第二百十三話~跡地~
第二百十三話~跡地~
ドコラの町を一時的な拠点としていた俺たちのところに、施設を爆破したとの連絡が入る。その様相を確認する為に、一旦戻ることにしたのであった。
キュラシエ・ツヴァイを飛行させたままコックピットハッチを開けて空中へと飛び出した俺は、スラスターを使って飛行する。すると間もなく、ツヴァイと並行して飛行していたアーレが身を寄せてきた。それから少し時間が空いたあとで、リューリがコックピットから外へ飛び出す。その直後、俺は空中で彼女をキャッチした。傍から見ればその様は、いわゆるお姫様抱っこの状態である。ともあれリューリを無事に確保した俺は、隣にアーレを伴ったまま施設までの空中散歩と洒落込んだ。なお、リューリだが、飛行している間は妙におとなしかった。よく見ると、頬が若干赤くなっている様にも見える気がするが、気のせいかも知れない。妙にもの静かなリューリを抱えながら、アーレと共に施設へと近づいて行ったのだ。その後、大した時間を掛けるまでもなく、施設の近くへ辿り着く。とは言うものの、施設の周辺に目立つ建築物はない。そもそもの話、施設の大半は地下にあるのだ。勿論、地上部分に建物などが全く存在していなかったというわけでもない。しかしせいぜい、地下施設への入口となる建物や、他に幾つかの建物ぐらいしかなかったのだ。
「とはいえ、完全に建造物が見当たらないとなると、施設爆破の余波で一緒に吹き飛んだのかもしれないな」
地上に建造物がなくても、施設のあった座標は分かっているのでそこに向かえばいいだけである。しかしながら、このまま無防備に近づくことも憚られた。その理由は、魔族が未だにいる可能性があるからだ。ジョフィから爆破連絡があったぐらいだから、当初の目論見はほぼ果たしていると思っていいだろう。しかしながら、その場にいた大魔王側の勢力に当たる者たち全てが吹き飛ばされるなりして、一網打尽となったどうかまでは分からない。だからこそ、こうして慎重に施設があった座標まで近付いておこうとしているのだ。
兎にも角にも、施設があるだろう座標から距離をとった場所で地面に降り立つと、俺は抱えていたリューリを降ろす。その時、彼女の表情だが僅かに残念な色が浮かんだ様に見えた気がする。しかし改めて見た時には、リューリはいつもの様な雰囲気となっていたので、気のせいだろうと気にしないことにした。そんなことより今は、施設跡地の様子だろう。そこで俺は、デュエルテクターの機能の一つとなる望遠の機能を使って様子を伺うことにした。すると視界に入ってきたのは、数は少ないものの何らかの残骸が地面に散らばっている様子である。さらに視点を動かすと、辺りを調べているのか複数の影が彷徨っているのが見て取れた。
「あれは……魔族なのか。それとも、偶然この場所に辿り着いた無関係な者なのか」
残念ながら、見た目からでは判断できなかった。それは、魔族の容姿にある。実は魔族だが、容姿にバリエーションがあるのだ。頭に角が生えているとか、背中に羽があるとか、およそ俺が持つ悪魔のイメージと合致するかのような特徴を持つ魔族もいれば、見た目は人と全く変わらない容姿を持っている魔族もいる。つまり、いかにもという特徴をその身に宿している魔族ならばまだしも、人やエルフなどと変わらない容姿を持っている場合、彼らを見た目から判断するのは難しいのだ。
「でも、近づくしかないでしょう」
「それは、そうだけどな」
リューリからの遠慮ない指摘に、俺は小さく苦笑を浮かべながら返答した。それから表情を引き締めると、光学迷彩を展開してから静かに近づくことにした。なお、リューリとアーレには残って貰っている。アーレに渡してある光学迷彩の装置を働かせて、待機させたのだ。こうして一人、俺は施設の入り口付近にあった建物付近をうろつく数名に近づいたのだった。
幸いなことに、気付かれることはなかった。下手に近づくと光学迷彩を展開していたとしても気付かれることもあるのだが、幸いなことに今回は該当しなかった様である。これはやはり、彼らが施設跡地の調査に傾注しているからだろう。事実、周囲のことなどそっちのけで熱心に探索している雰囲気がある。その様な中、俺は彼らの会話が問題なく聞き取れる距離まで近づくと、漸く彼らの正体が把握することができた。その会話の内容から、やはり彼らは魔族で間違いない。しかも、使節爆破後に追加で派遣されたわけではなく、どうやら施設の爆破に巻き込まれなかった者たちらしい。施設の爆破という突発的な事態に遭遇したにも関わらず生き残った上、調査の続行をしていた様である。命令に対して律儀なのか、それとも融通が利かないのか……この際、どっちでもいいが。
何はともあれ相手の正体が分かったわけだが、まだ情報は少ない。そこで、引き続き会話を聞くことにした。そのお陰で、だいぶ彼らの背景が見えてきたのである。それら手に入れた情報から推察してみるに、彼らは大魔王からの直接の命令を受けてきた者たちの様であることは確定だろう。それゆえに彼らは、今度こそ情報を持ち帰るという思いが強いようだ。確かに今まで施設に派遣された者たちは、俺が全滅させている。だから大魔王側に、殆ど情報が齎されていない。だからこそ、調査を続行しているのかも知れないのだ。最も今回に関しては、情報を持って行って貰って構わない。寧ろ、持って行って貰った方が有難いのだ。それは俺たちが、大魔王の情報をより詳しく手に入れる為に他ならなかった。
「よし。そろそろ、始めるか」
俺は光学迷彩を展開したまま気配を殺しつつ慎重に魔族の探索チームへ近付くと、マジックウエストポーチからある機械を慎重に取り出した。それは、シエとジョフィと共に作り出した小型の発信機となる。この発信機だが、ツヴァイのレーダーと連動することで、探索対象との間にかなりの距離があったとしても、反応を捕えることが出来る代物なのだ。そんな発信機を、気配を殺しながらいまだに調べることに注意を向けている魔族の一人に取り付ける。その際に違和感でもあったのか、発信機を取り付けられた魔族は不思議そうに辺りに視線を巡らしていた。その様子を見て内心でヒヤリとしたが、魔族は首を傾げながら後頭部を描きつつ調査に戻っていく。俺は本当に小さく安堵の息を一つ吐くと、発信機を取り付けた魔族から距離を取った。それからまだ数名残っている魔族のうちの一人に、さっきと同じ小型の発信機を取り付けた上で距離を取る。そのままこの場から離れると、リューリとアーレとの合流を果たしていたのである。
「上手くいったの?」
「一応、上手くいった筈。あとは、もう少し距離を取ってからシエに連絡を入れる」
「そう、ね。それがいいかも知れない」
俺たちは光学迷彩を展開しながら、合流地点からさらに距離を取る。本当ならば距離を取る必要などないのだが、いわゆる念の為というやつだ。その後、シエに連絡を入れて問題なく機能が働いているのかについて確認してもらう。すると間もなくして連絡が入り、問題なくツヴァイのレーダーで発信機からの発信を捕えていることが確認できた。その知らせを聞いて、小さくガッツポーズを取る。そして俺と同様に通信を聞いていたリューリも、小さくではあるものの笑みを浮かべていた。そもそも彼女の存在意義は、大魔王の討伐であり殲滅である。今回の発信機を使用する作戦で大魔王の現在いる場所が確定することが出来れば、自分の存在意義を確立できる。そう考えれば、彼女が笑みを浮かべたことも分かる様な気がしたのだ。
それというのも大魔王の所在だが、実は確定していないのである。正確には、把握できていないのだ。この理由は単純で、手が足りないことと時間がなかっただけである。どのみち、大魔王を討伐に向かうのだから、嘗ての根城に向かくことにはなる。しかしその前に、標的が間違いなく目的の場所に存在していることが出来れば、二度手間になることが省けることになるからだ。
「あとは、あいつらが向かう先を確定させればいい。それで、全てに決着できる」
「……そうね、その通りね」
なぜか返答に少し間が空いたが、とりわけて気にすることでもないだろう。ともあれ、まだ調査を続けている魔族たちの動向が今は気になる。彼らの動き次第で、大魔王の拠点が確定できる可能性もあるからだ。さっさと報告にでも戻ればいいのにと思っていたのだが、その魔族たちに動きがある。彼らは集まったあと、暫くしたのち移動を開始したのだ。
「やれやれ。漸くだ」
俺が発信機を二人の魔族に取り付けたあとも暫くの間、魔族たちは周辺を調べていた。しかして見付からなかった様で、魔族たちは肩を落としながらこの場をあとにする。それからさらに時間を掛けたあと、俺たちも施設の跡地に向かった。短い間だったが生活した場所であり、不思議と郷愁の様なものが胸中に押し寄せてくる。何とはなしに俺は、嘗て施設入口があった場所の地面を撫でてみる。すると隣では、リューリも俺と同じ仕草をしていた。彼女は背を向けているので、こちらから表情を伺い知ることは出来ない。だが、何となく俺と同じ気持ちではないのかと思っていた。
「ところでジョフィ。施設だが、本当に入ることは出来ないのか?」
『不可能です。施設の爆破による影響で、どれだけの土砂が入り込んでいるか分からないのです。とても、内部の安全について担保できません』
「そうか……それでは仕方がないな。それじゃリューリにアーレ、行こうか」
俺の言葉に、二人は頷く。そして俺たちも、ツヴァイと合流する為にこの場を|離れたのであった。
ご一読いただき、ありがとうございました。
別連載「劉逞記」
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