第一話~憑依~
第一話の更新です。
これからが本当のお話になるんだ……きっと。
第一話~憑依~
エリド王国の辺境にある道、街道という程の活気はない。だが、エリド王国の辺境を走っていることを考えればそれほど不思議ではなかった。その街道といえるほどではない道だが、やや深い森の外周部を迂回するように伸びている。その森の外周部に、俺は幌馬車を停車させた上で野宿をしていた。
このように森を除けば何もない場所で野宿しているのかというと、ただ単に道を進んでいる間に日暮れを迎えてしまったからである。この辺りは、エリド王国でも辺境と呼ばれる地域である。そのこととから、必ずしも一日ごとに町や村があるわけでもないのだ。
「シーグヴァルド様。結界の魔道具、正常に作動中です」
「そうか」
魔道具とは、魔力の籠った魔石と呼ばれる石のような何かを動力源とした道具だ。
そして魔道具だが、今いるこのフィルリーアという世界においても作成することはできる代物でもある。とはいうものの、作成は簡易なものが精一杯である。ならばどうして結界を発生させるといった決して簡易とはいえない魔道具があるのかというと、このフィルリーアには嘗て栄えた古代文明があったからだ。
一般的に古代文明期と呼ばれているこの時代は、大体一万年ほど前までのこととなる。残念ながら既に滅んでいるのだが、この時代に現代では高度と呼称される魔道具の殆どが作られている。しかも古代文明期に作られた魔道具は、一万年以上たった現代でも稼働するぐらいに高品質でもあった。
そんな古代文明期に作られた魔道具に追い付け追い越せとばかりに、現代のフィルリーアに存在する各国は人や物、多額の金銭を投入して魔道具を作成、もしくは再現できるようにと取り組んでいる。これは国単位だけではなく、豪商のような金銭的にかなり余裕のある者たちも、連携するなどして取り組んでいた。
だが、残念なことにまだ結果は出ていないらしい。その理由は、ある意味で単純である。それは、あまりにも古代文明と技術レベルが隔絶しているからなのだ。
なお魔道具だが、魔石を付け替えると稼働する。つまり魔石を新しいものに付けかえれば、壊れていないという前提条件があるがそのまま再使用できる道具でもあった。これは、魔石を電池と考えれば分かり易いだろう。
その後、夜食の準備に入る。もっとも、作るのは俺ではない。では誰が作るのかというと、同行している二人となる。しかもこの二人、実は人間ではない。魔科学によって生み出された存在、いわゆるガイノイドなのだ。
「シーグヴァルド様。お食事の用意ができました」
「ああ。ありがとう」
「いえ。これも、私たちのお役目ですので」
何となく魔道具について回想していたところに、食事を作っていた一人に声を掛けられた。
食事を作っていたのは、アリナとビルギッタである。純粋な人間ではない彼女たちを、一人二人と呼ぶのはおかしいのかも知れない。しかし、なぜか地球ではなくこのフィルリーアで目が覚めてから共に過ごしていたこともあって、もう彼女たちを作られた存在とはあまり考えられない。見た目もほぼ人間と変わらないという事実もあって、それはなおさらであった。
「じゃ、食べるか」
『どうぞお召し上がりください』
よそわれた食事に俺が手を付けるのを見届けてから、彼女たちも食事を始めていた。
人ではない彼女たちが食事をできるのかというと、実はできる。彼女たちは、食物に含まれている元素を変換して自身のエネルギー源にできるのだ。どういったプロセスをへれば、そういったことができるのか俺には分からない。しかし彼女たちは、普通に食事ができるのは事実である。そしてそれは、有難かった。
幾ら純粋な人間ではないと頭では理解していても、その容姿は人と全く変わらない。そんな彼女たちが目の前にいて、しかも黙ってこちらを見続けるなかで一人食事をする。そんな状態では、流石においしく食べられない。何より一人で食べるより、一緒の方が気分的に楽となるからちょうどよかった。
やがて食事を終えると、食器の片づけをアリナとビルギッタに任せる。自分でやってもいいのだが、これが私たちの役目だといって彼女たちが譲らないのである。ならば、二人の意思を尊重してそのまま後片づけは任せていた。
その後、ビルギッタが用意してくれていた簡易な構造のベッドへ腰を降ろす。形状としてはプールサイドベッドに近いそれに寝転がりふと空を見上げると、そこには満天の星が輝いている。しかしその夜空には、見慣れた星座などを結べるような星は一つとして存在していなかった。
今となっては流石にもう慣れたが、最初の頃は違和感しかない夜空だったことを記憶している。そんな夜空を暫く眺めながら、俺は別のことに思いを馳せる。それは、この体についてであった。
この体であるが、本来であれば俺のものとはならなかった。
では、誰のものとなる筈であったのか。それは、俺が今名乗っているシーグヴァルドという名を本来持っていた人物の物となる筈だった。
そもそもの持ち主であるシーグヴァルドだが、このフィルリーア出身である。正式にはシーグヴァルド・スヴェン・セーデルグレーンという人物で、彼は貴族の四男であったらしい。
だが彼は、現代のフィルリーアを生きる人物ではない。何と、古代文明期に生きていた人物なのだ。実はこのフィルリーアには、魔術が存在している。そして古代文明期に生きていたシーグヴァルドは、その魔術と共に魔道具の作成にも天賦の才を発揮した人物だった。
そんな彼が壮年期以降にのめり込んだのが、古代文明期の後期と分類される頃に成立した魔科学という分野である。これは魔術と科学を融合させるかのごとくな考え方であるのだが、当時としてはあまりにも異端であったこともあり研究していた者が少ない分野でもあった。
ゆえに普通ならば、細々と研究するのだろう。だが彼には、幸か不幸か有り余るほどの財産があった。何せ魔道具の作成に関して、天才的であるとされた人物なのだ。彼が生み出した魔道具は、それこそ数多くあったらしい。それだけに、そこから得られる報酬もまた膨大であった。
彼はそのあり余る資産を使って、辺境に土地を買う。しかも彼が購入した土地とは、鉱物もとれないような山であった。
それゆえに、安く購入できたともいえるのだが。
何はともあれその買い取った山の地下をこれでもかと改造すると、そこに自身の研究所を建てる。やがて研究所が完成すると、助手であり同時に長年連れ添った妻と共に移住したのだ。
その女性の名は、シュネ―リア・ゼーフェリンクという。彼女もまた、夫であるシーグヴァルドに負けず劣らず優秀な人物であった。流石に魔術や魔道具の作成では夫に及ばなかったが、代わりに医学者として名を馳せていた人物らしい。その妻と共に研究所に籠ったシーグヴァルドは、魔道具作成などで引き続き資金を稼ぎつつ魔科学を中心に研究したのだ。
その甲斐もあってか、死を迎える前に魔科学の理論が完成する。しかしながら、実践という分野においての完成には至らなかった。そこで彼は、魔科学の研究を続行する為に転生の魔術を使い転生を行おうと考えたのである。これに妻であるシュネ―リアも賛同し、夫婦揃って転生の魔術を行ったのだった。
とはいえ、術を行使したからといってすぐ転生ができるというものでもない。そこで転生が完了するまでの間、研究所の管理や転生先となる体の管理などを任せる為に作り上げた存在へ委ねたらしい。そして、シーグヴァルドはその存在に転生が完了した存在からの指示に従うようにとの旨を命じていた。
これは、魂などというものが女性人格を与えられたその管理を担う存在には理解できないかららしい。結果としてこのことが、俺たちにとって有利に働くのだから禍福は糾える縄の如しと言えるのだろう。
話を戻す。
何であれ転生の魔術を実行したシーグヴァルドとシュネ―リアであるが、間もなく彼らにとり思いもよらないことが起きてしまう。といっても、二人に原因はない。寧ろシーグヴァルドとシュネ―リアは巻き込まれた側であり、被害者と言ってよかった。
その思いもよらないことというのが、古代文明の終焉である。それもただ終焉を迎えただけでなく、このフィルリーアに満ちていた魔力すらも道連れにした終焉であった。
何ゆえにそうなったかの原因は、いま持って不明である。だが現実に、フィルリーアから著しい魔力の減退が起きたのだ。そもそも古代文明が崩壊したのが先なのか、それとも魔力の減退が先にあって、それが引き金となって古代文明が崩壊したのかどうかも分かっていない。しかし重要なのは、フィルリーアに存在する魔力が相当な量で減ってしまったということだった。
こうなると、いかに高度な文明を持っていたとしても耐えられるものではない。何せ、古代文明の根源となる魔力の大半が使えなくなってしまったからだ。ゆえに古代文明期にあった殆どの施設、それらが意味をなさなくなってしまったのである。
魔術は基本、魔力を行使することを前提としているので、魔力そのものが薄れてしまえば意味をなさなくなる。そればかりではない、魔力の減退は他にも影響を及ぼすこととなる。具体的な例を挙げると、魔術陣が使用不可となってしまったことであった。
魔術陣とは膨大な魔力を使用する術を行使する際や、魔術の効率化を促し同時に効果をより長く物体に留める際に用いられる陣である。実は、転生の魔術にもこの魔術陣が使われていた。しかし魔力の減退によって魔術陣が停止、もしくは崩壊してしまったことでシーグヴァルドとシュネ―リアの行った転生の魔術も効果を発揮できなくなってしまったらしい。
しかし幸いといっていいのかは分からないが、この研究所はシーグヴァルドが研究していた魔科学理論をもとに、実践・投入されていた施設であり、他の施設にはないいわゆる魔改造が施されていたのだ。
それゆえに、古代文明期に造られた他の施設のように魔力の減退を原因として稼働が全停止するといった事態までには至らないで済んだのである。だが、いかな魔科学とはいえ、魔力が行使されていることには変わりはない。規模の大小は別にして、影響を受けるのは必至である。そこでこの研究所の管理を委ねられた存在は、研究所施設内の重要な個所以外の稼働率を極端にまで下げることで魔力消費量を抑え何とか研究所の維持を成功させる。だがそれは、遥か一万年の長きに渡る旅路の始まりであった。
しかし、ついにその努力が報われるときがくる。何と、命に従ってひたすらに維持し続けてきたシーグヴァルドとシュネ―リアの転生先となる体のバイタル情報に変化が訪れたからだ。
二人の新たな体となる転生先の生命活動だが、実は停止していなかったのである。その為、引き続いて肉体の維持管理が続けていたのだ。元々、宿るべき魂の器として用意されたものであるというのが生命活動の停止に繋がらなかった理由らしい。そんな二人の体はそれぞれ、円筒状の形をした筒に収められていた。
その円筒の中には、多分薬液なのだろう不思議な色をした液体に満たされており、その液体に包まれて十代前半から半ばぐらいと思われる男性の体が円筒の中で浮遊している。さらにその傍らにはもう一つの円筒があり、その中も同様の液体が満たされている。そしてそこにも、隣の円筒の中にいる男性と同じ年代と思われる女性の体がやはり浮遊していた。
そしてそれぞれの円筒からはコードが幾本も伸びており、何か計測器のような物へ繋がっている。その計測器にあるモニターには、様々なバイタル情報が映し出されていた。そのモニター画面の情報の数値が、徐々にではあるが上がってきている。これは即ち、円筒状の中にいる二人が目覚めようとしている証であった。
そしてその変化を待ち望んでいたのは、この研究所を管理していた存在である。仮に彼女と呼称するその存在は、慎重に二人の状態を安定させながらも、マスターといえる存在となるシーグヴァルドとサブマスターといえる存在となるシュネ―リアが穏やかに目覚めるようにと処置を行っていった。
彼女は円筒から薬液を抜き、二人を別室のベッドへ横たえる。そして世話は、アリナやビルギッタのような存在である彼女らに任せたのだ。こうして世話を始めてより数日、いよいよ目覚めの時を迎える。だが、シーグヴァルドとシュネ―リアは転生の魔術が崩壊したことが原因で昇天している。ならばなぜ二人の体が目覚めたのかというと、それは男女の体に入り込んだ存在があったのだ。
その存在こそ、地球で十中八九死んだのだろう俺こと御堂裕也であり、そして共に列車に乗っていた瑠璃姉こと雪村瑠理香であった。
だが地球の、しかも日本で亡くなった筈なのにこの魔術があるフィルリーア世界に現れ、そしてシーグヴァルトとシュネ―リアが転生する先であった筈の体に宿ったのかについては、俺も瑠理姉も分からない。確かなことは、俺と瑠璃姉が再び生を受けたということだけであった。
もっとも、当初混乱した。何せ走馬灯だろうと思える経験をしたことから多分死んだのだろうという思いがあるにも関わらず、意識を取り戻したからである。しかも目覚めてみればそこは見ず知らずな場所であり、よくよく確認すれば列車事故によって負ったはずの全身打撲や骨折が完治しているのだ。
さらにいえば、大学生だった自分が中学生ぐらいにまで若返っている。しかも容姿は日本人ではなく、いわゆる西洋系の容姿となっている。これで混乱しない人間など、まずいないと断言できた。
「こ、これは一体、どうなっているんだ!」
「もぅ、うるさいわね」
「る、瑠璃姉って……る、瑠璃姉か?」
「え? 裕也、何を言っている……えっと誰?」
「誰って。俺だ、裕也だよ!」
「馬鹿をいわないで。裕也が、何でそんな外人みたいな顔なのよ。それに、背も低いし」
「それは瑠璃姉も同じだよ!」
「ええ!?」
どうにも事態が理解できず、二人して目を白黒とさせてしまう。その後、わけが分からないまま寝ていたベッドからは立ち上がっていた。
さて今いる部屋の大きさだが、大体二十畳ぐらいはあるだろう。部屋の内装に飾り気はなく、壁は薄いブルーの単一色となっている。それだけに何となくだが、寒々しい感じがある。ふと視線を向けると、瑠理姉も我知らず身震いをしていた。
その時、壁が音もなく開く。いや、よく見ると壁にスリットがあるので、今いる部屋みたいな場所の出入口なのだろうことが想像できた。しかしそれ以上に、俺は何でという気持ちとなる。それは、部屋に入ってきた人物の格好に原因があった。
その恰好から、入ってきた人物は女性であることが分かる。それはそれでいいのだが、彼女が身に着けている服はなぜかメイド服だったのだ。
えっと、なんでだよ!
第一話、無事に更新しました。
大半が、回想のような感じになってますけどね。
ご一読いただき、ありがとうございました。