第二百六話~現状~
第二百六話~現状~
魔族からの襲撃を撃退してコンピュータールームへ戻ってくると、なぜかジョフィから大魔王討伐の手助けを頼まれたのであった。
ミスリルなどいわゆる魔法金属を手に入れる可能性があるとか、大魔王自体の強さに興味があるとかなど、様々な理由はあるにせよ理由があるにせよ、俺はジョフィからの依頼を了承した。とは言うものの、問題は幾つかある。まず喫緊の問題としては、当代の勇者となる彼女の力量だ。俺が施設に現れた魔族を撃退している間にもジョフィが作業を続けたことで、彼女が持つ知識などは年相応にまでなっているらしい。だが、本当に身に付いているのかなど、実際に見ないことには分からないのは言うまでもない。そこで、まずは俺との模擬戦を試みてみることにした。やはり実際に体を動かし、手合わせしてみるのが相手の力量を図るには一番近道だからだ。
手合わせを行う場所に関していえば、この場で行っても問題にならない。だが、専門の設備があるならばそれに越したことはない。しかしこの施設自体、一体どれくらいの期間、放置されていたのか分からないのだ。仮に設備があったとしても、原形をとどめているのか分からない。それでも、この場で行うよりはましだろう。ゆえに俺たちは、ジョフィの案内に従って、施設内を移動した。無論、向かったのは、トレーニングルームだ。やはりこれだけの施設となれば、福利厚生にも力を入れているのだろう。だが、程なくして辿り着いた場所には、まともに器具の類などは何一つ存在していなかった。
「おい、ジョフィ。本当にここでいいのか?」
≪はい。少なくとも、この施設がまっとうに活動していた頃は、この場所がトレーニングルームでした≫
通信越しにジョフィから聞かされた言葉に、俺は理由を察した。そもそもの問題としてここの施設は、この惑星に嘗て存在した文明期に建造されたのである。しかして古代文明期から現代まで、どれだけの時間が経っているのか俺は知らない。文明があったことについては調べたが、それがどれくらい前の時代となるのかまでは調べなかったからだ。ただ、相当な時間が経っていることは間違いなく、その点を考えた結果が目の前のトレーニングルームだということなのであろう。最も、今必要なのは問題なく体を動かせる場所になる。老朽化が激しいなどといった問題がないのであれば、広さ的にも今いる場所は申し分なかった。
「……ふむ。まぁ、それなら問題はないか」
≪当然にございます。問題があるような場所へ、誘導など致しません≫
「それもそうだな。じゃ、始めるとするか」
部屋の中央まで移動いたあと、俺は視線を彼女へと向けた。すると、その動きに答える様に、彼女が俺の前まで歩み寄ってくる。そして少し離れたところで立ち止まると、一応、身構えたのであった。
「そう言えば、ジョフィ。彼女の名前だが、何なんだ? まさか、型式番号とかで呼んでいるわけじゃないだろうな」
≪よくお分かりです。彼女は、BP-14253となります≫
「え? おいおい。マジかよ」
この手のシチュエーションではありがちだからと言ってみたのだが、それがまさかの大正解。あまりにもベタな状況に、思わず俺は突っ込みを入れてしまったのだ。とは言え、幾ら何でも型式番号で呼ぶなどあり得ない。今いる施設から出ていかないのであればまだ有り得るのかも知れないが、ジョフィから頼まれた案件を果たすのであれば論外だ。町中で型式番号など呼べば、奇異な目で見られることはまず間違いない。何より、俺が型式番号などで呼ぶのは嫌だ。ゆえに、ジョフィへ名付けをする様に命じる。まさかその様なことを命じられるとは思わなかったようで、少しの間だがトレーニングルームに沈黙の時間が流れた。
「……無理か?」
≪いえ。考えましょう≫
しかして、その沈黙の時間が続くも長くはない。それはジョフィが、彼女に名を付けたからである。果たしてその名だが、リューリであった。その名由来が、いかなるものかは知らない。ただ、名無しの権兵衛や型式番号に比べれば遥かにましであることは論じるまでもないことであった。因みにリューリと名付けられた彼女から、特に異論は出てきていない。名付けという行為に無頓着だから、それともどう呼ばれようと気にしていないからなのかは、皆目見当はつかない。だが、異論は出ていないのだから、問題はないと判断することにした。
さて。
名前が決まったので、この体育館の様な場所に来た本来の目的を果たす様にしよう。まず、リューリの動きから確認してみることにした。すると、体の動かし方自体は悪くないことは分かる。それはいいのだが、何と言うか違和感がある様に見えるのだ。ジョフィの行った、リューリに対する知識や知恵の伝達に問題があったとは思えない。だが、思えないからこそ違和感を拭えないことに眉を顰めていた。
「ストップ。ところでリューリ、お前が得た知識の中には戦闘に関する術もあるのか」
「ええ。あるわ」
「ならば、ちょうどいい。手合わせといこうか」
こうして俺とリューリは、手合わせをすることにした。幸いにも、ジョフィがリューリに伝えた戦闘の知識は、いわゆる総合武術となるらしい。無手から武器を用いた戦闘術まで、という何でもござれというものらしかった。それに俺の嗜む御堂流も総合武術と言っていい流派なので、リューリの知識にある戦闘術とも相性はいいだろう。その意味でも、手合わせはちょうどいいと思う。似ているだけに、いいところ悪いところが、分かり易いからだった。
それから間もなく、俺はリューリと対峙する。見極めが目的なので、俺は受け手に回った。最初は無手から始まり、それからいくつか武器を用いた組み手を行う。それから暫く続けたわけだが、やがて違和感の正体が判明する。それは、ずれだった。具体的にどういう意味なのかというと、リューリのイメージした動きにリューリの肉体がついていけていないのだ。それこそ、ワンテンポかツーテンポほど遅れている様に見える。その点について尋ねてみると、リューリも感じてはいたようであった。
「徹底的に、体を動かすしかないな」
「徹底的に?」
「そうだ。徹底的に、だ」
多分だが、体がイメージからずれてしまうのは経験が足りないからだろう。幾ら知識として体の動かし方を得ても、実際に動かしてみたところでイメージ通りになるとは思えない。まぁ、赤ん坊みたいなものかも知れない。ともあれ、イメージと実際に動かした時のギャップを埋める必要がある。だからこそ、徹底的に体を動かすしかないと告げたのだ。体捌きの経験を積めば積んだ分だけ、イメージとの埋めることができる。そうなれば違和感も拭えるし、戦闘術にもより磨きがかかる。
正に、一石二鳥だ……多分。
「時間もない。行くぞ」
「お願いします」
いつ、大魔王の手下が襲撃してくるとも限らない。少数による偵察程度なら俺が出て行った全滅すれば問題ないが、数が増えると面倒になる。万が一にも、逃げられてしまうからだ。だからそうなる前に、基本的な動きだけでも叩き込む必要がある。ゆえに俺は、リューリに対してスパルタ式な教育で指導を行うことにしたのであった。
ご一読いただき、ありがとうございました。
別連載「劉逞記」
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