第五十七話~合流~
第五十七話~合流~
祐樹と共にフィルリーアへ転生した俊から、俺たちへ質問がぶつけられた。アシャン神皇国より俺たちの元へ身を寄せるという判断をした彼らからのものであり、その疑問は当然と思えたので特に隠すことなく告げたのであった。
一人だけ別の理由で首を傾げているサブリナは埒外に置くとして、彼女以外の三人は、驚きの表情を浮かべている。どうやら彼らは、フィルリーアの外に宇宙が広がっているとは思っていなかったようだ。いや、もしかしたら考えたことはあるかも知れない。何せ夜空に、星が瞬いているのだ。多少なりとも宇宙を知っていれば、不思議ではないだろう。しかしこのフィルリーアが、魔術の存在するファンタージ世界であるという事実があったことで、半ば無意識に除外してしまったようだった。
もっとも、彼らがそう考えてもおかしくはない。もし普通に俺が転生して……って、転生が普通かどうか置いておくとするが、何であれ祐樹たちの立場だったら、宇宙に関してなどは考えなかったかもしれないからだ。
俺が目覚めたのが研究所であり、同時にシュネという科学者がいてくれたこと。この二つが揃っていたからこそ、フィルリーアと呼ばれる地が″惑星″であり、惑星の外に宇宙が広がっているとまで考えが至ったのだ。
「う、宇宙って! フィルリーアの外にあるのか!!」
「それは、あるだろう」
「……そうかぁ。やっぱりあるのか……ということは、フィルリーアは惑星なのか」
何か、俊の様子が俺の予想していた反応と違う。いや、雰囲気的には舞華も俊と似ている気がする。唯一、祐樹だけは変わらずに驚きの表情を浮かべていたが。
もしかして、俺はとんでもなく勘違いをしていたのか? うわっ、恥ずかしい!
とはいえ、俺は幸いにも声にしていない。ここはスルーすることで、誤魔化してしまおう。祐樹たちや仲間の様子から、俺の内心に気付いているとは思えなかったからだ。
「……シュネ。その、生暖かいというか意味ありげな視線を、なぜに俺へ向けている?」
「いいえ。べっつにー」
前言撤回だ。
どうやらシュネだけは、気付いている。流石は生まれた時から付き合いである幼馴染み、そう簡単にはごまかせないらしい。
ちくしょうめ!
「まぁ、兎も角だ。元々、俺はこのフィルリーアのごたごたに関わる気はなかった。ただ俺たちにも問題があって、すぐに宇宙へ行くことができないという事情も抱えていた。その点を解消しつつ、いずれは宇宙へと思っていたんだが……」
「そうは、できなかったのかしら」
「舞華のいう通りだ。切掛けは、偶然だった。悪魔のある企みに、本人たちの意思とは無関係にオルとキャスが関わっていていた。その企みを、結果として潰した。だがこれは、あとになって分かったことだけどな。その後、セレンも関わっている件でも悪魔の動きとかち合って、結果としてその企みも潰した。ここまで関わると、見て見ぬふりというのもどうかと考えたわけだ」
「そこで、「たつ鳥跡を濁さず」ではないけれど、悪魔関連の決着を付けてから離れることにしたのよ」
俺のあとを継いで、シュネが纏めてくれた。
実際、そう遠くないうちに宇宙へ行くことはできるだろう。だが、物資等の問題もまだあるので、そう簡単にはいかないが。
「そ、それでさ! シーグ!! 宇宙へ行って、どうするんだ!?」
「それは、無論旅をする」
その直後、とても息せき切って、祐樹が話に割り込んできた。しかも、その表情には先ほどまで浮かべていた驚きの色はない。寧ろ、とても興味があります! と言っていいぐらいにきらっきらっと輝いている。目は口程に物を言うとは聞いたことはあるが、表情も同じだとはね。
「お、おい祐樹」
「ちょっと、どうしちゃったの?」
「俊! 舞華! 宇宙だぞ、宇宙!! そこを旅できるんだ! 興味をそそられるに決まっているだろう!」
「お、落ち着けって!」
「俊! 俺は十分に落ち着ている!!」
いや。
どこからどうみても、十分に興奮していますから。
俊にしても舞華にしても、ある意味で祐樹に気圧されているといっていい雰囲気だ。そしてそれは、シュネたちも同じのようである。ううん。この場合驚きのあまり反応できないと言った方が正解かも知れないが。
「ふーん。そんなに興味があると」
「あったりまえだ!」
「じゃあ、一緒にくるか?」
『ええっ!?』
「いいのか!」
動向の提案をした俺と速攻で賛同した祐樹、それと黙って控えているガイノイド以外の面子が、驚きの声を上げた。
実際、宇宙を旅するに当たって何が起きるか分からない。その意味でいえば、祐樹たちは実力的にも十分だろう。今の段階では俺たちから見れば、実力的に落ちる。といっても、あくまで今の段階でしかない。見た限り、全員にまだ伸び代があるのだから。
「えっと……本気?」
「別に敵でもないし、味方にしてもいいと思う。それに、悪魔王との戦いを考えれば、戦力は多いに越したことはない」
「それは、その通りね」
少なくとも、悪魔王に関しての実力は未知数だ。
簡単に負ける気などはないが、実際に相対した時に結果がどう転ぶか分からない。だからこそ、実力があることは分かっている祐樹たちを味方とする価値があるというものだ。
「やる! やるから、仲間に入れてくれ……いや!! ください!」
「ちょ、ちょっと待てって祐樹。幾ら何でも短絡的過ぎる。もう少し、考えて結論を出そう。確かに、悪魔王との戦いは、手段として利用できるけど」
俊の言葉に、俺は眉を寄せた。
悪魔王との戦いが利用できるとは、何を考えている。そもそも悪魔王との戦いに利用できる点など、そうありはしないだろう。このフィルリーア世界の敵として認識されているのが、悪魔王なのだ。その悪魔王を倒すことで名誉や名声を手にすることはできるだろうが、今の祐樹たちにそういったものが欲しいとは思えない。であるならば、なおさらに利用できる点などない筈なのだが。
「おい。それはどういう……」
「なるほど。貴方たち、そのようなことも考えていたのね」
「えっと……シュネ?」
「どうやら気付いていないようねシーグ、彼らの考えに」
「シュネさん。それは、どういうことでしょうか」
「簡単よ。少なくとも今の祐樹クンたちは、できれば勇者という立場をどうにかしたいと考えている。その一番手っ取り早い方法は、死ぬこと。正確には、死んだように見せ掛けることよ」
「ん? ……あ!」
そうか!
確かに手段としては使えるかも知れない。
現状、俺たちもまだ悪魔王の所在地を把握していない。それはとりもなおさず、各国も把握していないということに他ならなかった。もし既に判明していれば、祐樹たちが派遣されているだろうし、もしかしたら各国合同で軍でも派遣する何てことがあるかも知れない。だが未だに祐樹たちが各国を渡り歩いていたところ見れば、悪魔王の所在地を把握していないことが明白なのだ。
つまり、ここに至って完全に利害が一致したというわけだ。宇宙云々は一まず横に置いておくとして、俺たちの対場で言えば悪王を倒せば憂いも何も残さずフィルリーアから宇宙へ旅立てる。翻って祐樹たちからすれば、悪魔王を倒しに行ってそこで行方不明となれば、自身たちの存在も有耶無耶とできるのだ。
それに、悪魔王を倒せば悪魔たちの動きは沈静化する。そうなれば、それこそアシャン教や各国が美談に纏めてくれるだろう。たとえば「勇者ユウキは、おのれの命と引き換えに悪魔王を倒したのだ!」とかな。
アシャン教側の思惑など知らないが、各国からすればそうなってくれた方がありがたいだろう。生きている英雄は配慮や忖度などと厄介だが、いなくなる……つまり死亡でもしてしまえば、そこまで気にする必要はないのだから。
「つまり、よくある勇者の物語の終わり方だな。勇者は使命を果たし、敵を倒しました。メデタシ、メデタシという」
「……それは、そうだけど。言い方、考えなさい」
「へーい」
「ちゃんと、返事をしなさい」
そこでシュネに軽く頭をはたかれた。
今でこそ、肉体的にいえば全く同い年であるが、元々は年上の幼馴染である。このフィルリーアに来てから、地球にいた頃の幼馴染という関係から脱して男女の関係ではあったが、やはり精神的には姉のような雰囲気で振舞われることが多い。俺もそれが子供の頃から当たり前だったので、これといった違和感なく受け入れてしまうのだ。
「その、仲がいいですね。やっぱり、付き合っているのですか?」」
「ええ、舞華ちゃん。その通りよ」
「きゃー」
「お、おい。シュネ」
「いいでしょ。別に隠すことでもないし」
「それは、そうだけどさ」
なにか嬉しそうな、それでいて少しだけ。
そう。
本当に少しだけ、羨ましそうな声を舞華が上げているのを聞きながら、あっさりと関係を漏らしたシュネに突っ込むが、さらりと返答される。確かに隠すようなことではないので、肯定するしかない。するしかないのだが、もう少しオブラートに包んでもいいと思えてしまうのは俺だけなのだろうか。
正直に言えば、少々恥ずかしいのだよシュネさん。この、微妙なオトコゴコロを分かって欲しいのだが。
一方でそんな俺とシュネとは別に、祐樹と俊がまだ論争を続けている。というか、祐樹が俊を説得しているといっていいかも知れない。その頃には、俺もシュネも舞華も落ち着き祐樹と俊の会話を聞いていた。
既にビルギッタエイニやアリナなどガイノイドたちによって紅茶や菓子などが提供されていて、完全にくつろいでいる。そんな俺たちが見守る中、ついに俊が折れたようで、彼は頭を乱暴に掻きながら了承していた。
「あー、もう!! 分かった! それでいいよ」
「おっしゃー! 舞華もいいよな!」
「うん。いいよ。それに正直にいえば、このフィルリーアにもういたくないし」
彼女としても、呪術を掛けられたということは、相当頭にきているようだ。本人の意思ならまだしも、そうでないのだから当たり前といえば当たり前だった。
その時、やはりくつろいでいたサブリナが声を上げる。どうも彼女は、話が一段落するまで待っていたようだ。
「あのー」
「何かしら。サブリナさん」
「その、質問があるの。宇宙とは、それと惑星フィルリーアとは何でしょう。何より、宇宙を旅するとは、意味が全く分からないのだけど」
ここにきてまさかの問い掛けをされてしまい、俺を含めて全員がガクッと肩を落としてしまった。
だが、考えてみれば当然かも知れない。実際、宇宙へ行くという話をセレンが聞いた時にも同じ反応をしていたのだ。そしてサブリナも、フィルリーア出身である。セレンが疑問と感じたことを、彼女が疑問に感じないわけがないのだ。
とはいえ、彼女の問いによって、何か色々なものが抜けたような感じとなったのは否めない。そんな弛緩してしまった空気の中、シュネが中心となって、彼女へ疑問の答えをプレゼンテーションしていくのであった。
えー。
今話を持ちまして、祐樹たち勇者一行が仲間となりました。
ご一読いただき、ありがとうございました。




