子のようには見えなかった。
但し、世の中には男の娘とカテゴライズされる、腐っているじょ……お歴々に人気がある存在もいることは承知している。このフィルリーアにいるのかは分からないが。
しかし、目の前にいるのは普通に少年である。それだけに、彼が口に出した言葉の意味が分からず暫く呆けてしまったのだが、遠く旅していた意識がついに戻ってきてくれる。それから俺は、何でそんなことを言い出したのかと問い質していた。
そのお陰で、とんでもないことを言い出した理由が取りあえずでも判明する。目の前の少年が自分を買ってくれといったのは、いわゆる奴隷として購入してくれというものであった。
彼が男娼ではないことに、思わず安心していたことは一まず置いておこう。
それはそれとして、このフィルリーアには奴隷がという制度が存在している。しかし単に奴隷といっても、扱いは二つに分かれる。一つは金銭奴隷といわれており、緊急に金が必要な際に自身を売り込んで先に金銭を貰うというものであった。
確かに誰かの所有物扱いとなるだが、形としては給料の先払いによる囲い込みが近いのかも知れない。それに奴隷といえば大半はこちらになるので、奴隷の身分だからといって他人から酷く蔑まされるなどということはなかった。
そしてもう一つの奴隷に、犯罪奴隷といわれる存在がある。こちらは、主に重犯罪を行った者へ適応される。いわゆる刑罰でもあるのだが、本当の意味で彼らこそが奴隷といえるだろう。何せ自由意思などなく、大抵は重労働を強制されることになる。そこに、年齢性別は意味を成さない。ただ、命じられた仕事を行うしかないのだ。
因みに犯罪奴隷は、鉱山など過酷な労働条件となる現場に連れていかれることが非常に多い。職場環境も悪く労働条件も過酷なこともあって大抵は数年で死んでしまい、殆どが奴隷の期間を終えることはない。つまり、事実上の死刑と殆ど変わりはないのだ。
また、奴隷を商売として扱うには、国からの許可がいる。その許可証を得た商人だけが、奴隷を取り扱うことができるのだ。そして俺とシュネは、その許可証を持っていない。奴隷を扱う気など初めからなかったので、許可を得ようという思考すらなかったからだ。
なお、奴隷売買等に関する物だが、必ずしもフィルリーア全てで適応されるというわけではない。しかし今いるエリド王国を含め、大抵の地域では奴隷の扱いに関しては変わらなかった。
だが、いわゆるローカルルールみたいなものが存在している地域もあるので、全てで適用されるのかというとそうとはならないのがネックだったりするのだ。
なお、犯罪奴隷は、体の見えやすいところに、魔術的な印をつけられてしまう。その為、金銭奴隷と違って誰にでも犯罪奴隷だと判明するので、彼らは蔑まれる対象であった。
「参った。えっと、オルトスだったか?」
「うん」
「そもそも、何で金が要る?」
「……それはその、妹が……」
暫く逡巡したあと、自分を買ってくれなどと言い出したオルトスが詳しい事情をぽつりぽつりと話し始めた。
オルトス曰く、家には妹が寝込んでおり、容体が相当に悪いらしい。治療する手段はあるのだが、かなりの金額になる。しかもこの村では無理であり、マクニ―ス辺境伯の城下町となるマークフィンまで行かなければその治療も受けられないらしいのだ。
その上、彼ら兄妹に両親がいない。ただ遺産は幾らかあるので、旅費ぐらいはどうとでもなるのだが、治療を受けるにはまだ金が足りないらしいのだ。そこで商人の端くれとなる行商人の俺ならば奴隷として買ってくれるのではと、一縷の想いで声を掛けたといった顛末だった。
正直にいうと、助けるのは吝かではない。何よりオルトスの困り切っている様子が、俺やシュネがこの世界に憑依した姿と重なるということもある。ネルトゥースたちからの助けがあったとはいえ、やはりフィルリーアにきたばかりの頃は常識や社会通念を身に着けることに苦労したものだった。
「ちょっと待てくれ」
辺境の村だから人通りは少ないが、このままだと往来の邪魔になるので取りあえず脇へと移動する。その上で、ウエストポーチからヘッドセットを取り出した。そのことにオルトスは少し驚いている感じだが、ここは流しておく。そのままヘッドセットを起動させると、アリナを呼び出した。
間もなく彼女が通信先に出ると、研究所までの中継を頼む。ヘッドセット単体だと、流石に出力が足らないからだ。するとアリナは、俺の頼みをすぐに実行に移してくれる。程なくして、通信先に、シュネに付きとなるエイニが出た。そのエイニにシュネを出すようにいうと、間もなく通信先がシュネへと変わったので、彼女へ事情を伝えた。
≪……なるほどね。やらない善より、やる偽善ともいうわ。何もしないより、遥かにましよ≫
「まぁ、偽善といわれても、仕方ないだろうけど」
≪取りあえず、私もそっちに行く。ヘリヤを連れて、ね≫
ヘリヤとは、医療用のガイノイドのことである。確かに古代文明期にAIなどなかったが、知識の蓄積というのは普通に行われていた。そして古代文明期の人物だった先代シーグヴァルドの妻となるやはり先代のシュネ―リアは、特に医学の分野へ精通した人物であった。
その力量は、俺やシュネが憑依している体を用意できているのだから、なるほどと納得できる話である。とはいうものの、やはり知識の蓄積しかできない弊害はある。その為、蓄積された知識の活用という点ではかなり遅れていたといわざるを得ない状態だった。
しかし、シュネはAIにも精通している。そこで彼女は、先代のシュネ―リアが残した生体医学系の知識を使用して医療用ガイノイドという存在を作り上げたのだ。
因みに医療用ガイノイドだが、より正確にいうとバイオノイドとなる。医療用ということもあり、あえて生体に近い存在をシュネは選択したのだ。この技術も、先代のシュネ―リア残した遺産といえる生体医学系の技術を使用している。流石のシュネでも、生体医学や医療系の知識や技術までは完全にカバーしきれていない。そこで、先代シュネ―リアの技術を流用することで創造を可能としていた。
その医療用バイオノイドだが、現在二人、いや三人存在している。一人目はシュネが連れてくるといったヘリヤであり、もう一人はイルタという。最後の一人は、看護師タイプの医療用バイオノイドでエルヴィと名付けていた。
因み、アリナやビルギッタといったガイノイドも、別に金属的な体をしているわけではない。金属製の骨格を基本に腕などのパーツが取り付けられているが、最表面となる皮膚には人工皮膚が使われている。その手触りも人工とは思えず、生物の皮膚と何ら変わりはない。しかもカモフラージュという意味合いもあるので、彼女たちは傷が付くと血が出るのだ。
但し、本物の血ではない。そもそも現代のフィルリーアでは医学があまり進んでいないので、輸血などといった概念がない。つまり、血とほぼ見間違えるような液体であればそれが本当に血なのかそれとも違うものなのか判別する方法などないのだ。
だからこそ、俺も彼女たちガイノイドを人工物だと思えなくなっている。だが、今は関係がないので置いておくとしよう。
「そうか。じゃあ、ガイドビーコンを埋めていないから、適当な場所に埋めてくる」
≪大丈夫なの?≫
「問題ない」
≪分かったわ。埋め終わったら、連絡を入れてね≫
「了解」
そこで通信を切ると、不安気な表情を浮かべながら所在なさげに立っているオルトスへ、夜になったら借りている家に来るようにと伝える。そこで改めて話をするからと説得をし、借りた家の場所を伝えてから、一旦はオルトスを帰宅させたのだった。
どこまでいけるかな、連日更新。
えっと、一応動き始めた感じです。
まだ、そうは見えないかも知れませんけど。
ご一読いただき、ありがとうございました。