第三十話~続開~
第三十話~続開~
シュネから聞かされた砦跡地下にあった装置の正体は、悪魔誕生装置などという代物であった。それは同時に、悪魔側にも古代文明期の施設が生き残っている可能性があるというとんでもない爆弾が投げ込まれてしまった瞬間でもあった。
シュネと砦跡の地下で見つかった装置や、その装置を使用していた悪魔側の動向などといったことについて話し合った翌日、普通に目を覚ました俺は身嗜みを整えてからビルギッタと共に食堂へ向かう。するとそこには、既にシュネやオルやキャスが揃っていた。
「おはよう、シーグ」
「シーグお兄ちゃん、おはよう!」
「おはよう、シーグ兄貴」
『おはようございます。シーグヴァルド様』
「やっぱり、本当だったか」
メイド服姿のガイノイドが並ぶ中、秘書か執事かといった雰囲気を醸し出しているネルの存在が異彩を放っている。その姿が、昨日のことが夢ではなかったと如実に表していた。
もっとも、分身体とか頭脳体とか、ある意味で浪漫だから彼女の存在自体は否定しないけどな。
そんなネルだが、なぜか椅子を引いて俺を待っている。これには座らないわけにいかないだろうと思いつつ腰を降ろすと、そのタイミングに合わせて椅子を動かしてちょうどいい具合に座れるようにと調整をしてくれた。
その後、何とも違和感というか慣れない感覚に少し戸惑いながらも、食卓に用意された朝食へ手を付ける。朝食のパンを頬張りながらふとシュネを見ると、彼女に変わった様子は見られない。それは、オルとキャスの兄妹も同じであった。
「なんか、どうでもよくなってきたな」
「シーグ、どうしたの?」
「何でもない」
そういったあと、食パンにかぶりつくと乱暴に食い千切っていた。
食事を終えると、昨日の夕食後にシュネと軽く打ち合わせた通り行商に向かう。なお、シュネに関してだが、今回は行商へ同行しない。彼女は研究所に残って、悪魔の拠点から回収した報告書等といった資料を調べるからだ。
ただ、その合間にデュエルテクターも整備するなどといっていたが、本当にできるのか少々不安になる。いや、シュネならできるのだろうが、無理をするのではないのか心配しているといった方がいいだろう。
それはそれとして、今回の行商にはシュネが同行せず研究所に残るので、当然だがシュネ付きのエイニも残ることになる。結局、二人ほど足りない状態で開拓村へ向かうことになるのだ。
行商に参画している人数が少なくなるわけだが、とはいえわざわざ一行商に過ぎないこちらの人数までエリド王国が把握しているとは思はない。それに、途中で人員が減るなど、珍しい事態というわけでもないのだ。
それこそ病気や怪我、あるいは賊や魔物の襲撃の末に……などと理由は様々ある。ゆえに、その辺りは心配していなかった。
それよりも、行商以上に気に掛かっていることがある。それは、これから向かう村から近場にあって、しかも現時点でもっとも有望視している鉱山を、無事に確保できるかという点だ。
目的地となる鉱山は、どこの国にも属していない場所に存在しているので別に盗掘とはならない。何せ、俺たち以外には誰も知らないのだから、咎められることもないのだ。しかも鉱山の埋蔵量だが、相当な量が産出できるだろうとの予測がたてられている。あとは産出される鉱物の種類が一種類だけなのか、それと数種類の鉱物が産出されるのかということが気に掛かっていた。
「それで、ネルもくるのか」
「はい。私を作成していただいた理由の一つでもありますから」
確かに彼女がいれば、研究所とのやり取りは今まで以上に容易となるだろう。なにせ本体となるネルトゥースと移動端末とも言い換えることができるネルとは、常に同期していると断言していいからだ。それこそ、リアルタイムで彼女とネルトゥースの間でのやり取りが可能となる。もっとも、通信機を使用していた今までもそうたいして違いがあるわけではない。少なくとも、不満に思ったことはなかった。
「分かった……それはそうと、シュネ。行ってくる」
「行ってらっしゃい、気を付けてね」
「シュネも、無理はするなよ」
「ええ」
その後、転送機を動かして、まずは小型ドローンを転送する。その小型ドローンだが、転送先に到着すると同時に光学迷彩を使用して姿を視覚的に隠していた。
その状況で、転送先の様子を確認させているのだが、元は国境があった付近であり、今は街道とも呼べないような道の先に村が二つあるだけの地域である。しかも、村の先には新たな国境があるだけなので、今まで回ってきた辺境地域よりさらに人通りは少なかった。
つまり、懸念していた人影だとか、お互いが顔の見えない状態で事実上敵対関係となっている悪魔とかがうろついている、などといったことは全くなかったのだ。
何せ辺境地域に多い筈である魔物の影すらも見えなかったのだから、完全に杞憂だったといえるのだろう。だが、警戒して困ることはない。逆に警戒をしなかったことで、困ることになることはあるのだ。
何であれ転送先に問題ないことが判明したところで、いよいよ俺たちが転送を行う。転送機に乗って間もなく、全員が光に包まれる。やがて光が収まり、目に映った景色は一昨日の夜に野営をした場所であった。
すると念の為だろう、ネルとビルギッタが周囲を警戒する。同時に、今は見えていないが小型ドローンも周囲の警戒を行っている筈であった。さらに俺とオルも、周囲の警戒を行う。これは、ネルやビルギッタと違い機械的な警戒ではなく、何か気配を察知できないかという訓練も兼ねて行っているものだった。
「周囲に、存在する個体はありません」
「そう……だな。それで、オルはどうだ。感じるか?」
「ううん、感じないよ。シーグ兄貴は?」
「俺も感じない」
そんな遣り取りをしていると、キャスが声を上げる。何かと思って彼女を見れば、どうやらその表情から驚いているように感じた。
「お兄ちゃんもシーグお兄ちゃんも、ネルさんもビルさんも凄いね!」
「そうか?」
「うん!!」
確かに、今のキャスにはできないだろう。俺とオルが感覚的、ネルやビルギッタ観測的という違いがあるにしてもだ。
但し、凄いと驚いているキャスも、兄のオルと同じ先祖返りの獣人なので、教えればできるようにはなると確信しているのだが。
因みに、キャスが言ったビルさんとは、ビルギッタのことである。
「ボクも、できたらいいのになぁ」
「それなら、教えるぞ」
「シーグお兄ちゃん、本当!?」
「ああ。できるようになるかそれともできないのかは、本人次第なところがあるからな」
「やりたい! 教えて!!」
「分かった。今回の行商が終わったら、ちゃんと教えてやる」
「やった、やったー」
そう彼女に約束すると、キャスは嬉しそうにぴょんぴょんと跳ね回る。すると狐の獣人である彼女のもふもふ尻尾が、今の気持ちを表すように激しく左右に振られていた。
「そろそろ、出発するぞ」
『はい』
「はーい」
キャスだけ少し間延びした返事だが、彼女の容姿であれば寧ろお似合いである。何となくほのぼのとしつつ、俺たちは二台ある馬車に分乗した。一行の人員数の増減は別にして、馬車はその大きさもあって印象に残る可能性があるので、シュネの持ち込んだ箱馬車も持ってきているのだ。
それにシュネの馬車は、キャンピングカーとしての意図が組み込まれて作成されている。搭載できる荷物が減るので行商向きではないかも知れないが、旅という意味では、特に野宿という意味では寧ろ打ってつけであるのだ。
それは兎も角、全員が分乗したのを確認すると出発した。幌馬車には、オルとキャスの兄妹、それとアリナとネルが乗り込んでいる。初めは、オルとキャスを箱馬車に乗せて、俺とビルギッタとネルが幌馬車に乗る予定だった。
だが、キャスが幌馬車の方がいいと言い出したのである。そうなると、実の兄となるオルも幌馬車に乗り込むことになる。そうなれば、今や兄妹付きとなったアリナも、幌馬車に乗り込むこととなった。
この幌馬車にも、箱馬車に搭載されているサスペンションを追加装備してあるので、乗り心地は格段に良くなっている。乱暴な運転、それこそ荒れ地を全力疾走するような事態にならなければ、まず酔うようなことにはならない。その点で言えば、どちらの馬車に乗っても問題ではない。もし違いがあるとすれば、箱型である馬車の方が襲撃された時に防御という意味でより堅固であるという点ぐらいだった。
「それでキャス。どうして、幌馬車の方がいいんだ?」
「だって、気持ちがいいの」
「気持ちがいい?」
「うん! お外がよく見えるし、風がとっても、感じられるの。その箱型の馬車よりも、いっぱいね」
確かに箱型に比べれば、幌馬車の方が開放的だろう。基本、荷台に幌があるだけである。しかも、前後が閉じられているわけでもないので風も通る。そして、景色もより見やすいと言えるのも間違いはない。何せ、幌に覆われているだけでしかないのだから。
「キャスがいいのなら、それでいいけどな。だけど疲れたら、言えよ」
「ありがとう! シーグお兄ちゃん」
こうした経緯もあってオルとキャス、アリナとネルが幌馬車に乗っているのだ。
その幌馬車だが、ネルが御者席に座っている。これは、警戒も兼ねたカモフラージュと言っていい。何せ幌馬車を引いている馬は、本当の馬ではないのだから。
そしてオルとキャスの兄妹はというと、幌馬車の荷台から外を眺めている。最後にアリナが、兄妹の近くにいながら外を警戒していた。
因みにネルを幌場所へ残した理由は、一人でも多くの人員を幌場所の警戒に割り振る為だった。
次に箱馬車だが、こちらはビルギッタが御者席にいる。そして馬車の中には、俺が一人で乗り込んでいるだけである。何か当初の予定と違っている気もするが、結果として問題とならなければいいだけなのだ。
あとはこのまま村に向かって、普通に行商を行う。そうすれば、この地に俺たちがいたというカバストーリーができるという塩梅だった。それは同時に、エリド王国に対するカモフラージュでもある。その後は、現在、どこの国の領地にも組み込まれていない鉱山に向かい採掘の手筈を整えてしまうのだ。
但し、その鉱山が当たりか外れかという問題は、確かに残っている。だが、それをここで言ったところでどうにかなる問題でもない。つまり、気にしていてもしょうがないということなのだ。
「当たりか外れか……できれば当たりであってくれ」
俺は少し祈るような気持ちで、まだ見ぬ鉱山へ思いを馳せたのであった。
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取りあえず、シュネは研究所で資料の精査。
そしてシーグは、行商へです。
もっとも、本命は鉱山ですけどね。
ご一読いただき、ありがとうございました。




