第十二話~潜入~
第十二話~潜入~
キャスの治療を行う筈であった医者を、ヘリヤとイルタのお願いで調べてみることとなった。すると、医者である筈なのに医者として活動している節が見られないという奇妙な事実が判明する。その辺りをより詳しく調べる為に、次の手として件の医者の家へ潜入するという手段に踏み切るのであった。
真夜中、研究所の外ではしとしとと雨が降っている。そしてそれは、研究所から遠く離れたマクニース辺境伯の領都、マークフィンでも同じであり、あちらでは霧雨が滴っていた。
「まさに、ときは今って感じよね」
「今から転送するんだから、当然だろ」
そう言葉を返すと、シュネは目の前で人差し指を左右に振っていた。
「ちっちっちっ! シーグも、歴史を学ぶべきよ」
「いや、フィルリーアの歴史なら学んだぞ」
「そうではないわ、日本の歴史よ。雨といえば、明智光秀の句でしょ」
「何それ」
明智光秀って言えば、織田信長を殺したあの明智光秀だよな。その明智の句って、そんなものがあったのかとシュネに伝えると、逆に不思議がられてしまう。それから、どや顔で懇々と説明までしてくれた。
彼女曰く、織田信長を討つ直前に明智光秀が詠んだ句だというのだ。歴史に詳しい人間なら分かるのかも知れないが、生憎と俺は詳しくはないのである。天下統一を目前に家臣の明智光秀に裏切られて織田信長が殺されたという史実は知っていても、その直前に明智光秀が詠んだ句を引用して、それを察しろなんて無理である。そんなことは、日本の歴史に詳しい相手とやって欲しいものだ。
まぁ、このフィルリーアでは無理な話だろうが。
「全く。これくらい常識よ」
「それは、シュネの、常識だろーが」
「えー。そんなことはないわよ」
いや。
間違いなく、シュネの常識だと思う。もしくは、日本の歴史好きの常識なのかもしれない。何であれ、一般的な意味での常識とは絶対異なると確信した。
「そんなことはいいから。さっさと、始めようぜ」
「分かったわよ」
これから始めることには関係ないので話をぶった切り、転送を始めようとシュネを促す。するとなぜか、不満げな表情を浮かべていた。それでもシュネは、気持ち切り替えたのか引き摺ることなくドローンを転送する指示を出す。
転送自体の操作は、転送機が設置してある場所の操作で行う。その為、俺もシュネも、この研究所の中枢といえるネルトゥースが鎮座するこの場所で、モニター越しに指示を出すだけだった。
やがて転送機の準備が整うと、別のモニターに潜入先となる場所が映る。そこは家の一角、あまり目立たない場所であった。住人は既に眠っているとみえて、周囲は実に静かである。それだけに、転送する際に生じる光に関しては気にする必要はないだろう。
その直後、転送のシーケンス通りに転送機が動き始め、間もなく転送機を置いてある部屋に光が溢れる。次の瞬間、光が消えるとほぼ同時に転送先に光が溢れた。するとそこには、今しがた送り出したドローンが鎮座している。ドローンは光学迷彩を展開してから動き出すと、静かに家の中を飛んでいく。既に家の見取り図は完成しているので、動かすことに支障はない。その上、ネルトゥースにより操作されているので、人がするようなうっかりミスもまず有り得なかった。
程なくして、ドローンが薬草や薬などが置いてある部屋へと入る。その部屋には扉もあったが、小振りながらもマジック・ハンドがあるので問題なく開くことができた。部屋へ侵入を果たしたドローンは、次々にサンプルを採取していく。大量に必要なわけでもないので、採取する量は最小限に留めることにしていた。
こうして少しずつサンプルを集め続けて大体が採取できた頃、部屋の外で監視をしている小型ドローンの一台から緊急連絡が入る。偶然かそれとも潜入が察知されてしまったのか分からないが、家の住人がこちらの部屋に向かってきているというのだ。
しかもすぐ近くまできており、もはや静かに脱出する時間はない。部屋の中で隠れてやり過ごすか、それとも緊急離脱するしか手がないだろう。そこでシュネが選択した行動が、緊急離脱であった。
「マジか!」
「下手に隠れて見つかるより、逃げた方がいいのよ!!」
「……見つかれば、問題となるか」
「ええ。何せ、オーバーテクノロジーの塊だしね」
多分、フィルリーアの住人がドローンを見たところで、どういったものなのか分からないだろう。だが、魔石は付いているので、魔道具だということは判別できてしまう。そうなれば、どういう魔道具なのかと調べようとされる可能性があった。
やれ魔科学だの航空力学だのと、およそ現代のフィルリーアにはない考え方で動いているドローンなので、そう簡単にどういう目的を持った代物なのか分かるとは思えない。しかし、どこにも天才とされる者たちはいる。無論、このフィルリーアもいるであろうし、そういった人物がもしドローンを見て用途を思いついてしまったら、どれだけ影響が出るか分からない。それならば、さっさと逃げ出した方がましといえた。
「分かった。シュネに任せたんだ、好きにしてくれ」
「ええ! ネルトゥース。すぐに、強制転送シーケンスを始めて!!」
「了解しました……強制転送、開始します」
その直後、部屋の中に光が広がる。間もなく、ドローンも発生した光も消える。しかしその直後、ドローンが今までいた部屋の扉が開いていく。するとそこには、医者を自称している男が一人だけ立っていた。
その隙に、光学迷彩を展開しながら小型ドローンが脱出を図っていく。同時に他の小型ドローンも脱出へと移行し、自称医者の家から全機が出て行く。だがその時、妙なことに気が付いた。
「あの男……いや、まさかな」
「どうしたの?」
俺の呟きが聞こえたのか、シュネが問い掛けてきた。
初めは気のせいだと思い、告げないでもいいかとも考える。しかしその考えを見破ったのか、シュネが重ねて問い掛けてきた。流石に、二度も問い掛けられれば気になったことを知らせておこうと思えてくる。そこで、あくまで気のせいかも知れないと前置きしてから、違和感をシュネへ告げた。
気になったこと、それは男が光学迷彩を施している小型ドローンを目で追ったように見えたことにある。しかし、すぐにカメラの視界から消えてしまったので、確認はできなかった。
それに俺も気のせいだと思ったので、あえてドローンを戻すようにともいっていない。ゆえに、既に小型ドローンは全て家の外へ出てしまっていたのでもう確かめようがないのだが。
「というわだ。流石に、気のせいだと思うが」
「……警戒するに越したことはないわ。もう、あの家へのドローンによる偵察は止めましょう」
「小型ドローンはどうする?」
「自壊させるわ。万が一にも見つけられたくないし、証拠は隠滅するに限るもの」
「言わんとすることは分かるが、隠滅って」
「じゃ、自爆とでも言い換える? 男子からするとある意味で浪漫? ロマンだっけ? どっちでもいいけど、小さいから目立たないわよ」
「そういう問題じゃない気もするが……」
追及して何かが変わるわけでもないし、自爆がある意味で浪漫であることは否定しない。異論は認めるが、それを言われたところで意見を変える気はなかった。
それはそれとして、今は強制転送させたドローンが回収してきたサンプルを調べる方が先だろう。もし懸念したように何かやましいことがあるならば、あまりよろしくない薬などがあってもおかしくはないのだ。するとその時、自動扉が開く音がする。視線を向けると、ヘリヤが出て行くところだった。
彼女は医療担当であるから、薬に関することは任せるべきだろう。それに幾ら天才のシュネでも、医学に関してはそこまで詳しくはないので、ヘリヤやイルタがいれば彼女にも俺と同様に出番はなかった。
「あとは仕上げを御覧じろ。果報は寝て待て。そんなところだな」
「そうね。もう、私やシーグにできることは、ないわね」
「そうだな」
「では、できることをしましょうか」
既に自称医者の家を離れた小型ドローンは、全速力でマークフィンの町から離れている。町の外壁に沿って結界など張られている! などといったことは別にないので、塀を飛び越えることができれば脱出などはわりと容易いのだ。
但し、飛び越えること自体が難しいのだが。
その後、発見されづらいようにと、小型ドローンを町の近くを流れている川の上にまで移動させる。その上で、小型ドローンを自爆させる予定であった。動力源となる魔石を含めて自爆させるので、のちに部品等が誰かに見つかったとしても元は何だったのか推察されることはまず考えられなかった。
もっとも、俺たちのように、現代の地球からきたような人物がいればその限りではない。しかしそれも、エンジニアでもない限り部品から元の形を判明させるなど多分無理だろう。だが、完全にあり得ないといえないところに、若干の不安が残ってしまう。俺とシュネという実例があるのだから、形は違っても二例目や三例目があっても不思議ではないのだ。
しかし、それを考えても仕方がない。地球から俺たちのような憑依してきた者や、それこそ転生者がいるかも知れないなどといった事態に関わる気はないのだ。
何せ小説などでは、転生をするなどした場合は召喚という形が割と多い。そうなると、権力者が関わっている確率が比較的に高かったりするのだ。それはつまり、国の中枢に関わることになる。資源があればほぼ無限に魔道具を、しかも量産すれば世界へ打って出て、そして勝てるようになるかもしれない高レベルの魔道具や道具を作成できるこちらとしてはあまり関わりになりたい相手ではなかった。
「さて、自壊させるわよ」
「了解」
その後、シュネの指示を受けて小型ドローンが自爆の手順に入る。そして間もなく、次々と小型ドローンが小さな爆発と共に自壊していく。その様子を映していた最後の一機が自爆すると、そこで映像が途切れる。これにより、証拠隠滅は終わった……筈なのだ。
その後、念の為にと人工衛星より現地を確認させる。最大望遠の映像にもそしてセンサーにも小型ドローンの反応はないことが判明したので、小型ドローンの自壊は確認されたといっていいだろう。
「これでいいわ」
「あとは、ヘリヤの結果待ちだな」
その後、暫くしてから自称医者の家から採取した加工前の薬草と思しき物品や、逆に加工された薬などを調べた結果が報告される。しかしその内容を見るに、あの家の住人が医者ではないとは言い切れなくなった。
採取した薬草や薬については、大抵の医者ならばあってもおかしくはないものだったのである。だがあくまで一般的な医者の家であればあってもおかしくはない程度のものでしかなく、魔力過多症の治療に使えるかといわれれば疑問符を浮かべるしかないというのがヘリヤの報告だった。
「ということは、腕は別にして、医者であることに間違いはないというのか?」
「いえ、必ずしもそうだとはいえません」
そういったヘリヤは、一つの薬を取り出す。ガラス製の器、確かシャーレとかいった筈だが、その器には粉末状になった薬と思われる何かが入っていた。
パッと見には、何の変哲もない粉末でしかない。ただ、それが何なのかといわれても、答えられない。しかし、ここで出したのだから普通とは違うのだろうことは想像できた。
「ヘリヤ、これは?」
「一種の麻薬、です」
『は? 麻薬!?』
思わず、俺とシュネが声をあげる。まさか麻薬が出てくるとは、思ってもみなかったからだ。ヘリヤから麻薬だといわれたそれは、シャーレに蓋があるので吸い込むことはない。だからといって、あまり見ていて気持ちのいいものでもなかった。
「この薬を服用したからといって、それほど依存症はありません。それゆえ、一度や二度ぐらい吸ったところで、常習者になることはないでしょう」
「そう、なのか?」
「はい。ましてや、シーグヴァルド様とシュネ―リア様の肉体は強化されております。それこそ、何百回と吸ったとしても問題ありませんのでご安心ください」
「お、おう。そうか」
「それよりも問題なのは、この薬を使用すると幻覚作用が強く現れることです」
「幻覚だと!?」
ヘリヤが提出してきた粉末状となった薬の正体を聞いて、俺は思わず驚きの声をあげてしまったのだった。
連日更新、続行中。
医者の不審さが……正体は一体?
ご一読いただき、ありがとうございました。