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第三十六話~説得~


第三十六話~説得~



 ついに有望な鉱山を手に入れたことで、一万年以上という長い期間があったゆえに陥っていた研究所の物資不足の危険もなくなった。それどころか、さらなる開発もできる余裕も生まれたといえる。しかしそれゆえに、セレンに関しては油断をしていたとも言えたのであった。





 研究所へシュネとエイニ、それからセレンが戻っていった。

 シュネとエイニが戻ったのは、セレンの付き添いもあったが、同時に採掘用の機材を鉱山へと送り込むという仕事もあるからだ。それを証明するかのように、転送から少し時間がたつと、採掘用の機材が次々と送り込まれてくる。それら機材を、すぐに採掘用の拠点に使う為に張られた大型結界の中に運び込むようにと指示を出した。

 こうしておけば、万が一魔物が襲ってきたとしても機材が壊される可能性は低くなる。それからは黙々と、ガイノイドやアンドロイドたちとともに採掘用機材を運び込んでいく。しかしそのあいだにも、魔物から二回ほど襲われる。だが襲撃してきた魔物も、結界まで到着することなかった。

 まず一回目だが、ビルギッタによる対物魔ライフルの狙撃によってあっさりと沈黙している。襲撃が一体だけだったということもあって、短時間で終わった形だ。そして二回目は一回目よりも数が増えたが、その魔物たちも汎用魔機関銃の掃射によってことごとくが倒されている。次々と倒れていく様子は、ある意味で壮観ですらあった。

 しかしその戦況から考えてみるに、やはりあの熊のような姿をした魔物は別格だったようである。



 さてこの機材の運び込みだが、およそ夕暮の少し前まで行っていた。しかし、俺が関与するのはここまでとなる。明日以降に関しては、完全にアンドロイドやガイノイドたちに任せることになるからだ。

 そして、彼らを取り纏めるのは、ネルの役目となる。しかし、今日のところは一緒に研究所まで戻る予定だった。

 因みに万が一を考えて、現地に急いで作り上げた採掘拠点に泊まりこむ者も数名だがいる。いかに採掘現場に人が関与する余地がないとはいっても、完全にこの現場を無人にしたくはなかったからだ。

 その後、ある程度現場を片付けると、ビルギッタとネルを伴って研究所に戻る。すると研究所には先に戻っていたシュネが待っており、彼女から採掘現場の進捗状況について尋ねられた。


「どうかしら? 問題は出ていない?」

「二回ほど魔物が襲ってきたけど、ビルギッタの狙撃とネルの掃射であっさり撃退した」

「それなら、いいわ」

「それはそうとシュネ、夕食前にいいか?」

「そうね。取りあえず、すり合わせをしておきましょうか」


 このあと、俺の部屋に移動して話を詰める。具体的には、どこまで話すかなどといった内容を詰めたあとで、食堂へ向かった。先に食べてくれと伝えてあったので、オルとキャスの兄妹も、その兄妹付きのアリナもいない。食堂に残っていたのは、ネル一人だけであった。

 その食堂で夕食をとったあと、まったりと休憩をしていた兄妹と、その兄妹と違って緊張気味のセレンへ声を掛けると、もう一度食堂へと戻る。そして三人が全員、椅子に腰かけると、少しを開けたあとで話し始めた。

 もっとも、信じるか信じないは、オルとキャス、そしてセレンの勝手だと前置きをしてからだったが。

 初めは、この研究所を手に入れた経緯からである。しかし、その経緯すらも、奇妙奇天烈きみょうきてれつな体験の末である。憑依などといったことは流石に話さなかったが、代わりに名前を貰った先代のシーグヴァルドとシュネ―リアとの関係を捏造して説明した。

 嘘偽りなく説明した場合、憑依したと言うことになる部分を、先代の二人の寿命が尽きる前にその名前と共に譲り受けたとしたのである。その上で、古代王国期末期に起きた崩壊に巻き込まれ、一万年の長きに渡って眠りについていたとしたのだ。

 これでも、荒唐無稽こうとうむけいな理由と言えるだろう。だが、憑依したなどというよりはまだましな筈である。何せ、その理由を裏付けるだけの技術がこの研究所にあるのだから。


「にわかには信じられない話だけど。まさか、シーグヴァルドとシュネ―リアが関わっているとは思わなかったわ」

「……二人とも、一万年も前の人物だぞ」

「それはそうだけど。極偶に見つかることがある古代文明期の文献にも、二人の名前は出てくるから。そのこともあって彼らに関しては、稀代の魔術師にして魔道具マスターたるシーグヴァルド・スヴェン・セーデルグレーン。そして彼の妻にして偉大なる医学者、シュネ―リア・ゼーフェリンクとして知っているのよ」


 研究所に残っていたデータから、先代のシーグヴァルドもシュネ―リアも傑物だとは思っていた。だが、まさか現代にまで名が残っているほどだとは思いもしなかった。

 しかし、そのわりにはあまり一般的ではないような気がする。少なくとも、民衆に二人の名前がそれほど広まっていないのは間違いない。世間で、二人に関して殆ど聞いたことがないからだ。

しかしながら、セレンは数が少ないとはいえ残る文献に乗るぐらい有名だという。このギャップは、どこから生まれたものなのだろうか。


「……セレン。もしかしてだけど、先代のシーグヴァルドとシュネ―リアの名前は一部で有名なの? 世間一般的な常識としてではなく、特定な業種に限定されて有名だとか」

「やっぱり、シュネは察しがいいね。その考えで、当たりよ。たとえば魔道具、これを研究している人たち以外からすれば使えればいいだけの物でしかない。誰が作ったかなんて、世間では気にしない。ましてや、比較的流通している魔道具は、殆どが現代でも作ることができるのだから」


 俺たちが当たり前のように使っている結界を発生させる魔道具だって、世間的には滅茶苦茶めちゃくちゃ高い代物だった。作ろうと思えば作れるから、完全に気にも留めていなかった。

 実際、日本にいた頃に乗っていたバイクだってメーカーとか性能とかは気にしても、バイクの開発者が誰でとかまでは殆ど気にしたことがない。その意味では、セレンの話も納得できた。

 そして医学でも、同じような理由なのだろう。現代のフィルリーアでは、古代文明期の頃より色々いろいろな意味で及んでいない。当然、医学の分野においてもそれは同じであり、彼女の持つ医学に到達しきれていないのだ。

 つまり、シュネ―リアの医学があまりにも高度過ぎて、現代のフィルリーアでは理解するのにも一苦労。ましてや再現するなど、推して知るべしといった具合なのだ。

 それなら、その分野に関わっていなければ知らないのも当然だわ。


「そのわりにはセレン。詳しいな。オルやキャスは話についていけず、ちんぷんかんぷんといった表情をしているのに」

『え!?』


 唐突に話を振られたからか、オルとキャスは変な声を上げていた。その様子に、シュネとセレンは苦笑を浮かべている。この兄妹の知識こそ、フィルリーアで一般的なのだろう。確かに勉強などはしていたので世間よりは若干上かも知れない兄妹の知識だが、それでも常識から逸脱しているわけでもないのだから。


「あたしの場合は、興味があったからというのが一つ。そしてもう一つに、冒険者だからということもあるかしら」

『冒険者だから?』


 セレンの言葉に、俺とシュネは勿論、名前を出されたことで今まで蚊帳の外といった感じだったオルとキャスも揃って首を傾げた。

 ただ、兄妹の場合、不審さよりも可愛さを感じられる仕草となっていたが。


「といっても、なり立ての冒険者とかは別よ。ある程度……そうね中堅どころくらいになるまでの経験を積んでいる冒険者ならば、シーグヴァルド・スヴェン・セーデルグレーンとシュネ―リア・ゼーフェリンクの名前ぐらいは聞いているわ」

「どうしてだ?」

「その二人の実績を詳しく知らなかったとしても、二人が関わった物を手に入れることができれば値段に色をつける交渉ができるから」 


 なるほど。ある意味でブランドなのか、先代の名前は。

 確かにグ〇チやシ〇ネルという名前だけで、高そうだと思えてしまう。それはもし売る側に、グッ〇やシャ〇ルが高級ブランドだということ以外の知識がなかったとしてもだ。寧ろそういった知識は、買い手に求められる。偽物と断じるか、本物と判断するかはあくまで買い手なのだ。

 それに引き換え、セレンが二人を理解しているレベルは、通常の冒険者より上だと思える。その辺りは、もう一つの理由だといった興味があったからに繋がるのだろう。つまるところ、セレンは好奇心旺盛こうきしんおうせいなのだ。


「そういうことか」

「だからこそ、確信できたわ。あんたたちの力を借りられれば、仇は討てる!」

「それは、そうかも知れないな」


 以前であれば、俺らも確信しただろうさ。

 しかし今は、確信まではできない。その理由は、あの悪魔誕生装置だ。あれのオリジナルがあるだろう場所に、どれぐらい古代文明期の技術が残っているのか。また、どれぐらい悪魔側がその技術を再現できているのかが分からないからだ。

 確かにシュネは、悪魔誕生に特化していると言っていた。だが、それも彼女の推定でしかない。実際にその場に乗り込んで確認でもしない限り、確証など得られはしないのだ。


「何よ、その曖昧な言い方。まさか、夢とやらがかなうから、悪魔は放っておくとか言わないでしょうね」

「それはない。切掛けは兎も角としてここまで敵対した以上、悪魔と……悪魔王とけりを付けずに離れたりはしない」

「そうね。シーグのいう通りよ。それに、立つ鳥跡を濁さずとも言うから」

「……なに、その言葉」

「そこから立ち去る際は、奇麗に後始末をしてからという意味よ」


 セレンの反応から見るに、フィルリーアでは似たような言葉はないようである。もしくは、彼女が知らないだけかもしれない。だが、妙に知識を持っていそうなセレンなのでそれはないように思える。だとすれば、本当にないのだろう。


「そんな言葉もあるのね。まぁ、いいわ。今のあたしにとっての重要な件については、クリアできたから」

「しかし……こうなると、このまま行商を続けるというのも、あまり意味がない気もするな」


 元々、行商していたのは観光や生活費等を稼ぐ為という側面があった。何より、自分たちの夢でもある宇宙へ行く手段を確立するという、大前提の為だったのだ。その目的こそ果たしたわけではないが、果たす為の種となる鉱山は手に入れた。

 かといって、この状況下において、観光にこだわるというのもセレンの手前、ばつが悪い。ならば、他の方法を模索するべきなのだろうか。


「そうなると、俺たちはお払い箱?」

「あ、しまった。そっちがあった」


 もう、完全に家族のつもりでいたので、オルとキャスに関しては考えてもいなかった。行商の件も、オルの必ずお金を返すという意気を汲んでそう言ったに過ぎない。つまり請求する気など、初めからなかったのだ。

 それはシュネも同じであり、彼女も俺と同様にばつの悪い表情をしていた。しかしシュネは、すぐに表情を変えると柔らかな微笑みを浮かべる。そしてゆっくりと、オルとキャスに近づき二人を抱きしめていた。


「オル、それにキャスも聞いて。私は……ううん。私とシーグはあなたたち兄妹を、家族と思っているわ。その家族を助けるために、持ち合わせている力を使うのは当然のこと。ましてやそのことで、対価を求めたりはしない。何より、貴方あなたたちは未成年なの。そういった心配などしないで、兄や姉である私たちを頼りなさい」

「シュネ姉!」

「シュネお姉ちゃん!」


 オルは少し涙声で、キャスは凄く嬉しそうな声でシュネに抱き返す。そんな何とも微笑ましい姿に、俺も笑みを浮かべていた。その時、ぽんと肩を叩かれる。無粋だなと思いつつ視線を向けると、そこにいたのはセレンだった。

 すると彼女は、あそこに加わりなさいといった仕草を見せる。初めからその気の俺は、セレンに頷き返すと、オルとキャスを抱きしめているシュネごと腕の中に閉じ込めた。


「そうだ。お前たちは、俺の大事な弟と妹だ。遠慮などしていないで、存分に甘えろ」

『うん!』


 オルとキャスは、年相応の笑顔を向けて返事をする。その二人を見て、シュネがさらに力を込めて抱きしめる。俺はその上から、さらに少しだけ力を加えて抱きしめていた。


「いい話ね。お姉さん、妬けちゃうな」

「からかうなよ、セレン」

「そういった気はないわよ。本当に、感動しているわ」


 ニヨニヨと表現した方がいいぐらいの笑みを浮かべながらそんなことを言っても、説得力に欠けるというものだよセレン。

 俺はオルやキャス、そしてシュネを抱きしめている腕を開放するのを少しだけ残念に思いつつ開放すると、セレンに近づいて頭を軽く小突いたのだった。


この話で、修養編は終わりです。

次の話から、別編となります。


ご一読いただき、ありがとうございました。

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