第十一話~調査~
第十一話~調査~
拠点となる研究所へ戻った俺たちは、キャスの治療を始める。一方で、シュネと今後の行商などについて話し合い、キャスの治療が終わるまでは行商を行なわないと決めたのだった。
マクニース辺境伯の城下町であり領都でもあるマークフィン、その町にある宿屋で俺たちは部屋を二室借りている。一室は俺が泊る為であり、そしてもう一室にはビルギッタとイルタが泊る為である。だが、宿屋の部屋を確保したことには、別の目的もあった。
さて今回、何ゆえにマクニース辺境伯の領都、マークフィンまで足を延ばしたのかというと、行商の為! といったことではない。ではどうしてこの町にいるのかというと、ある調査の結果を受けてのこととなる。そしてその調査を頼んできたのは、何とヘリヤとイルタだった。
俺たちの医療を担当している二人から何の調査を頼まれたのかというと、キャスが患った魔力過多症の治療ができるという城下町に住む医者の調査であった。
ヘリヤ曰く、魔力過多症の治療は、古代文明期であれば難しくてもほぼ確実にできる。逆にいえば、古代文明期やまたは古代文明期の知識や技術などを当時のレベルそのままに受け継いでいなければ無理だということなのだ。
そして、研究所ならば古代文明期当時の技術や知識レベルを受け継いでいる。いや、シュネが加わったことで古代文明期を凌駕しているかも知れない。だが、現代のフィルリーアにおいて、民間の医者が治療できるというのはどうにも納得できない話なのだ。
即ちそれは、現代のフィルリーアで魔力過多症が発症した場合、治療ができないということでもある。それであるがゆえに、民間で活動している町医者が、魔力過多症の治療ができるとは到底信じられないと二人はいうのだ。
「つまり、町医者が治せる筈がないということなの?」
「いえ、シュネ―リア様。必ずしも、そうとは申しません。そして今回の場合ですと、余程の偏屈で徹底的に公権力を嫌っている稀代の医者。そんな人物となります」
「それ、有り得ないわよね」
「どこをどう聞いても、希少ってレベルじゃない。第一、そんな医者がいたら、名前ぐらい聞くだろう」
仮に、もしそのような医者が本当にいるとするならば、医者としての腕でいえば古代文明期に迫る人物となる。そんな名医がいたら、間違いなく噂になることは必定だろう。それでなくても俺たちは、行商人として色々なところへ出向いている。だからそんな医者を、俺たちが聞いたことがないことなどあり得ないのだ。
だが、エリド王国内でそんな名医がいたという話はない。しかも、医者で徹底的に公権力を嫌う人物などについても耳にしたこともなかった。
「はい。ですので、どうにも気になるのです。ましてキャスちゃんは、獣人の先祖返りでもあります」
「魔力過多症を患った先祖返りの獣人ね……古代文明期でも、症例は少ないと言っていたからさっきの医者の希少さどころの話じゃない。つまり、とても稀有な存在、ということになるわ」
シュネの言葉に、ヘリヤがとイルタが頷いている。噂になっているならばまだしも、噂にすらなっていない凄腕の医者……か。これは前に自分も言ったことだが、似非医者か何かの目的あってオルとキャスの兄妹に近づいたと考えた方が説得力のある話だな。
「それだけに、気になったというわけか。だが、ヘリヤにイルタ。分かっているとは思うが、下手をすると藪をつついて蛇を出すなんてことになるかも知れない。それでも、調べたいか?」
「……私、いえ私たちは、確かに作られしものです。しかし、医に携わるものでもあります」
「ですので、お願いします。シーグヴァルド様、シュネ―リア様」
いかに医療に関わることとはいえ、こうも頑なにヘリヤとイルタから頼みごとがくるなど思ってもみなかった。これも、AIを搭載したお陰なのかも知れないな。
「そうね……私も気になっていたことでもあるし。シーグ、調べてみましょう」
「シュネも同意するか……いいだろう。何より、珍しくもお前たちからの頼みだ。調べてみよう」
『ありがとうございます』
さて、調べる方法だが、魔道具製の小型飛行体をそれなりの数送り込むことになる。具体的にいえば、小型のドローンを使って調べるのだ。しかもその小型ドローンには、光学迷彩が施されている。ゆえにその大きさと相まって、余程のことがない限りは見付けることは難しい。そうシュネが豪語したぐらいの逸品なので、問題はないだろう。
この魔道具製小型ドローンを転送機でマクニース辺境伯の領都近くまで転送して、あとは研究所側で操作して調べる。手に入る情報を精査し、それから調査を打ち切るかそれとも続行するかを判断するのだ。
なお、ドローンの操作自体は、この研究所の管理システムを司っているネルトゥースが行う。彼女なら、こちらの計画に沿って色々と調べてくれる。あとは、ドローンが戻ってくるのを待っていればいいだけなのだ。
「始めましょう……ネルトゥース、お願いね」
「了解しました。シュネ―リア様」
その直後、転送機が起動して小型ドローンをマクニース辺境伯領の領都となるマークフィンへ移動させる。現地の状況は、ガイドビーコンによって把握しているので転送しても気付かれることはなかった。
現地に転送されると同時に、小型ドローンは光学迷彩を纏う。これで見えなくなった筈だが、モニターに映っているのは小型ドローンに取り付けられた超小型のカメラアイの映像である。その為、ドローン自体を確認することはできないのだ。
「確認できないのは、少し不安だな」
「大丈夫よ。そっちのモニターを見て、何も映ってないでしょ」
「え? 確かに、映っていないな」
「そこのモニターに映っているのは、ドローンが転送された地点よ。その地点を、最大望遠で上から映しているのよ」
「上? 人工衛星か!!」
そう。
実は鉱山候補地探索用にと、人工衛星を打ち上げている。その人工衛星も、地球の技術ではなく古代文明期の技術を用いて、一基だけだが打ち上げていたのだ。
なぜに地球の技術を使わなかったのかというと、古代文明で実践されていた技術の方が、地球の技術よりも上だからだ。この事実を知った時、シュネは驚きとともに歓喜の悲鳴を上げていたので、相当なのだろう。
だけど俺的には、それだけ進んでいた文明で、何ゆえにAIという考え方がなかったのかが未だに不思議だった。
「だけど、ドローンは小型化しているよな? それなら映らなくても、不思議はないだろう」
「そうね。でも、どっちでもいいの。見えないことが重要だから。それに、反応としては捕らえているわ。だったら、問題ではないでしょ」
「そう、なのか? いや。そうなんだろうな、きっと」
俺自身、機械等に関して専門的な知識は持っていない。その点は、バイクや車を動かしたりするのにエンジンなどの構造を全て把握する必要がないというのと同じだ。というか、普通に考えればシュネの方が異常だと思う。その知識や発想などは、リアルチートといっても差し支えがなかった。
うん。天才、恐るべし!
「納得したのなら、もういいわね。さて、ネルトゥース。あとは、よろしくね」
「お任せください」
その後、ネルトゥースは、研究所の管理をする傍らで調べ続けてくれたというわけである。オルから相手の名前やおおよその住む場所などは聞けていたが、容姿に関しての情報があまりなかったので少々探すのにはてこずってしまったようだが。
「シュネ。これは、どういうことだ?」
「分からないわよ」
多少の苦労はあったが、やがてそれらしい家を探り当てる。しかし調べるうちに、奇妙なことが分かってきた。何と、医療行為が行われている様子が全く見られないのである。該当する家に患者の訪問もなく、しかも家の周囲は常に閑散としている。住人は一応いるようだが、ただいるだけといった感じが拭えなかった。
医者を名乗りながら医療行為をしている様子がないなど、怪しさ大爆発でしかない。何より、そんな医者ともいえないような者が、魔力過多症を治すことができるとは思えないのだ。どうしたものかと悩んでいると、この事態に際してシュネが大胆な考えを提案してくる。何と、ドローンを潜入させてサンプル等の採取をすると提案してきたのだ。
だがその為には、追加として出力を高めたやや大きめのドローンをマークフィンの町近郊へと転送する必要がある。既に派遣している小型ドローンでは、サンプル採取など大きさや出力の関係から少し難しいのだ。
なお、追加派遣のドローンにも光学迷彩を搭載しているので、人目から逃れることはできる。それだけに、見つかる可能性は低い筈だというのだ。それならばいいかと俺も賛同したが、念には念を入れて夜間に行うことに決める。だが、ネルトゥースから反対されてしまった。
確かに派遣するドローンには、夜間用の装備としてノクトスコープと同等かそれ以上の能力を持つハイビジョンカメラ搭載されているので問題はない。しかもネルトゥースが操作するので、それこそミリ単位以下の動きも可能である。だが、それだけの動きをもってしても夜間では潜入方法がないと指摘されてしまったのだ。
「……そう、そうよね」
「シュネ。ネルトゥースの言葉の意味が分かるのか?」
「つまり、どこかを壊さないと入れないのよ」
「何でだ?」
「夜になったら戸締りぐらいすると思うの。そうなると、潜入予定コースと考えている窓には鎧戸が降りるわ」
「……ああ!」
確かに窓へ鎧戸が降りれば、潜入は無理だ。鎧戸を焼き切るなどすれば別なのだろうが、その時点で潜入じゃない強行突破である。先に派遣した小型ドローンならばそれなりの隙間があれば潜入も可能かもしれないが、サンプル回収用に使用するドローンはある程度の大きさを持っているので、小型ドローンのように隙間を見付けてお手軽に潜入などそもそもからして無理である。
段ボールなどを駆使して潜入する、蛇の名を持つ某大佐のようにはいかないのだ。
こうなると予定を変更せざるを得ないので、別の計画を立てることとなる。そしてシュネが提案した計画は、何と直接ドローンを転送させるというものだった。幸いにして、小型ドローンのお陰で座標を把握することはできる。だからこそ、可能な方法だった。
しかし転送すると光が発生するので、どうしても目立ってしまう。ゆえに、使用していない部屋などに転送する必要がある。だがそちらに関しても、小型ドローンがあれば周辺の状況を確認できるので問題はなかった。
「中々に強引だなぁ。だけど下手に家を破壊して、証拠は残さない方がいいか」
「そういうことよ」
「分かった。シュネに任せる」
「任されたわ」
小さく微笑みながらシュネは、親指を一つ立てて了承の仕草をしていたのであった。
連日更新、続行中。
キャスちゃんの治療と称して出てきた医者を調べる流れです。
何が出るのやら。
ご一読いただき、ありがとうございました。