第百六十二話~発進~
第百六十二話~発進~
オオヤシマ国へ到着した俺たちは、歓迎の催しを受ける。その催しが散会した直後、斗真と悠莉に面会して地球へ同行するか否かを尋ねたのだが、二人からは少し考えたあとで同行を断られたのであった。
俺たちは一週間の滞在期間を終えて、ついにオオヤシマ国より旅立つ。既に、旗艦には乗り込んでいるのでいつでも出発は可能だった。
≪では、帰ってくるのを楽しみしている≫
「斗真。最悪でも、通信は入れるから安心してくれ」
≪そんなこと言わずに、グスッ。戻ってきて≫
「あくまで最悪の場合よ、悠莉。安心してね」
≪ええ、シュネ。待っているわ≫
通信越しに、出発前の最後の会話を行っていた。その後は、他の面子とも会話をしている。長期の旅になることを考えれば、比較的あっさりとしているかも知れない。それでも、女性陣は涙声になっているし、実際に涙ぐんでいる。その点、男たちはそんなことはなかったと言える。何より、しんみりする様な柄でもないからな。
「……それじゃ、そろそろ行くとするわ」
≪旅の安全を祈っている≫
「ありがとう、斗真……では、オウミ出発!」
その直後、オウミが宇宙港より離陸する。轟音によって見送りの歓声がかき消される中、問題なく離陸したオウミは上昇していく。やがてある程度の高度へ到着すると、さらに速度を追上げて大気圏を突破し、宇宙空間へと出た。その後は、オオヤシマ国の首都星を二回ほど周回してから、俺たちの拠点であるラキケマへ進路を向ける。銀河辺境に停止させてあるラキケマへ無事に到着し、オウミをポートへ着艦させたのだった。
≪お帰りなさいませ、皆様≫
「おう。ただいまだ、ネルトゥース」
ポートへ着艦した直後、ネルトゥースからの通信が入ってくる。通信越しとはいえ、現在拠点となるラキケマを司っているネルトゥースからの挨拶を受けて、戻ってきたとの実感が込み上げてくる。どうやら暮らした時間はまだまだ短いが、認識的には俺たちの家だと言う感覚があるようだ。そしてそれは、祐樹たちも他の面子も同じだと感じる。やはり拠点というのは、足が地についている感じがして安心感が生まれるようだ。
「それで、頼んでいた物は仕入れられたか?」
≪はい≫
ネルトゥースに頼んでいた物が何なのかというと、鉱物資源だ。具体的には金や銀、それに宝石などと言った貴金属の類となる。何せこれらの物品は、たとえ文明が違ってうたとしても換金ができる可能性が非常に高いからだ。今いる銀河やつい先日までいた伴銀河であれば、お互いに為替相場によるレートの取り決めがされているので、物品の購入などではそれほど問題とはならない。しかしこれから先、たとえばどこかの惑星に立ち寄った場合などには、現地での通貨を調達しなければならないのだ。そして調達する為には、引き換えにするものが必要になるのは言うまでもない。その為、ネルトゥースへ貴金属の購入を頼んでおいたのだ。無論、以前ラキケマの修理や整備の為に小惑星帯にいた時にも製錬して貴金属を作り出してはいる。元々、魔道具作りなどをしていることからか、インゴットだけでなく細工物の作成もお手の物なのだ。しかし、どうしても傾向というものが似てきてしまうきらいがある。そこでよりバリエーションを増やすという意味もあって、購入を頼んでいたということであった。
『あとで、見せてね』
≪はい≫
そこに突然、シュネたち女性陣が割り込んできた。この辺りはやはり、女性ということなのだろう。まぁ、おしゃれなどに口を出したところで碌なことにはならないことは分かっているので、余計なことはしないに限るのだ。
君子、危うきには近寄らず。くわばらくわばら。
ラキケマに着艦後、オウミを降りた俺たちだったが、早速シュネたちはネルトゥースに頼んでいた細工物の品定めに勤しみ始めていた。きゃーきゃー言いながら品定めを行っている辺り、こういった光物に対する女性の反応は、洋の東西どころか惑星や時代が違っても変わらないということなのだろう……やっぱり、先ほどの判断は間違っていなかったようだ。ふと見ると、祐樹や俊なども俺と同様に女性陣を少し遠巻き眺めている。多分、俺たち……と言うか男は全員似たような表情をしているのだろう……などと、考えていた。
「出発は、明日以降だな」
「シーグ。少なくとも、今日はないだろう」
俺がシュネたちの様子を見て漏らした一言に、祐樹が反応していた。いや、祐樹だけではない。俺の言葉には、俊など残りの男どもも揃って頷いていたのである。これから旅に出るわけだが、とりわけて急ぐ旅というわけでもない。一応、シュネが立てた予定に沿って旅程を進めるつもりでいるが、旅の途中で想定外の何かが起きる可能性もある。それより何より、俺たちはただひたすらに天の川銀河を目指す気はない。途中で惑星があれば立ち寄る気は満々だし、何か珍しい現象にでも遭遇すれば調査もするだろう。それに、幾ら拠点であるラキケマがあるとはいえ、全て人工物だ。勿論、公園などと言った自然も取り入れた施設は設置されてはいるが、やはり惑星上で感じられる天然の自然に対する解放感というかそういった感覚は何者にも得難いものなのだから。とは言うものの、このような感覚は地球にいた頃は勿論、フィルリーアで行商しながら各地を旅していた頃には感じられなかった代物である。つまり、宇宙に出てからの反応なのだ。
「気長に待とう。別に、一週間も二週間も掛かるようなことなどないだろうからな」
「流石にシーグも、藪蛇となるのはご免か」
「ああ。ごめんだな」
少しおどけながら言った俺の言葉が面白かったのか、祐樹たちは小さく笑みを浮かべている。そんな俺たちの様子など、全く気にした様子など見られない女性陣はと言うと、嬌声とも歓声ともつかない声を上げながら、細工物に一喜一憂している……と思っていたのだが、そうは問屋が卸してくれないようである。ふと視線を向けると、シュネたちがこちらに近づいてきている。しかも彼女たちは、嬌声を上げながらつい先ほどまで品定めをしていた細工物の幾つかを持っているのだ。にこやかな笑みを浮かべながら近づいてくる彼女たちであり、間違いなく似合うかどうか聞かれるのだろうことは言わずもがなであった。
「ね、ね。シーグ、このどちらが似合うと思う? 私としては、こっちもいいのだけれど、でもこちらも中々だと思うのよ」
俺にそう言いシュネが手に持っていたのは、二種類のネックレスだ。要するに彼女は、右手と左手にネックレスを一つずつ持ちながら、どちらが似合うのかを聞いてきたというわけなのだ。
さて、ここは慎重に選ばないといけない。どちらもシュネには似合う、それは間違いない。しかし、そこに彼女の嗜好が加わるので、どちらも似合うなどと言おうものなら恐らく呆れられることは間違いない。その様な未来を回避するためにも、必至に選ばなければならないのだ。
勝負は一瞬! とまでは言わないが、ここで長考した場合、機嫌を損ねる可能性がある。実際、俺は過去にも同じ様な轍を踏んでいるのだ。それゆえに、少しだけ考える素振りをしたあとで、俺は一つのネックレスを選んだのだ。
「そうだなぁ……俺は、左の方がより似合うと思う」
「あ、やっぱり。私も、こちらの方がいいかなと思っていたのよね」
どうやら俺は、正解を選べたようだ。墓穴を掘らずに済んだことを内心で安堵しつつも、表情には出さないでおく。そんな俺の様子など気にした素振りも見せず、シュネは機嫌よさそうに細工物がある領域へと戻っていく。その後ろ姿を見つつ俺は、上手くしのげたことに小さくガッツポーズをしていた。
因みに、女性から聞かれたのは俺だけではない。祐樹たち他の男性陣も、女性より問われている。そして反応はというと、俺のように無事にやり過ごせていた者もいれば、女性の機嫌を損ねてしまった者もいる。誰が上手くやり過ごし、そして誰が機嫌を損ねてしまったのかについてだが、その点は本人の名誉もあるので闇から闇へ葬ることにしたのである。
それからいよいよ、女性陣による細工物の鑑定……鑑定? まぁ、ともあれ。彼女たちも、気が済んだらしい。これであとは、この場より発進するだけである。その後、ラキケマの中枢であるマザーセンターへ移動した。
「ラキケマ、発進!」
こうして俺たちは、漸くこの場から離れたのであった。
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「劉逞記」
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