第十八話~道程~
第十八話~道程~
悪魔アザックを倒し、戦いも終わりを迎えた。だがそのアザックが、絶命後に消滅するという想定外の終わり方であったが。そして、魔力過多症を患っていたキャスの治療も終了し、彼女が復調すると行商を再開したのであった。
今日も今日とて旅の空。
俺たちは、ゆっくりと幌馬車を歩ませていた。今回は、二台での行動となる。一台は商売品等を満載した大型の幌馬車であり、もう一台は幌馬車に比べるとやや小ぶりとなる箱型の馬車だった。
以前より人数が増えているので、いっそのことキャンピングカーのような馬車でもと考えたのだ。見た目的には貴族が使用するような箱型の馬車と違って簡素な造りとしているが、それはあくまで見た目だけである。キャンピングカーをコンセプトとしているので、かなり内部環境には力を入れた作りとなっている。お蔭で、無駄に高性能仕様となっていた。
まず馬車自体の防御力は、見た目に反して高い。壁は断熱仕様となっていて、しかも刃物や衝撃による攻撃に対して高い耐性を持っている。そしてその耐性は、魔術に関しても同様であった。
それでも、全ての魔術を完全に防ぐことはできない。だが、それなりに魔術を遮断できる性能を持っていた。
また、馬車の乗り心地も改善している。これは大型の馬車にも装備してあるのだが、いわゆるサスペンションが馬車に装備されている。しかもサスペンションは魔力を使った魔道具仕様であり、その機能はエアサスペンションと同様の構造をしていた。
そのサスペンション自体も、覆いを付けて外からは見えないようにしている。フィルリーアに存在している馬車は、サスペンションなどは付いていない。馬車についているのはせいぜい板ばねぐらいであり、それこそ王族や貴族が乗るような極一部の、しかも高価な馬車にしか付いていないのだ。
つまり、この馬車自体が魔道具といっていい代物となっている。もし王侯貴族がこの馬車の存在を知れば、欲しがることは請け合いだった。
もっとも、売りに出す気などないが。
そのように乗り心地がすこぶるいい馬車だからなのか、オルとキャスはとてもはしゃいでいた。幾ら辺境の村の出身だからといって、オルとキャスが馬車に乗ったことがないなどということはない。しかしこの兄妹が乗ったことある馬車など、せいぜい荷馬車ぐらいはある。その荷車には、サスペンションなどといった物が取り付けてあるわけもない。当然、乗り心地もすこぶる悪い。そのことを知っているだけに、馬車の乗り心地に驚き、そして喜んでいたのだ。
『すごい! すごい!!』
「そうか」
『うん!』
「だが、他言無用だぞ」
『はい!』
声を揃えて元気に答えてくるオルとキャスをみると、自然と笑みがこぼれてくる。しかし、彼女がここまで元気になるとは思いもしなかった。
キャスの患った魔力過多症は、既に完治している。そしてこの魔力過多症だが、実は治療するとある副産物というか福音を元患者に齎す。その副音とは、通常よりも遥かに高い魔力を有することができるというものだった。
魔力が高いということは、より多くの魔術を扱えるということに繋がる。即ち、魔術師として大成できる可能性を持つということなのだ。魔術師は、魔力を使って魔術を行使しているが、その魔術師も魔術を学べなければ意味はない。それに魔術師は、より魔力の操作に長けていなければならないのも事実だった。
しかし魔力過多症を治療すると、他人に比べてより多くの魔力を持つことになる。その意味でも、魔力過多症を治療した患者は魔術師に最適だった。そこでキャスは、獣人としてはとても珍しい魔術師を目指すことになる。そんな彼女の師匠だが、シーグヴァルドであった。
無論、俺ではない。では誰なのかというと、記録専用の装置に残されていた先代のシーグヴァルドのデータメモリーである。稀代の魔道具師で同時に最高クラスの魔術師でもあった彼のデータメモリーだが、魔力減退の影響を受けて破損をしてしまう。そのデータメモリーを、シュネが何とか蘇らせたのだ。
だが、破損したまま一万年という歳月は大きく、完全に復活させることができなかった。その復活に成功した部分というのが、先代シーグヴァルトの一部となる魔術師としてのデータメモリーだったのだ。
するとシュネは、復活させた魔術師としての先代シーグヴァルドに対して、疑似人格を与えたのである。その彼の指導の元、キャスは魔術師として実力を上げていく。実戦こそまだ経験していないが、彼女の内包する魔力量は、生前の先代のシーグヴァルドすらも超える量であるらしい。実際、疑似人格とはいえシーグヴァルドから「私を越えられる!!」とまで太鼓判を押されたのだから、その潜在的魔力に疑うところはなかった。
因みにシュネの魔術における師匠も、疑似人格のシーグヴァルドとなる。同時に俺の使う魔術の師匠でもあるのだが、得意とする魔術の傾向からシュネやキャスほどには指導を受けたことはない。俺が扱う魔術は、主に身体強化をおこなう魔術となるからだ。
前に軽く語ったが、魔術は幾つかの系統に分かれる。一つの系統は、火や水といった魔術系統であり、属性魔術とも呼ばれている。内訳としては、火を球状にして飛ばすファイヤーボールの魔術とか、氷でできた槍を放つアイスランスの魔術などがそれに当たった。
そして他にも、俺が得意とする身体強化魔術、いわゆるバフ効果のある魔術やマークフィンの町で起きた事件の際に出た幻術系や召喚系となるのだ。
魔術は基本的に、学べば誰でも使用が可能である。だが、扱える魔力の量なども相まってどうしても得手不得手は出てしまう。だから俺も属性魔術は使えるが、そもそも魔術を得意とするシュネに比べると稚拙なものとなってしまうのだ。
それならば、身体強化を自身にかけた上で接近戦をした方が手っ取り早い。防具となるデュエルテクターもあるので、それはなおさらだ。遠距離に関してはシュネに任せるか、それこそ専用に魔銃でも作ってしまえば解決する。そしてシュネは、銃や大砲などの軍事工学にも通じている。お蔭でその問題自体は解決できたのだが、シュネから軍事工学にまで大丈夫だと聞かされた時には、驚きのあまり目が点になった記憶が懐かしかった。
「もう少し行けば、野営をするわ。そこでも、練習よ。それが終われば、勉強もね」
「は~い」
やはり笑みを浮かべながら、キャスがシュネに返答している。今までは魔力過多症が原因となって、村の中ですら出掛けることがままならなかった彼女にとってみれば、旅も行商も、そして勉強も目一杯楽しいらしい。その為か、自身の持つ魔力なども相まって上達は驚くほどに早かった。
これは、勉強にしても同様である。行商をする以上、無学というわけにはいかない。特に読み書き計算が、必須となる。オルは体を動かしている方が好きなようなので、あまり乗り気ではないがそれでも約束というか契約があるので不承不承であっても学んではいる。しかし妹のキャスは、兄と違ってとても嬉しそうに勤しんでいた。
適当な場所を見付けると、そこで馬車を止める。もう少し進めそうな時間帯ではあるのだが、このまま進んでしまうと地図を見る限りでは適当な野営場所がない。そこで、今日のところは野営に入ることにした。
その後、馬車を動かして街道から外れる。やはり、道の上で野営するわけにはいかないからだ。近くにある森……というには木々が薄いように感じるので、恐らく林だろう。その林の外周部まで移動し、そこで馬車を止めると、俺たちが乗っていたキャンピングカー仕様にした馬車と行商の商品等を乗せた幌馬車を中心に、結界を張った。
こうして野営の準備も終えると、それからビルギッタが中心となって夕食を作る。その夕食も終えると、少し休んでから先ほどシュネがいった練習となった。まずは、魔術の訓練となる。魔術の展開速度は別にして、俺とシュネは詠唱破棄ができる。ゆえに一般的な基準からすれば、魔術の行使事態は得意ではない分野であっても遅くはなかった。
もっともシュネは、魔術師としてみれば上位の存在なので、そもそも比べるのは馬鹿らしいのだが。
一方でオルとキャスだが、詠唱破棄はまだできていない。その意味では、俺やシュネが訓練で遅れを取るなどといったことはない。だが、いずれ詠唱破棄を覚えてしまえばその限りではなかった。
これが肉弾戦を含めて実践的な戦闘を行うというならば、まだ別である。だが、こちらも将来的には分からない。オルとキャスがただの獣人というならばまだしも、この兄妹は先祖返りである。十全ではないにしても、始祖とされた存在に近い力を行使できる存在なのだ。そしてその実力が完全に開花すれば、デュエルテクターなしでは勝てるかどうかも怪しい。正に、オルとキャスは、才能の塊といってよかった。
「とんでもなく有望株な兄妹よね」
「そう、だな」
「え? 何が? シュネお姉ちゃん、シーグお兄ちゃん」
一緒に暮らし行動するようになってから、キャスは俺を兄とシュネは姉と呼ぶようになっている。実はオルもキャスと同じく兄と姉と呼んでいるが、彼も当初は少し照れながらであった。しかし今となっては、照れなどないようで普通に兄や姉と呼んでいる。
なお、兄と違ってキャスは、初めから照れなどなかった。流石に一番初めはこちらを伺うような感じであったが、笑いながら許可を出すと抱き着いてきながら嬉しそうに連呼していたのが微笑ましかった。
因みに、俺は俺でオルの指導をしている。彼は男の子らしく、魔術よりも格闘に強く興味を示したのだ。無論、魔術も訓練するが、そのウエイトはやはり格闘に置かれている。そして今は、その指導も終えて、一緒にキャスの訓練を見ていたのだ。
やがて彼女の訓練も終えると、同行しているヘリヤが訓練後の診察をしている。兄の方は既に診察しているので、あとはキャスだけなのだ。
その診察だが、ヘリヤは兄よりもより念入りに診ている。既に治療は終了しているとはいえ、魔力過多症は難病である。治療後のアフターケアも重要であり、そこで万が一を考えたヘリヤ自らが同行を申し出てたのだ。
こちらとしても、医者が同行というのは悪い話ではない。治癒魔術もあるが、そこに医学知識が加わればより盤石となる。とはいえ、いずれはこの診察も行う必要がなくなるのだろう。寧ろそうなれば、事実上太鼓判を押されるということなのだから、そちらの方がいいことではある。
「さて、キャス。問題ないわ」
「やった」
ぴょんぴょんと跳ねるキャスの頭を、ヘリヤが撫でている。その表情には、僅かだが慈愛ともとれるような雰囲気が現れていた。ふと見れば、シュネも似たような雰囲気を醸し出している。ただ彼女の場合、キャスにもだが、他にヘリヤへも向けられている。そんな気がしていた。
「嬉しそうだな」
「ええ。キャスは愛らしいし、ヘリヤたちも少しずつ感情が出てきていると感じられるもの」
「やっぱりそうか。慈しむっていうのか? そんな感じが少しだけあったようにも思えていたが、気のせいではなかったんだな」
「その通りよ」
その後、勉強も行った。
何せオルとキャスは、比較的早くに両親が亡くなってしまったこともあって、勉強をする機会に殆ど恵まれていない。元から勉強の機会がそれ程あったわけではないが、二人の場合は特にないのである。その遅れを取り戻す為にも、こうして寸暇を惜しんで行っているのだ。
「今日は、ここまでよ」
『は~い』
シュネの言葉に、オルとキャスは揃って返事をする。その後、眠りにつくのだが、いかに結界を張ってはいても警戒はする。いわゆる、夜番だ。周囲を警戒する魔道具や結界の魔道具を使用しているとはいっても、やはり何が起きるか分からない。何より今は、オルとキャスも同行している。この状況で、警戒しすぎるということはないのだ。
さてその方法だが、基本的に夜を二つに分けて、俺とシュネがそれぞれのグループに加わるという形をとっている。事実上、二つに分けた班のリーダーをそれぞれが受け持っている形だ。前半はシュネとエイニとへリヤが、後半は俺とビルギッタとアリナが起きて警戒することとなっていた。
当初は、ビルギッタたちが自分たちだけで行うといっていたのだが、同行しているオルとキャスの手前もあって、その意見は却下していた。その、オルとキャスだが、夜番にはまだ参加させていない。二人とも成人前なので、夜は眠らせているのだ。
こうして夜もふけていくのだが、シュネのチームが担当の前半も、俺のチームが担当の後半も特に問題などは発生せず、無事に朝を迎える。その後、朝食を終えてから野営跡を片付けると、出発したのであった。
連日更新中です。
旅の一コマという感じです。
ご一読いただき、ありがとうございました。