第十三話~誘引~
第十三話~誘引~
自称医者の家から採取したサンプル、それらを調べているとある薬が見つかる。それは、使用すると強い幻覚作用を見せる麻薬であった。
およそ小説や漫画などで、幻覚というキーワードはそれなりに見掛ける。それこそ幻覚を見せる術だとか、目の前にあるような幻覚作用を発揮する薬だとか、それこそ色々だ。
しかし実際にそんな幻覚作用がある、または幻覚を生み出す薬などまずお目に掛かることはないだろう。日本では麻薬そのものが違法とされているので、なおさらである。確かに麻薬の一種である幻覚剤や覚醒剤などを使用すると、使用者が幻覚を見るなどといったことはあるのだが。
そもそも、日本で普通に生活していれば、幻覚などといった効果が出るような色々と拙い薬に手は出さない。若気の至りで、手を出す者がいないとは言わないが。
それに、もし警察沙汰にでもなれば、それこそうしろに手が回ってしまう。そんな事態になるぐらいなら、手を出さない方がましだった。
「間違いありません。この薬は、麻酔薬として加工できるタイプのものでもありませんので、普通の医者であれば扱うことはない筈です」
「何と! これは、藪をつついたら蛇だった。どころの話じゃなくなってきたか?」
「でも、それだけに気になるわね」
「まぁな。そして、碌なものじゃないのも分かる。しかも、そんなヤバいブツを扱っている以上、まっとうな人物じゃない」
地球でも国によっては大麻などを認めたりしているので、必ずしも違法というわけではない。あくまで、日本では違法となるだけだ。とはいえ、忌避感はある。麻薬などあまり見たことがないだけに、なおさらだった。
何より、シャーレに入っているブツは、幻覚作用を持っている。それが、医療用にも応用が可能というのならばまだ分からなくもない。しかし話の感じでは、日本でいうところのヤクの売人というあまりよろしくない人物が扱う代物なのだ。
「ヘリヤ、イルタ。そもそも言い出したのは、貴女たちよね。だから聞くわ、ここでやめる?」
「……いえ。できうることならば、このまま続行したいです」
「私もです。相手が何かよからぬこと以外の使い道という意図があって持っているというならばまだいいのですが、もし違うというならば……」
「放っては置けない、ということね……何か嬉しいわね、貴女たちの態度。AIを導入した当事者としては、とても意義を感じるわ」
シュネは、いわゆる科学者に当たる。それも、機械系や情報系を中心とした科学者だ。その彼女からすると、ヘリヤとイルタの反応は嬉しいらしい。
俺には全く分からない世界なのだが。
「それはそれとしてだ。調査を続けるで、いいのか?」
「そうね。今後を考えた場合、相手を知っておく必要があるわ。それに、オル君とキャスちゃんの兄妹のこともあるもの」
「そっか。そもそも、切掛けはそっちだったっけ」
これは、腹を括る必要があるだろう。
万が一、想像したように相手が裏の人間、もしくは裏に関わりがある人間の場合だと、十中八九荒事になる。だが、ここで手を引けばこちらの足が付くとは思えないので、ちょっかいを掛けられるとは思えないのだ。
但し、相手はマクニース辺境伯の領都、マークフィンを拠点としているにもかかわらず、最辺境ともいえるような村にいるオルとキャスの存在を知っていた。そうなると、相手にこちらの知らないような何かを有している場合もある。その何かによって、こちらのことを知る可能性があった。
普通なら考えられないが、ここはファンタジーが罷り通る世界である。それこそ、何があってもおかしくはないのだ。
「だから、万が一の対応も考えて動きましょう」
「……では、俺が動く。シュネは研究所に残って、バックアップと指示を頼む」
「自分から水を向けていてなんだけど、気を付けて」
「おう」
明けて翌日、行商人の一行という今まで通りのスタイルで、研究所からマークフィンへ転送して移動する。そして、今回同行しているのは、ビルギッタと医学知識担当としてのイルタである。同じ知識を持つヘリヤはキャスの治療から手が離せないので、キャスやオルを安心させる為にも連れてこなかった。
その旨を伝えると、ヘリヤから申しわけないような雰囲気が僅かだが漂う。だが、こちらとしてもキャスを治すと決めた以上は万全を期したい。それを考えれば、ヘリヤよりもイルタの方が適任なのだ。何せ彼女も、ヘリヤと変わらない医学知識を持っている。時と場合によっては、その知識が必要になるかと考えての同行なのだから。
因みに俺付きだったアリナだが、今では完全にオルとキャスの兄妹付きとなっている。その為、マークフィンへは同行しない。これも、キャスを安心させる一環であった。
何はともあれ、マークフィンの町近くまで転送すると、そのあとは歩いて移動する。やがて到着した入り口で、町へ入る手続きをしてから宿屋へ向かうと部屋を確保した。しかしこれは、町というか治安側に対するカモフラージュといっていいだろう。
町に入ったあとで、すぐに町から抜けるという者はあまりいない。町や村に着けば、少なくとも一日は宿をとる。とても急いでいない限り、そのまま町を抜けるなどまず有り得ないのだ。
これは、安全という意味でも、理に叶っている。中途半端な時間に町から出ると、野宿しなければならなくなる。俺たちのように結界の魔道具を持っていればまだ別だが、結界の魔道具を持っていないのであれば野宿の危険度が一気に高まる。それならば、多少は金と時間が掛かったとしても町で宿屋に泊まったほうがリスク回避できるのだ。
とはいえ、このまま宿を利用すると、宿屋に迷惑が掛かる可能性もある。もし懸念したように裏側の人間だったら、それはなおさらといっていいだろう。その為、実際には他の場所に拠点を置いて動くつもりだった。
そこで候補としたのが、下町である。その上、できれば下町でも周囲に人の気配が乏しい、またはない場所に拠点を構えることができれば最高だろう。
「では、下町探索と洒落込みますか」
「はい」
「イルタは念の為に残ってくれ。もしかしたら、シュネから連絡があるかも知れないから」
「承知しました」
イルタを宿屋に残して下町へ向かい、本当の意味で拠点とする場所を探す。やがて町の外周部、具体的には町のもっとも外側となる外壁近くに、なぜか人の気配が少ない場所を見付けた。
別に周囲が荒れているとかそういったこともないので不思議に思っていると、下町の住人からその理由を教えて貰える。何でも、昔にこの辺りで殺人事件がたて続けに起こったという噂があるのだそうだ。
そんな、あまりよろしくない噂が流れたことで、自然に周辺から人が移動して消えてしまったそうである。いわゆるいわくつき、事故物件というやつなのだろう。世界が変わっても、その辺りの感情は同じなのだと思えた。
確かに、あまり気持ちがいい場所とはいえないかも知れない。だが、荒事になる可能性が捨てきれないことを考えると、事故物件? な現場など寧ろ都合がよかった。とはいえ、本当に人がいないのかを確認する必要がある。そこで、さらに詳しく人の出入りなどを調べたのだが、本当に人の気配がない場所だと理解できてしまった。
「本当に人、いないな。それに周辺に建つ家も、事故物件があるのせいなのか空き家ばっかりだ。条件としては申し分がないが、事故物件か……」
「シーグヴァルド様、他の候補を探されますか?」
「……いや。ここでいいさ」
いささかの躊躇いがないとはいわないが、ここ以上に条件と合致する場所がマークフィンの中にあるとも思えない。そこで、このわけアリ物件を真の意味での拠点とすることにした。
因みにビルギッタだが、平然としていた。女性全員とはいわないが、普通は怖がったりするだろう。しかしそんな素振りは全く見せない辺り、ガイノイドだからなのか、それとも単純に気にならないからなのか分からなかった。
兎にも角にも、下町に拠点を確保したあとは、俺とビルギッタとイルタの三人で交代しながら自称医者の家周辺を探っていく。三人で一斉に調べないのは、行商人の一行でもあるからだ。
たとえ行商人であったとしても、商人が町にいるのに商売活動を全く行わないというのはおかしいと思われかねない。そんな事態を回避する為、商売をしておいた方がいい。要は、アリバイ作りだった。
そうしたアリバイ作りをしつつも調べていくと、おかしなことが分かってくる。どうも件の自称医者、名前はアザックというらしいのだが、このアザックは周囲の住人に対して自分という存在をあやふやに認識させている節があるのだ。
彼ら下町の住人も、アザックと名乗る人物がいること自体は認識している。しかし、では誰なのかと聞くとひどく曖昧な情報となってしまう。しかもその状態であるのに、彼らは異常と思っていないのだ。
「どういうことだ?」
「やはり、薬による幻覚の作用でしょうか」
「これはもう少し、住人に突っ込んで聞いてみるか」
こうしてその点を指摘したのだが、住人たちは問題となっていないのだから気にしないなどと言い出す始末である。これで怪しいと思わない人間など、普通はいない。少なくともアザックの家の周辺は、何らかの異常事態に陥っていると判断するしかなかった。
その夜、シュネに通信して相談してみる。すると、彼女は少し考えてから自身の考えを伝えてきた。
≪幻術、かしらね≫
「幻術というと、魔術の一派となるあの幻術か?」
一口に魔術といっても、その内容は多岐に渡る。まず名前が上がるのが、属性魔術とも通称される火や水の現象を併せ持つ魔術である。他にも先程述べた幻術と通称される幻想魔術や、俺が得意とする身体強化魔術もあった。
≪うん。それで、合っているわ。となると……アザックだっけ? あの家で手に入れた薬を使って、より効果を高めているのかも知れない≫
「それって……あの幻覚作用のある薬ってやつか?」
≪あくまで推測でしかないけどね。だけど、可能性は捨てきれないわ≫
何ともはや。
怪しいどころか、物騒な話となってきた。何せアザックは、幻術や幻覚などを使ってまで、自身を曖昧にしているのだ。町中でこんなことは、普通しない。それに、もし公権力側にばれてしまえば、多分だが取り締まりの対象となる。そういった危険を冒してまで、わざわざ町の中で幻術を行使する必要などないのだ。
しかし、目的があれば話は別となる。ある意味で公権力に喧嘩を売っているととられかねない行為であるが、それをよしとするだけの理由があるのだとすればその限りではないのだ。
「さて……いっそのこと、囮でもやるか?」
≪囮? もしかして、よりあからさまに調べるの?≫
「そこまでしなくても、もう暫く続ければいいと思う。相手が裏の人間なら、鬱陶しいだろうし、裏の人間でないのならそもそも気付かないだろう」
≪……分かったわ、任せる≫
「りょーかい」
アザックが、白か黒かのどちらにせよ、これで多分だが相手の目的が見えてくるだろう。それにこれも懸念したことだが、下手に放っておくとオルやキャスにも何かよからぬことがまた降りかかるかも知れないのだ。
これでアザックが白ならば問題にならないが、もし黒だった場合だとあの兄妹にも碌なこととはならない可能性が出てくる。それに、兄弟を既に庇護下としている保護者として、打てる手を打たないなど寝覚めは悪くなる。そんな事態となるならばその前に手を打つべきだと考えて、さらなる動きを見せることにしたのだった。
連日更新、続行中。
さて、きな臭くなってきました。
そろそろ……かなぁ。
ご一読いただき、ありがとうございました。