第二十七話~事情~
まにあった……
第二十七話~事情~
砦跡地を爆弾で吹っ飛ばしたあとで、研究所へと戻る。その後、シュネから地下にあった機器について聞こうとしたが、資料を調べ中ということだったので後回しにしたのだった。
少し疲れていたこともあって、自分の部屋でひと眠りしていると、ビルギッタが起こしにきた。どうやら、夕食ができたらしい。眠気覚ましに、顔を洗ってから部屋を出て食堂へ向かう。既にシュネやオルやキャスは揃っており、俺が最後だった。
「悪い。少し寝ていた」
「体調でも悪いのかしら」
「いいや。疲れていたから、ひと眠りしていただけ」
「それなら、いいのだけれど」
「それよりも、さっさと食おうぜ」
その後、用意された夕食をとる。それから食後のひと時の間に、シュネへ明日の予定について打ち合わせをする。とはいえ、彼女も取り分けて反対はないようだ。
シュネからも同意が得られたので、この話はそこで終わりにする。それからの時間は、まったりとしていた。そんな寛ぎの時間を謳歌し終えた直後、イルタが現れる。すると彼女から、あの地下牢で保護……うん、保護に間違いない。
その女性が、気付いた旨が告げられた。既に治療は終わっていたが、それでも気付くのが早い気もする。しかしその辺りは適性や体質などもあるので、一概には言えなかった。
「シーグヴァルド様、シュネ―リア様。それで、いかがなさいますか?」
「取りあえず、事情を聞いてみようと思う。イルタ、案内よろしく」
「はい」
その後、イルタの先導で場所を移動する。向かった先は、保護した女性が治療を受けたあとで寝かされている部屋だった。やがて到着したそして部屋に入ると、治療を終えている筈の彼女がベッドの上で上半身だけ体を起こしている。その視線は、俺たちへしっかりと向けられていた。
果たして彼女だが、ガウンに近い病院服に似た服を羽織っている。そして視線が通る範囲だけでいえば、怪我の跡は見受けられなかった。もっとも、治療用の薬液を満たした円筒の水槽に入れて治療したので、まずもって傷が残っている筈などはないのだ。
「あの……あなた、いえあなたたちは?」
「私はシュネ―リア、シュネと呼んでくれていいわ。彼がシーグヴァルド。そしてシーグ……シーグヴァルドのことね。彼が、貴女を地下牢から救出したの。それと、怪我の治療も終わっているから、もう大丈夫よ」
シュネがそういった瞬間、彼女ははっとした表情となる。そして次にとった行動だが、着ていたガウンのような病院服の胸元を大きく開くことだった。
ベッドの脇に立ち、ちょうど彼女を見下ろすようにしていたこともあって、開いた胸元から彼女の胸が見える。ガウンの上からでもスタイルはいいなと思っていたが、直接見るその胸はたわわに実っていた。
ラッキー!
因みに、見えた範囲では、やはり傷があるようには見えなかった。
「シーグぅヴァルドぉ」
しかしその時、まるで地獄の底からでも響いてくるようなシュネの声に、慌てて目をそらす。しかし、それは一歩遅かったようだ。次の瞬間、彼女によって俺の足の甲はしたたかにダメージを受けることとなる。つまり、思いっきり踏まれてしまったのだ。これにはたまらず、その場でダメージを負わされた足を持って跳ね回るしかなかった。
「いってー!! いって! いってぇ!」
「ふん!! しっかり反省しなさい! 馬鹿」
しかしながら、今の俺にはそんなシュネの言葉に反応する余裕はない。途中で治癒魔術を使おうかと思ったが、魔術の気配が分かるのかそれとも女の勘なのか分からないが、シュネからじろりと睨みつけられてしまった。
彼女の目は雄弁に「治癒魔術を使ったらわかっているのでしょうね!」と物語っている。とてもではないが、その状況で治癒魔術を使う勇者にはなれなかった。
仕方なく、痛みに堪える為に唸っていたのだが、そんな俺に対してシュネが一瞥をよこす。その視線に込められていた無言の圧力に押されて、静かにするしかなかった。
実はまだ地味に痛いのだが、我慢をするしかない。その様子に満足したのか、シュネは視線をベッドの女性へ移していた。
その彼女だが、既に身に着けている服を整えている。だが少しほほが紅くなっているところを見ると、どうやら俺の存在を思い出したようだ。ほっとしつつもどこか心の片隅で残念だなと思ったすぐあと、いきなりシュネから脇腹をつねられてしまう。この攻撃も、地味に痛かった。
「シーグは、まだ懲りないのかしら?」
「いえ! もう十分です、マム!」
「誰がマムよ!!」
敬礼しながら返答すると、シュネから怒られた。
少しふざけすぎたかなと思いつつ、敬礼を解く。すると、小さな笑い声が聞こえた。その方向を見ると、助けた女性がくすくすと笑っている。どうやら、俺とシュネのやり取りがおもしろかったようだ。
確かに傍から見れば、コメディかも知れない。そんなこと考えながらふとシュネに視線を向けると、少し頬を赤くしていた。
「どうした、シュネ。少し、顔が赤いぞ」
「き、気のせいよ!」
「そうか? ならいいけど」
「それより、えっと、話がしたいのだけれど大丈夫?」
「え? 勿論、いいわよ」
「じゃあ……」
その後、ベッドへ腰掛けたままの彼女から話を聞くことにする。
まず彼女の名前だが、セレーヌ・ナアマという。ビルギッタの言葉通り魔人類であり、夢魔という種族となる。そして種族の通称として、サキュバスと呼ばれているのだそうだ。
因みに、地球で言うところのサキュバスとは全く関係ない。夢に忍び込んで夜な夜なみだらーな……なんてこともしないのである。
ちょっと、残念な気もするが。
なお魔人類も、その中では幾つかの種族に別れている。これは人類の中に人間やエルフやドワーフがいるといったことと同じなのだ。
「えっと……ありがとう、おかげで助かったわ」
「それはもういいわ。それよりもセレーヌさん、何で牢屋に閉じ込められていたのかしら」
「あ、セレンでいいわよ。あたしも、シーグやシュネと呼ぶから。それで、閉じ込められていた理由だけど……分からないわ。あたしは冒険者なのだけれど、依頼の関係で目的地へ行く途中だったの。でも賊に襲われたから、返り討ちにしようとしたんだけど……」
「捕らえられてしまった、というのね」
言葉を出すのを躊躇っている感じだったからか、シュネが受け継ぐ形で指摘していた。
まぁ、冒険者が野盗に襲われて負けました何て言えんわな。もしそんな話が流れてしまえば、資質を問われかねない。何より、護衛の仕事がなくなるだろう。しかしセレンは、それでも頷いていた。
恥になるかも知れない事実を認められるだけ、たいしたものだと言える。とはいえ、彼女の話が事実ならば、やはり悪魔はあの辺りで賊として活動をしていたということになる。だが、辺境も辺境といっていい地域で悪魔が活動をしていた理由が分からなかった。
何せ聞いた話では、都市部に比べて辺境地域では悪魔の被害があまりないのだ。それだけに、不思議というか違和感というか、兎に角、釈然としないものがある。ただあくまで被害があまりないだけで、悪魔が辺境に出ないというわけではないし、全く非合法的な活動をしていないといったこともない。そう考えれば、出没率としては低いだろうがいてもおかしくはないかも知れなかった。
「となると、他の牢屋にあった遺体は、仲間か?」
「え? 遺体があるの?」
「賊の根城? は物理的に潰したけど、牢屋にあった遺体は全て運び出しておいた」
「見せて!!」
セレンがすがるように伸ばしてきた手を掴みながら、イルタへ視線を向ける。彼女がベッドから出ていいのかという確認の為だが、その意図を汲んだのかイルタは頷いていた。つまり、病み上がりだということを考えて無理をさせなければいいとのだろうと判断する。そこで肩を貸して、彼女をベッドから起き上がらせる。少しふらつくようだが、以外にしっかりと立っていた。
流石は、体が資本の冒険者といえるだろう。
その後、ビルギッタとエイニが補助する形でセレンとシュネ、そしてイルタと共に遺体を安置した場所へと移動する。その移動の間、セレンは興味深そうに研究所内を見回していた。
まもなく、仮の遺体安置所へ到達する。そこには、砦跡の地下牢で運び出した全ての遺体が横たえられていた。仮の遺体安置所に入ったセレンは、ゆっくりと白いシーツが掛けてある遺体へと近づく。やがて徐に、シーツを捲る。どうも、遺体の確認をしているようだった。
「……違う、こっちも……あっ!」
「どうした?」
するとセレンが、ある遺体の前で小さく声をあげる。どうしたのかと声を掛けたが、答えが返ってこない。その間も、セレンは遺体を凝視していた。何となく声を掛けるのが憚られる雰囲気となったので、続いて声を掛けられなかった。
暫く遺体の前にたたずんでいたセレンだが、やがて遺体の前から移動する。続いて、まだ彼女が確認していないと思われるシーツをめくり始めた。それからさらに二回ほどシーツを捲ったあと、セレンの動きが止まる。そして先ほどと同じように、じっと遺体を見詰めていた。
「マル―……そうよね。分かっていたことよね」
本気で何と声を掛けていいのか分からず、ただ黙っているしかなかった。
俺も今までの人生で、幸いなことに身内などといった親しい者の死に対面したことがない。それゆえに、掛ける言葉など見つからなかった。
そういえば、俺とシュネはあの列車事故で多分死んでいる……筈である。その意味だと、シュネの死が、初めて経験した身内の死ということになるのだろうか。
「ありがとう。二人にあえて嬉しかった、たとえ亡くなっていたとはいえ、ね」
「やっぱり、仲間だったのか?」
「二人だけよ。他の数人の遺体に関しては、知り合いじゃない」
なるほど。
つまりあの地下牢には、セレンの仲間とは全く関係ない人物も複数捕らえられていたということになる。それで、遺体の状態に明確な差があった理由も理解した。
あの地下牢には、死後あまり時間がたっていないだろうと思える遺体もあれば、白骨化している遺体もあったのだ。しかも牢屋ごとにその状態は違っていたので、それぞれ閉じ込められた時期が違うのだろう。
「その、仲間だった遺体の扱いに関しては一まず置いておくとして、残りの遺体は荼毘にふそうか」
「そのあとは、お墓も作ってあげましょう」
「あの、ちょっといい? 荼毘って何?」
セレンから質問されて、漸く失言に気付く。どうやら意識しないで、日本での言い回しを使っていたみたいだ。このフィルリーアでの生活より日本の方が長かったから、まだまだ抜けていないことを実感する。取りあえず、地元の慣習だと説明しておくことにする。嘘でもないから、ちょうどいいだろう。
「故郷の習慣で、遺体は火葬にするんだ。その、別の言い方だな」
「あたしもそれなりに旅をしたけど、聞いたこともない言い方ね。だけど、地方の習慣なんてそれこそ千差万別だから、当然かも知れないけど」
あまり、気にしていなかったのだろう。理由を話すと、あっさりと納得していた。
咄嗟に思いついたのだが、彼女の反応から理由としては悪くはないのであろう。これからも似たようなことがあったら、この地元の習慣として切り抜けることした。
それからセレンに、仲間の遺体の扱いについて尋ねる。すると彼女からは、他の遺体と同じでいいという反応が返ってきた。
「その、荼毘? それと同じでいいわ。ただ、できれば他の人とは別々がいいわね」
「了解した」
流石に今からとはいかないので、後日に改めて火葬にする旨を伝えた。
その後、仮の遺体安置所から、セレンの病室へ戻る。もう大分体も慣れたらしく、帰りはしっかりと自分の足で歩いていた。それでも病み上がりに変わりがないので、少しゆっくり目に歩く。やがて病室に到着すると、セレンはベッドに腰掛けると大きく息をついていた。
そして俺とシュネはというと、部屋に備え付けてある椅子へ腰を降ろす。するとうしろには、ビルギッタとエイニが立っていた。しかし、別にうしろで立っていろと言ったことはない。彼女たちが、自主的にそうしているのだ。
全く、どこで仕入れた情報なのかと内心で首をひねっていたのだった。
連日更新中です。
救助した女性の正体が判明しました。
文中にありますが、いわゆる淫魔ではありません。
あしからず。
ご一読いただき、ありがとうございました。




