第百十八話~報酬~
第百十八話~報酬~
色々と紆余曲折もあったが、ついにアループ子爵家の軍勢が宙賊の拠点へと取り付いたわけである。そして軍勢が敵拠点の制圧を進めるさまを、見届けたのであった。
敵拠点の制圧を推し進めているアループ爵家の軍勢を尻目に、戦場のサルベージに勤しむ。勿論、俺たちだけではなく、傭兵として参加した味方の宇宙船も同様だ。敵の拠点制圧に参加しないのかと思われるかも知れないが、この場合は参加しない方がいい。確かに正規の軍勢と同じ扱いを受けたとはいえ、対外的には傭兵でしかないのだ。あくまで、宙賊の拠点を攻略したのはアループ子爵柄の軍である。対外的にもそういう形にしておいた方が、丸く収まると言うものだろう。だからこそ、俺たちを含めた傭兵組が一切拠点の制圧に参加していない。そのようなことをしてアループ子爵家からの不評を買うぐらいなら、戦場のサルベージでもしていた方がましというものだ。それに、アループ子爵家側にとっても、悪い話ではない。俺たちがサルベージを行うということは、宙域の掃除を行っているとも言えるからだ。
さて、そんな傭兵たちを監視・監督しているのがフィル・クーガンだ。元々、傭兵が配置された右翼を統括していたのだから、人選としては間違っていない。しかし、サルベージをしている傭兵からすれば煩わしい存在でしかない。俺たちはさほど気にしてはいないが、時々拾う傭兵たちの通信を聞けば、その心情がありありと分かるのだ。
「だけど、さ。幾ら傭兵を統括していたとはいえ、フィル・クーガンはアループ子爵家の軍人だろう? その軍人が、敵拠点の制圧に参加せずに俺たちの監視・監督の任務を行うのか? 幾ら放置はできないとしても」
「そう言われてみれば、確かにシーグのいう通りだよな」
「それは多分、これ以上彼に手柄を上げさせない為よ」
『え?』
何とはなしにフィル・クーガンに振られた役目を不思議に思った俺が呟いた言葉に、祐樹は賛同する。どうやら、同じような思いを抱いたらしい。しかしその直後、俺の言葉に対して答えたシュネの言葉を聞くと、俺だけでなく祐樹たちも口を揃えて疑問を呈していた。しかしながら、サブリナとクルドだけはシュネの言葉に頷いている。それはつまり、この二人はシュネの言葉の意味が分かっているということなのだ。だが、手柄を立てさせないというのがどういう意味なのか分からない。これが俺たちのように傭兵ならば、まだ分からないでもない。アループ子爵家からすれば、経緯は兎も角として所詮は報酬目当ての部外者としか見ていないからだ。しかしフィル・クーガンは間違いなくアループ子爵家の関係者であり、しかも佐官となる。その上、クーガン家はアループ子爵家何進でも重鎮と言っていい家柄らしい。その家に、手柄を立てさせないように仕向けた意図が分からなかった。
「なぁ、クルド。クーガン家は子爵家の重鎮だよな」
「軍関係では、そうだ」
「そのクーガン家に手柄を立てさせない理由と言うのは、何だろうな?」
「そうだな。強いて言えば、軍内部におけるバランス……かな?」
『軍内部のバランス?』
「そう、バランス」
軍内部のバランス、とな?
今回の場合で言えば、手柄の数。もしくは貢献度のバランスということになるわけか……あっ、そうか! そういうことか。つまり、クーガン家にというかフィル・クーガンに手柄が集中しないようにしたのだな。よくよく考えてみれば、右翼の奇襲の撃破に俺たちの艦隊派遣と、立て続けに戦場の流れを変えた采配をした形となっている。右翼に比べるとより多くの戦力が敵より投入されたとはいえ、混乱して立て直せなかった左翼。その左翼に対しての援軍をスムーズに捻出できなかった本隊に比べれば、右翼は混乱どころか速やかに敵の奇襲を押さえつけたばかりか、本隊に対しての援軍を出している。しかも、フィル・クーガンが率いていたのはアループ子爵家が抱えている正規の軍ではなく、全てが傭兵で構成されているのだ。そのフィル・クーガンへさらなる手柄のたてどころを与えては、今度はアループ子爵家の軍内部に不満を抱えることになりかねない。そのことを懸念して、アループ子爵家が宙賊の拠点制圧に参加させなかったとしたわけか。
「それと捕捉になるけど、フィル・クーガンはそのことに気付いているわね。その上で、今の任務を遂行しているのよ」
「マジか、シュネ」
「ええ。絶対とは言わないけれど、十中八九間違いないと見ているわ。それで、クルドはどうかしら」
「俺も絶対とは言わないけど、シュネと同じだな」
それが本当なら、フィル・クーガンは軍人としても家臣としても有能なのだろう。ああ。だからこそ、傭兵のようなある意味で癖が強い者たちを統括する命令を受けたのか。傭兵を正規の軍人と同様に扱うことも、その傭兵を纏め上げて軍の意向に反しないように運用するのも難しいことぐらい俺でも分かる。その難しい命令をきちんと遂行したフィル・クーガン、か。
「アループ子爵家としては、使い勝手がいい家臣というわけだな」
「それはその通りだろうけれど、あからさまには言わないでくれ」
「本人を前にしたら言わねえから安心しろ、クルド。というか、そんなこと言う必要なんてないだろう」
「それはそうだけど、一応釘は刺しておきたかったのさ。シーグ」
「そうか。ま、いいけどな」
その後、戦場のサルベージが無事に終わる頃、まるで計ったかのようなタイミングでフィル・クーガンから撤収の命が出る。まだアループ子爵家の軍勢による敵拠点の制圧は終わっていないようだが、そもそも敵拠点の制圧に参加をしていない俺たちがいつまでもこの場に居続けても仕方がない。だからこそ、俺たちを含めた傭兵たちもその命令には逆らうことなくこの戦場より撤収したのであった。
無事にアループ星系の中心惑星の衛星軌道にあるステーションコロニー近くへ到着する。無論、俺たちだけが到着したわけじゃない。生き残っている右翼のメンバーも、そんな俺たちを統括しているフィル・クーガンも同様に到着している。そして目立って遅れた宇宙船も、脱落し宇宙船もいなかった。
≪これにて作戦は終了。依頼料は、間もなくに受け取れることとなっている。連絡は入れるので、その辺りは各自で対応してくれ。以上! 解散!!≫
『いやっほー!』
フィル・クーガンの宙賊撃破作戦の終了宣言と共に、作戦に参画した傭兵から出た歓喜の声が通信を占拠する。ちょうどヘッドセットを外そうかとしていた時だったから、まともに聞いてしまった。その五月蠅さに、かなぐり捨てるようにヘッドセットを外していた。
「あー、うるせー!」
「確かにね」
俺の様子を見たのだろう、シュネが苦笑を浮かべながら答えている。しかし、俺と違って彼女の仕草に五月蠅そうな様子はない。どうやら俺のように、まともに歓喜の声を聞いたわけではないようだ。予測でもしていたのか、それとも偶々なのかは分からないが。
また、他にも俺のようにまともに叫び声を聞いたと思われる仕草をしている仲間が数人いる。それだけに、あの歓喜の声を聞かなかったシュネが羨ましかった。
「シュネは……聞かなかったのか」
「偶然にね」
「本当かぁ?」
「実は予測していたのよ」
少しおどけたような表情をしながらシュネは、舌を出しつつ歓喜の声からの被害を免れた理由を教えてくれた。その仕草自体は、可愛いと思えなくもない。だがそれ以上に俺が脳裏に描いたのは、だったら教えてくれてもいいだろうという思いだった。もし先に教えるなり忠告なりがあれば、俺や他数名のように耳を押さえることもなかっただろう。それゆえに、俺がシュネを見る目はジト目となっていた。
「ひでえ。だったら、教えてくれてもいいだろう」
「ごめんね。許して」
「……まぁ、いいけど。だけど、今度からは教えてくれ」
「りょーかいよ」
ここで許してしまう辺り、惚れた弱みだろうなぁ。
それに、これがシュネ以外だったら、こんな簡単には許しはしないだろう。何となくだが、そんな気がしているのだ。とはいえ、許した以上は根に持っていても仕方がない。だが、今度からは忠告してくれるという言質も得た。なおさら、引きずることはしないでおこう。間違っても、執念深いと思われたくもないからな。
「さて、報酬が入るのは明日か明後日。それとも、もう少し先か?」
「さぁ。フィル・クーガンも言っていたのだから、待ちましょう。それまでは、ゆっくりとしていればいいわ」
『おう』
シュネが仲間にそう提案すると、俺を含めた全員から了承の返答が上がった。
明けて翌日、アループ子爵家の軍所属の艦船が次々とステーションコロニーへ到着しているようだ。どうやら宙賊拠点の制圧も、順調に終わったらしい。拾える通信の内容に、暗い雰囲気などないことからも裏付けられた。
するとその翌日、ギルドから俺宛に連絡が入る。何かと思って確認すると、その内容はアループ子爵家から依頼料が振り込まれたというものだった。思ったよりも早い報酬の支払いに、少し驚いた。すぐにでも確認すると、幾らかだが予想より額が多い。敵の撃破を考えたとしても、これは別にボーナスがプラスされていると思った方がよさそうだ。多分このボーナスは、左翼救援の為としてフィル・クーガンからの命令分が追加されたからだろう。
「ふぅん……全体的に見ればこんなものかな?」
ボーナスの分だけ予想より多くはなったが、それ以外の要素。具体的には撃墜数などを勘案すれば、トータル的には範囲内だろう。要は、過不足がない報酬だと言える。とどのつまり、文句などない。それゆえに俺は、黙って報酬を受け取ったのであった。
別連載の「劉逞記」もよろしくお願いします。
古代中国、漢(後漢・東漢)後期からの歴史ものとなります。
ご一読いただき、ありがとうございました。




