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第二百十話~事始 一~


第二百十話~事始 一~



 ススコ辺境伯領の辺境域に存在する小さな町ドコラへ領都イユムから移動した俺たちは、町にあるギルドにて依頼を受けたのであった。





 ドコラの町について立ち寄ったギルドでリューリ自身に仕事を選ばせたあと、俺たちは宿屋へと向かう。この宿屋は、リューリがギルドで尋ねたあと教えられた。一応、ギルド推奨ということもあってか、こぢんまりとはしているものの宿としては悪い雰囲気にない。これならば問題はないだろうと判断して、今日の宿屋に決める。そのままカウンターに向かって受付を済ませ、部屋を二つ確保する。リューリは曲がりなりにも女性であるので、彼女と一部屋に収まる気はない。他に部屋がないとか懐が非常に寂しいといったやむを得ない事情があればまだしも、その様な事態にでもならない限りは同じ部屋で泊まる気などさらさらなかった。そして幸いなことに、この宿屋では現状、部屋が一部屋しか空いていないなどといった事情などなかった。ゆえに俺とリューリは、十才を少し超えるぐらいだろう男の子に案内されて部屋へと向かった。


「こっちの部屋が男のお客さん、そっちの部屋が女のお客さんね」


 こうして男の子に案内された部屋だが、宿屋の二階にあった。しかも部屋は、隣同士である。下手に離れてしまうより、大変に有り難い。仮に部屋と部屋で距離があった場合、単純にアクセスが面倒くさいからだ。ともあれ、案内してくれた男の子の言う通り、俺とリューリはそれぞれの部屋に入る。果たして部屋の中だが、六畳ぐらいあるかないかなと感じるぐらいの広さがあるので、とりわけて狭いと感じることもなかった。


「うん、十分だな」


 取りあえず扉に鍵を掛けてから荷物を降ろすと、部屋に備えつけてあるベッドに横たわった。俺自身、旅装ではあっても鎧など着こんでいない。そもそもデュエルテクターがあるから、武装などいらないのだ。その点、リューリは違う。彼女は俺と違って、金属鎧を着こんでいた。施設にあった数少ない鎧であり、しかも材質は施設の壁に使われていた金属である。つまり、魔力を分解する機能を有しているのだ。とは言え、無尽蔵に魔力を分解することなどできない。しかし逆に言えば、限界までは魔力を分解すると言うことだ。これがどういうことかというと、魔術が通用しないと言う事態が発生するのである。俺が使える魔術で限界を試してみたところ、中級魔術までは、魔力を分解できるようである。もっとも、俺自身が中級魔術までしか使用できないので、そこが上限だという確信はない。しかしジョフィから聞いた話によれば実際、中級魔術クラスの魔力までしか分解できないとのことだった。ただ、中級より上の魔術。即ち上級やさらにその上クラスの魔術となる超級の魔術を使用できる人間なんて、殆どいないらしい。古代文明華やかなりし頃ならば兎も角、原罪であれば中級クラスの魔術ですら、使用者はそれほど多くはないとのことである。なお、この点について言えば、フィルリーアは無論だが今まで旅をしてきた各地でも同様であったので、この惑星も同じだろうと思っている。最悪、俺がデュエルテクターを纏って相手すればいいだけの話となってしまうが、それについては横に置いておくとしよう。

 などといった取り止めとないことをつらつらと暫く考えていたのだが、そんな最中さなか、部屋の扉の前にたたずむ気配を感じる。それはよく知った気配であり、誰でもないリューリの気配だった。何か用でもあるのかと思ったと同時に、部屋の扉がノックをされる。実はこのノックだが、リューリは当初しようとしなかった。正確には他者の部屋に訪問した際にノックをした方がいいことを、よく理解していなかったのだ。ゆえに施設で目覚めて間もない頃は、いきなり部屋に入ってくることも何度かあったのである。そのたびに、部屋に入る前には訪問した旨を報せる様に口を酸っぱく言い含めたお陰もあったのだろう。今では、ちゃんとノックかそれに類することを行うようになったのだ。


「ちょっと待っていろ」


 俺はベッドから体を起こして、扉に掛けた鍵を外してから扉を開く。すると案の定、扉の外にはリューリが所在なさげに立っていた。その様子から何か用がある様には感じられなかったが、そのまま部屋の外に立たせているのも何なので一まず部屋の中へと招き入れる。そのまま、俺はベッドに腰かける。そしてリューリはというと、ベッドと同様に部屋へ備え付けてある背もたれのない椅子、いわゆるスツールへ腰を降ろしていた。


「それで、どうしたリューリ」

「暇」


 ギルドで請け負った依頼については、明日から向かうことにしているので、確かにリューリが言う通り今日は暇である。また、情報等についても、必要と思われるものは既にギルドで入手しているので、今さら情報集めをする必要もない。何より俺たちは、町に到着してからそれほど時間が経っているわけでもない。つまり、町中には不安内でしかないので、今から町中の散策へ出掛ける気にもなれなかった。


「そんなこと言ってもなぁ……だったら、トランプでもやるか?」

「うん」


 小さく笑み浮かべながら間髪入れずに了承の返事をしたところ、よほど暇を持て余していた様子である。微かに苦笑を浮かべたあと、俺はトランプを取り出した。このトランプだが、ジョフィから貰ったものである。元からあったのか、それとも新たに作り出したのかは知らないが。

 それからリューリだが、部屋に訪問してきた時に鎧は身に付けていない。流石に部屋に入ったあとに鎧を外したらしく、今はラフな格好であった。この格好の方が、俺としては見慣れているので何も問題はない。施設にいた頃は、今の彼女の格好の方が多かったのだ。ともあれ、夕食の時間となるまで時間を潰したあと、宿屋の一階にある食堂で食事をしてそれぞれの部屋に戻ろうとしたが、なぜかリューリがついてくる。彼女曰く、部屋に戻っても暇なのでおしゃべりでもしたいらしい。小さくため息をついたあと、俺は彼女の要望に応えることにした。それから暫くしたのち、リューリがしゃべる合間合間あいまあいまであくびを交え始めたので、ここで切り上げて彼女を部屋へと送り返す。その後、俺も眠りについたのであった。



 明けて翌日、宿屋を引き払った俺たちは、宿屋で聞いていた道具屋へと向かう。そこで消耗品などを補充したあと、町から出立した。向かう先は、ゴブリンなどの魔物が闊歩しているという森である。町からは徒歩で一日以上は掛かるぐらい離れている為か、森の魔物による襲撃がドコラの町に対して行われたなどという話は今のところはないらしい。しかし、今まで襲撃されたことがないからと言って、今後も襲撃がないとは限らないのだ。その点をどう考えているのか知らないが、町の住人でもない俺たちが考えることではないだろう。因みにアーレだが、町を出て暫くした頃に合流している。最早もはや、単独行動を行っても心配する必要がないくらい体は成長している。まだ精神の方に若干の幼さを感じるが、それも時間が解決することは間違いなかった。

 何はともあれ、アーレと合流後に野宿を挟みつつ到着した森だが、割とうっそうとしている。しかもこの森だが、かなり広がっていることが知られており、それだけに魔物の種類も豊富の様であっ。実際に気配を探ってみると、魔物や自然動物問わず生き物の気配は多いように感じられた。

 さて到着した森だが、基本的に森の浅いところだとゴブリンやコボルトなどといった比較的弱い魔物が徘徊している。そして、森の奥に進むほどに強さが増していくとのことだ。また、魔物の最奥部さいおうぶには、強大な魔物の主がいるとか、深淵に繋がるダンジョンがあるとかまことしやかに囁かれてもいる。だが、今まで誰も森の最奥部に到着した人物がいない為、所詮は噂でしかない。しかしそれだけに噂には、尾ひれ背びれがついて回っている様だった。もっとも、俺たちには関係がない話だ。あくまで、ゴブリン退治が今の目的である。魔物の森とまで通称される森の謎を解明したいわけではないのだ。何より作られし勇者であるリューリの目的は、大魔王の討伐に他ならない。そしてこれから向かう森に、大魔王はいないのだから。

 何より俺としても、関係がない話である。そもそも俺がこの惑星に寄る羽目になったのは、原因不明の事故によるものなのだ。これからもずっとこの惑星で生活し続けると言うならばまだしも、いずれは惑星から離脱するつもりの俺にしてみれば、全く持って旨味を感じられない話でしかないのだ。


「謎を解明したいのなら、この惑星の住人が頑張るべきだよな」

「何か言ったの?」

「いいや。何でもない。それよりも、警戒は怠るなよ」

「分かっているわ」


 俺が指摘したからかそれとも別に理由があるのかは分からないが、リューリは少し不機嫌そうに答えた。とはいえ俺からみると、彼女はやはり経験が足りないと思える。まだ少し距離があるとはいえ、魔物の気配を俺は既に捕らえているにも関わらず、リューリは気付いていない様に見えるからだ。事実、それなりの数が近づいてきており、しかも気配から判断するとゴブリンのようである。しかも先ほどの様子から、リューリがまだ気付いていないことは明白だろう。実際、リューリの持つ実力なら、もう気付いていい筈だ。これも仕方がないかと判断し、甘いかなと思いつつも俺は下位魔術を放ってみる。手持武器である魔銃を使ってもよかったのだが、あくまでリューリに対して敵が接近していることを警告する為なので今回は下位魔術を選んだのだ。するとその直後、魔術が当たったゴブリンが倒れ現れる。一応、気配がする方へ魔術を放ったとはいえ、直撃するとはゴブリンも運がない。ともあれ、これでリューリも漸く気付けたらしく、即座に応戦の態勢を整えたのは及第点と言ってよかった。


「おー。ぞろぞろと」


 仲間の一体が倒されたことで、踏ん切りでも付いたのだろう。

 いや。

 もしかしたら、自棄になったのか知れない。ともあれゴブリン側の事情は分からないが、森の木々を利用して近づいていたゴブリンたちは、身を隠すことを止めて一斉に現れたのであった。

ご一読いただき、ありがとうございました。



別連載「劉逞記」

https://ncode.syosetu.com/n8740hc/

よろしくお願いします。

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