第二百一話~施設 三~
第二百一話~施設 三~
ススコ辺境伯の領都へ向かう途中で見つけた施設、それはバイオ系の研究所であると同時に勇者計画という微妙に評価を悩んでしまう計画に関与する施設であった。
研究者へ反旗を翻した肉体であるが、元は密かに計画に参画していたとある王族の為に生み出された存在である。ゆえに、潜在的なポテンシャルは他の肉体より群を抜いていたというのだ。その為か、その肉体にはレアな能力が持ち合わせられていたのである。果たしてその能力というのが、自分と近しい存在への干渉であった。具体的には、洗脳に近い能力と言えるかも知れない。何せ対象となった意識を、完全ではないにしても意図する方向へと誘導できてしまうのだ。その上、反旗を翻した彼は、自身の能力を把握していたようなのだ。いかも方法についてはいまだに判明していないようだが、彼は自身の能力を誰からも隠し通していたらしい。それだけに研究者たちもその肉体に反旗を翻されたことには驚いたが、研究者たちはすぐに鎮圧できると思い込んでいた。しかしその思い込みは、即座に撤回されることとなる。その理由はというと、鎮圧の為に派遣した戦力が、揃いも揃って彼の手駒となってしまったせいであった。しかして、何ゆえにそのような事態が起きてしまったのかというと、そこの研究所が敷いていた防備体制に理由が求められるだろう。何せそこの研究所では、何かが起きた時の鎮圧用兵力である警備兵のほぼ全てを、実験の最中に生み出された肉体で賄っていたからだ。
どの道、研究の為に日々肉体となる存在は生み出されている。通常ならば、必要な措置を行ったあとで成功していれば保管、失敗すれば廃棄処分行きとなる。しかしどうせ生み出しているのならば、廃棄処分以外に有効な使い道を考えた研究者がいた。そんな彼の提案によって、一部の廃棄処分予定の肉体や成功しても思ったような能力を宿すことが出来なかった肉体は実験や廃棄処分へと回さずに、それぞれの施設を警備する戦力としていたのだ。つまるところ研究者たちは、知らなかったこととはいえ敵である実験体にわざわざ戦力提供する羽目となってしまったのである。しかもそれは、武装付きであった。
この予想していなかった事態に、研究者たちは大いに狼狽えてしまう。しかしながら、全員が全員狼狽えたわけではない。中には、より過大な戦力を投入して、裏切者を一掃してしまおうと考えた研究者たちもいたのだ。そして彼らは実行して、新たに敵の手駒を増やしてしまったというわけである。そして当然のことだが、前述した様に身に着けていた兵装も敵側の手に回ってしまったのである。これではもう、打てる手はないに等しい。事実、反旗を翻した存在によって、彼を生み出した研究所に所属していた研究に携わった人員は全滅してしまったらしいのだ。
この様に、自分を生み出した研究所を滅ぼした存在である彼は、その研究所にいた他の仲間の殆どを引き連れて逐電してしまう。しかも元からして秘密の研究であったが為に、大規模な追っ手を差し向けることができないでいたのだ。その隙をつくようにして、逃げ出した存在は密かに建てられていた幾つかの研究所を襲って、その施設で生み出された彼らたちを手に入れていたらしい。どうも中枢となった存在の思惑としては、戦力増強の為に襲撃を繰り返していた様だった。そしてついに彼らを率いた者は、ある程度の戦力が揃ったと判断したのか、人類そのものに対して宣戦布告をしたのである。なお、最初に反旗を翻した存在だが、彼は自らを大魔王と名乗る様になる。そして、研究所から自称大魔王によって連れ出された者たちは、魔族と名乗るようになったのであった。
「……魔族……か……」
「はい。説明の中でも言いましたが、反旗を翻し大魔王を名乗った彼は勿論ですが、他の者たちも強弱は別にして特徴がある様々な能力を与えられています」
「なるほど」
「ですが、全ての実験体に等しく与えられた能力もあります。それが、魔力への親和性です」
どうも魔族と名乗った彼らは、通常の人類よりさらに魔力の扱いが上手であったらしい。それこそ、魔力が高い人間が多くの魔力を傾けることで漸く発動できる様な魔術すら、彼らは単体で何度も発動できたらしい。それだけ魔術に長けていれば、確かに魔族を名乗っても不思議はなかった。
兎にも角にも、こうして戦力を増強した魔族たちは、次の段階へと移行したというわけである。大魔王を中心とした人類に対する宣戦布告という表現を持って。そもそもからして、基礎的な部分から当時の人類より魔族の方がポテンシャルは上である。数で言えば人類の方が多くはあったが、質だけで論じると魔族の方が上であったのだ。それでも人類は、対抗したのである。やはり、数が勝っていたこと。当時の人類が現代のこの惑星に生きる人類より能力が高かったことに加えて、魔族たちにはない高い技術を有していたことがその理由であった。しかしながら、その優位はいつまでも続くことはなかったのである。確かに当初こそは圧倒的ともいえる技術差を有してはいたものの、知恵も知力も高い魔族が技術差に甘んじているわけがない。次第に戦場にて回収できる道具などを使い始め、ついには質こそ各段に落ちるものの、オリジナルともいえる道具を生み出したばかりか使用までし始めたのである。これによって、優勢であった筈の人類側が少しずつ押し返されてしまう。ついには立場が逆転してしまい、人類側が劣勢に立たされてしまったのだ。この様な事態に陥った人類が起死回生の手として打ち出したのが、先に上げた勇者計画であったというわけだ。何せ魔族と名乗っている彼らも、そもそもは自分たちが生み出した存在なのである。理論上だけで言えば、研究者たちが生み出した中で最高傑作であった大魔王すらも超える存在を生み出すことも可能である。それゆえに人類は、実験体を生み出していた学者たちを総動員し、勇者計画へ舵を切ったのであった。
とは言え、そう簡単には成功すれば苦労などない。計画の変更後、改めて実験を再会したことで分かったことだが、大魔王を名乗っている存在は正に奇跡的とも言っていい身体のバランスによって生み出された存在であったことが判明したからだ。つまり、大魔王を超えるような勇者を作り出そうとすると、生物としてのバランスが崩れてしまい、肉体を維持できなかったのである。しかも既に劣勢な立場に追いやられている人類に、時間を掛けて大魔王を超える存在を生み出している暇などない。そこで当時の為政者たちが考えた手段が、数で勝負を決めようというものであった。要するに単体で戦えば大魔王には勝てない勇者でも、複数で攻勢を掛ければ打ち破れるのではないかという、正に数の暴力による方法であったのだ。
こうしておよそ百人に及ぶ勇者が生み出されたわけだが、引き換えに相応な時間も掛かってしまう。幾ら大魔王より弱いとはいえ、ただ数を揃えればいいというわけではないからだ。少なくとも大魔王が鎮座する拠点の最奥まで到達できるだけの肉体的なポテンシャルと、継続戦闘能力を有していなければならないのである。しかしながら、個体として強くすればするほど、活動できる調整が難しくなってしまう。肉体が崩壊せず、しかもできる限り強いという一点を見極める為に慎重に慎重を重ねて生み出された百体なのだ。当然だが、引き換えにした時間はかなりのものとなることは必至であろう。そしてその間にも人類側は、魔族に追いやられてしまったというわけであった。実際、勇者百体による大魔王への奇襲という計画が発動する頃には、人類側の勢力は惑星全体の三割にも満たないというところまで追い込まれていたのである。しかもこの奇襲計画を発動するにあたって、百体の勇者ができる限り生存状態で大魔王の近くにまで到達しなければならないという問題もでてきた。そこで人類側は、残った戦力を総動員して魔族全体へ大攻勢を仕掛けている。そしてこの大攻勢が成功しようが失敗しようが、人類側にもう後はない。正に、乾坤一擲、背水の陣と呼ぶべき作戦であった。
「それで、どうなった?」
「結果だけ言えば、成功しました。勇者百体対大魔王のいる拠点、まぁ城なのですが。その城に残っていた大魔王の側近たちとの戦いは、勇者たちを送り込んだ我ら側の勝利によって終わりを迎えています。但し、生き残った勇者は、かろうじて一桁だけでしたが」
「え? つまりは、十名も生き残ることができなかったのか?」
「はい。しかも生き残った者全てが、かなりの損傷を負った状態でした」
「はー。凄まじいな」
作戦の結果もさることだが、何より大魔王と側近の強さが異常だろう。しかしこれは推測となるが、もしかしたら勇者が強いと言ってもあくまで肉体的な強さしか持ち合わせていなかったのかも知れない。話を聞く限り、いわゆる促成栽培によって生み出された軍団の様であり、様々な経験が大魔王側に比べて圧倒的に足りなかったのかも知れない。しかしそれでも、百対少数という戦いで九十体以上を殺している時点で、大魔王とその側近が持つ強さを異常と言わず何を異常と言うのか。
何はともあれ、嘗てこの惑星で人類と魔族による決戦が起こったことは理解した。しかし、だ。その出来ごとと、俺が尋ねたことがどう結びつくのかが分からない。俺が知りたかったのは、省電力状態で稼働しているこの施設の半分以上のエネルギをー投入している理由になのだから。
「遥か昔に種族の存続を掛けた一大決戦がこの惑星で行われたというのは、まぁ分かった。最も、完全に自業自得の様な気もしないではないが…………しかし、その一大決戦と俺の質問が、どう繋がる?」
「それは、勇者計画の最後のプロジェクトだからです」
「……は?」
ジョフィから出た意外な返答を聞いた俺が、素っ頓狂な声を上げたとしてもそれは仕方のないことであった。
ご一読いただき、ありがとうございました。
別連載「劉逞記」
https://ncode.syosetu.com/n8740hc/
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