第五十六話~動向~
第五十六話~動向~
勇者一行の四人全員に対して、彼らに呪術が掛かっていた旨を告げる。しかも、術を掛けたのは、状況証拠ながらもアシャン教の人間であることも合わせてだ。そのことに何よりの衝撃を受けていた彼らに対して、俺は幾つかの提案を持ち掛けたのであった。
情報を整理する為と称して、祐樹は俺からの提案への返答を保留した。もっとも、本当に仲間と検討するつもりなのだろう。そこで、治療を終えた彼らを寝かせていたこの部屋をそのまま提供することにした。
その際に、勝手に部屋から出歩かないようにとも釘を刺しておく。別に歩かれたからといって困るわけでもないし、何より研究所を管理しているネルトゥースの目を誤魔化せるわけでもない。だからといって、勝手気ままに歩かれても迷惑といえば迷惑だ。
なんだかんだ言っても、この研究所は嘗ての古代文明を今に伝えている施設である。万が一、適当なものを持ち出されては叶わない。ゆえに祐樹たちには、呼び出しができる道具の使い方を教えておく。いわゆる、マイクのような思えばいい。その道具の扱い方を教え、食事などといった用があればそこへ話し掛けるようにと言い聞かせておいた。
その後、部屋を出たわけだが、そこでネルトゥースへ祐樹たちの監視を指示しておいた。
「お任せください、シーグヴァルド様。彼ら専属のガイノイドも用意しておりますれば」
「そうか。頼むぞ」
「はい」
ネルトゥースへ指示を出したあと、俺たちはそれぞれに過ごす。シュネとセレンとキャスは、揃って何かをするようだ。下手に聞いて藪蛇となっても嫌なので、何もいわない。取りあえず部屋へ戻ろうとしたが、その前にオルに捕まると鍛錬の相手を頼まれた。
現状、逃がした悪魔の情報が入ってくるまでのいわば待ちの状態にある。つまり、とり急いで何かをしなければならないわけではないので、オルの頼みに応えて相手をすることにした。
そもそもの身体能力もあって大分腕を上げているが、まだ負けるほどではない。受け流しつつカウンターを決めることもあれば、オルの攻撃を先読みして相手の機先を制するなどしていきつつも、気付いた点を指摘していった。
オルは強くなることに貪欲なところがあるからか、俺からの指摘も真剣に聞いている。この年だと反発してもおかしくはないのだが、オルに関して言えばそんな様子は見えない。俺がオルと同じぐらいの年の頃は、親や祖父に対していささか反発したところもあったので、少々意外だとは感じていた。
だが、素直に指導を聞くことは悪いことではない。当時は兎も角、流石に今の俺ならその点は理解しているので、これはこれでいいことだとは思っていた。
その武術の指導もきりのいいところで切り上げると、俺とオルは汗を流す為に風呂へと入る。オルと一緒に入り、いわば男同士の裸の付き合いをしていた。風呂から上がったあとは、体のほてりを冷やす為に冷たい飲み物を手に取る。選んだのはコーヒー牛乳であり、しかも腰に手を当てて飲むあの飲み方だった。
初め俺がそのやり方で飲んでいたのだが、そのうちにオルも真似をし出したのである。別に思うところはないので、別に指摘もしない。するといつの間にか、俺とオルが風呂上りに飲み物を飲むときの定番スタイルとなっていた。
「さて、暫くしたら夜食だな」
「そうだね」
その後、夜食をとってから、その日は眠りについた。
因みに勇者たちだが、夜食は部屋でとったらしい。その辺りは、ネルトゥースとネルトゥースが祐樹たち専属としたガイノイドが対応していたのである。
明けて翌日、時間にして朝の十時ぐらいとなった頃、ネルトゥース経由で俺へ知らせが届く。どうやら、祐樹たちの考えがまとまったらしいというのだ。そこで、シュネたちみんなを連れて祐樹たちがいる部屋へと向かう。部屋の外で来訪を告げると、中から入ってもいいとの返事があった。
まもなく部屋に入ると、祐樹たちの格好は随分とラフなものになっている。傾向としてはフィルリーアで一般的に流通している服ではなく、地球にいた頃とあまり変わらないカジュアルなものだった。
研究所の外にいるならば合わせるが、研究所の中にいるのにわざわざフィルリーアで一般的な格好に合わせる必要もない。俺やシュネは元から慣れていたし、オルやキャスの兄妹やセレンも既に着慣れている。そしてそれは、日本出身と思われる祐樹や俊や舞華も同じであった。
だがただ一人、サブリナだけは違っている。どうにも彼女は、着慣れないようだ。しかしてその様子は、嘗てのオルやキャス、それからセレンを彷彿させる仕草でもある。何とも懐かしいその仕草を見て俺とシュネは、思わず温かい眼差しをサブリナへ向けていた。
「ねぇ。シーグさん。その眼差し、やめてくれませんか? 何と言ったらいいか、その背中がむずむずするのよ」
「それは悪い。だけど、懐かしくて」
「悪いと思うなら、やめてあげなさいよ……それからシュネも、くすくす笑わない」
「ご、ごめんなさいセレン」
サブリナの仕草とセレンの言葉で、とても和やかな空気と変わっていた。
それから暫くしたあと、空気というか気分を切り替える為に一つ咳払いをする。それから真面目な表情を作ると、祐樹たちへ昨日問い掛けた案件に対しての返答を聞くことにする。そして返ってきた答えは、さほど想定外な物ではなかった。
「その……迷惑かも知れないけど、ここに置いてくれないだろうか」
「別にいいぞ」
「本当か!?」
「そもそも迷惑だなどと思っていたのなら、昨日の時点で俺たちのところへ身を寄せるか? などという提案はしない。だから、安心しろ」
「そ、そうか。なら、よろしく頼む」
「ああ」
正直に言うと、ここでアシャン神皇国へ戻るとか言い出さなかったことに安心していた。
下手に彼の国へ戻られた場合、解呪したことが相手に漏れる可能性がある。いや、もしかしたら既に漏れている可能性もあるが、その点は心配しても仕方がない。それこそ、情報が漏れたかどうかなど、現時点では分かりようがないからだ。
そちらに関しては、ドローンによる情報収集によって判明する可能性もある。もしそこまで監視の目が祐樹たちに届いているのならば、間違いなく動きがあるだろう。だが、どちらにしても、情報待ちという点に変わりはなかった
「ところで、俺たちのところへ身を寄せるという判断をした決め手は何だ?」
「それこそ、色々あるけどな」
そう前置きしてから、大雑把に昨日の仲間内での話し合いについて語り出した。
まず、顔を成形するというのは正直に言って忍びないので選びたくない。かといって田舎暮らしを選んだとしても、その環境に簡単に順応できるかどうかもわからない。何せサブリナを除く三人は、現代の日本で生きてきた。そして転生し現れたのは、アシャン神皇国の聖都となるアシェルトだった。
日本に比べればかなり落ちるが、それでもアシェルトはフィルリーアでは十分文化的と言えるだろう。つまり彼らは、田舎暮らしなどしたこともないので、それを選ぶことには不安が残るのだというのだ。とはいえ、以前ならまだしも、現状でこのまま勇者を続けるなどご免である。となると、選択としては事実上の一択だ。
そう、結論したのだそうだ。
確かに、至極妥当な判断だろう。実際、提案した俺も彼らがその判断をするだろうなと思っていたのだから。
ただ、田舎暮らしに関しては、サブリナがいればどうにかできるではないかという思いは漠然にある。彼女は生まれて間もなく辺境の村へと移動させられ、そこで色々と苦労をしたらしい。だから、その辺りの経験もあるのだろう。ただ、既に答えを出している彼らへこれ以上、なにかを言うつもりはなかった。
「ところで、一つ質問があるんだがいいか?」
「君は、俊だったな。それで、質問とは何だ?」
「それは、そちらの目的だ。話を聞く限り、どうにもそれが分からない」
俊の言葉に、俺たちは思わず顔を見合わせてしまった。
そういえば、悪魔の襲撃に関しての情報と彼らに呪術が掛かっていたという事実しか伝えていない。ならば、彼の問い掛けもあり得るものだった。
何より、隠すつもりはないしわざわざ彼らへ隠すメリットもない。勇者たちが研究所に留まらず出て行くとか、万が一にも俺たちと対立するという選択をしたのであればそれは別だが、幸いに祐樹たちは寧ろこちら側へと歩み寄っている。それであるならば、隠したりせずに話してしまった方がいいだろう。
そこでまず話題としたのは、悪魔との関わりについてだ。祐樹が率いている勇者一行も、俺たちほどではないにしても悪魔と関わりはある。何せ、彼らがこのフィルリーアへと現れることになった理由は、どう考えても悪魔が関連しているだろうと思えるからだ。
その彼らに話すのが悪魔関連であることは、寧ろ当然だろう。何せ、俺とシュネを除いたオルとキャスとセレンの三人は、本人の意思とは別に悪魔と関わってしまっているのだから。
そこで祐樹たちへは、オルとキャスの兄妹が、本人の与り知らないところで偶然にも悪魔と関わってしまったことを告げる。さらには、セレンが巻き込まれた一件も、偶然ではあったが関わってしまったことなどを教えた。
「流石に、二度も続けば知りません、存じませんとはならない。ついでに言えば、庇護したオルとキャスの身の上の為や嘗ての仲間を殺されたセレンの頼みもあった」
「そう……ですか」
すると、尋ねてきた俊が、ばつが悪い表情を浮かべている。その表情から、どうやらあまり聞いてはいけないことを聞いたかも知れないとでも後悔した雰囲気があった。もっとも、オルとキャスの兄妹も、それからセレンも言われたこと自体は機にした様子はないのだが。
「それともう一つある。それは、宇宙を旅することだ」
『……はい?』
「あの……宇宙とは、何でしょう」
俺の言葉に祐樹と俊と舞華が、驚きの声を上げる。彼ら三人とは対照的に、言葉の意味の分かっていないと思われるサブリナだけが、素朴な問いをしてきているのがとても新鮮に見えたのであった。
取りあえず、祐樹たちの選択です。
一まず、雲隠れで意見が一致したようです。
ご一読いただき、ありがとうございました。




