第百七話~情報 二~
第百七話~情報 二~
拠点の制圧に成功したあと、シュネが主体となって敵拠点の中枢にあったコンピューターに記録されている情報を入手する為に手を付けたのであった。
俺は初め、情報の解析を行うのだろうと思っていた。しかし、どうやらシュネの考えは違うらしい。彼女は一まず、コンピューターに記録されている情報の吸出しを行うつもりのようだ。もっとも、それに関しては慎重に行う気らしい。どうしてかと尋ねたら、どこに何でどのような感じで繋がっているのかが分からないからだそうである。
「えーっと。どういう意味だ?」
「データーにアクセスした痕跡とかを残ってしまうと、そこから私たちの動きが相手に知られてしまうかも。相手がいれば、だけど」
「え? そうなのか?」
「あくまで可能性の範囲は出ないけど、あり得るのよ。ううん、それだけじゃないわ。痕跡を残してしまうと、それを手掛かりにこちらが探られてしまうかも知れない。そのようなことを防ぐ為に、慎重を期したいの。だから、少し時間が掛かると思う」
うーん。
やっぱり、よく分からん。何でそういった判断ができるのか、全く持って見当がつかない。だけど、シュネがこれから行う作業に時間が掛かることだけは何となくだが分かった。その掛かる時間とやらがどれだけになるかは知らないが、俺の手にあまり以上は任せることしかない。
まぁ。理想を言えば、こちらの動きが全く相手に勘付かれることなく、コンピューター内にあるだろう情報を手に入れること。これに尽きるのだろう。それには、やはりシュネたちに頑張ってもらうしかない。その意味では、ネルトゥースの移動端末であるネルをシュネが面子に加えたのは流石と言っていいのかも知れない。
「そちらに関しては、任せる。だから、好きにしてくれ」
「分かったわ」
結局のところ、シュネの仕事というか作業が終わるまで動きが取れないのだ。こればかりは、どうしようもない。大人しく待つしかないのが、実情だった。
俺たちが撃退した敵の仲間……先ほどシュネが言ったように仲間がいればの話だが。兎に角、そんな存在がこの地に現れるのが先か、それともシュネの作業が終了するのが先かというある意味でチキンレースだった。しかし、ついにその決着がつく。果たしてそのレースの勝者が誰だったのかというと、シュネである。それは即ち、俺たちの勝利でもあった。
「終わったー」
「おー。言った通り、結構時間が掛かったな」
「シーグも簡単に言ってくれるわね。大変だったのよ、扱ったコンピューターだけじゃなくて色々な場所に痕跡を残さないで作業するのは」
「そっかー。ご苦労さん」
「……また、随分と淡白な態度ね」
「そう言われても、こればかりはな」
俺の態度にシュネは、いささか機嫌を悪くしている。しかし繰り返しになるが、シュネの苦労などよく分からない。何が大変で何が大変じゃないのか、それですら皆目見当がついていないのだ。そんな俺としては、シュネを労うぐらいしかできないのである。
「まぁ、いいわ。何を言っても、不毛な会話になりそうだから。さて、と。じゃあ、ここは破壊しましょうか」
『……え?』
至極あっさりと、それこそ蛇口を捻れば水が出るよねと言わんばかりの当たり前な雰囲気でシュネが紡いだ破壊指令。そのことに、俺やオルや祐樹などは一瞬絶句してしまう。それから暫くしたあとで漸く俺たちの口から出たのは、疑問を表す一言だけだった。
ただ、シュネと一緒に作業をしていたセレンや俊やネルなどからは疑問の声は出ていない。どうやら知らなかったのは、コンピューターの調査に関わっていない俺たちだけらしいようだな。とは言うものの、この拠点を破壊するなど正直に言って寝耳に水でしかないのだ。少なくとも俺は、シュネはこの抑えた施設を研究するなり、コンピューターが持っている機能などを利用するなり思っていた。だが、シュネは至極あっさりと破壊するという。思わず俺が、シュネに対して言葉の真意を問い質してしまっていたとしても、強ち間違いではないだろう。
「えっと、シュネさんや。この施設を破壊すると聞こえてきたんだが……マジか?」
「ええ」
「どうして、と聞いていいか?」
「それはねぇ……こちらをトレースされるような要素を失くす為よ」
自信たっぷりに言うシュネの言葉の意味が、やっぱり分からない。俺が頭の中をはてなマークでいっぱいにしていると、仕方がないわねといった雰囲気を漂わせながらシュネの考えを教えてくれた。その態度に少し腹が立たないわけではないが、今はシュネの話を聞こうと思う。そう考えて、俺は黙っておくことにした。
すると彼女曰く、もし俺が考えた通り持ち帰るなり利用するなりしてしまうと、相手からトレース、つまり追跡を受けたり俺たちの持つ情報が相手に渡ってしまう可能性がある……らしいのだ。そのような事態を防ぐ為、相手の研究ぐらいならばまだしも、コンピューターの持つ機能などの取り込みは行わないと決めていたそうだ。そのようなことがあり得るのかとシュネに重ねて尋ねてみると、全くのゼロではないらしい。だから、初めから排除しておくとのことだった。
「なぁ、シュネ。やっぱり、わからん。どうしてコンピューターを取り込んだりすると、追跡されるかも知れないんだ?」
「あくまで可能性の排除だけどね……前に私が、この拠点のコンピューターに関して言ったことをシーグは覚えている?」
「シュネが言ったこと? コンピューターで? そんなの、あったっけか」
『さぁ』
何とはなしに祐樹やオルに尋ねてみたが、返ってきた言葉の意味は俺と同じである。要するに、俺と同じく思い当たっていないのだ。するとここで、ビルギッタが口を開く。彼女の口から語られたのは、この拠点にあるメインコンピューターの仕様がこの銀河で使用されているコンピューターの雛型に近いということだった。
その言葉を聞いて俺は、そう言えばシュネがそんなことを言っていたかも知れないと思い出す。と言うか、正直に言うと記憶があやふやなのだ。さっきビルギッタが言ったようなことと同じような意味の言葉を聞いた、そんな気がするだけでしかないのだ。
「……あー、あー。そんな言葉を聞いたような聞かなかったような……」
「頼りないわね。私、ちゃんと貴方たちへ言ったわよ」
『すみません』
どうやら、シュネは言っていたらしい。まぁ、言った言わないは水掛け論にしかならないので、答えなど出やしないと思う。ここは、シュネから聞いていたけど忘れてしまったということにしておくとしよう。どうせ、シュネの口では勝てないのだ。ゆえに俺は、取りあえず謝っておく。すると、祐樹やオルも続いている。どうやら、俺たちの中では同じように考えたらしい。そう。俺たちは何か通じ合うようなものを感じてしまったのだ。そんな俺たち様子を見たにシュネはというと、なぜか諦めたように大きく溜息を吐いていた。
シュネの溜息と表情の持つ意味が、どういったものか知らない。しかし、分からんものは、どうやっても分からないのだ。どこまでいっても、俺はシュネのような科学や魔科学の専門家じゃない。これが格闘のことなら、また別だけれどな。
兎にも角にも、シュネの言葉通りこの拠点の破壊が決まったのである。そして破壊する方法はというと、魔術陣砲で消し飛ばす気のようだ。実際、一部とはいえ消失させているのだからできるのだろう。そして、既に魔術陣砲の故障した個所の修理は終わっている。だから、撃てば完全に痕跡すら残さずに消失させられるだろうことは予想できた。
その後、実際に魔術陣砲を放って、小惑星ごと敵の拠点を破壊した。正直に言うと、一撃で終わらせたのは驚いた。威力があることは知っていたが、ここまでとは思ってもみなかったからである。宇宙船や兵装に関してはシュネに任せてほぼ無頓着だったが、流石にこれからは仕様だけでも聞いておくことにしようと心に誓った瞬間だった。何はともあれ俺たちは、ワープを使用してさっさとこの場から離脱したのであった。
ラトル共和国から見て北の方向、銀河で言うと北方地域に当たる。その地域にある主要国家は、アーマイド帝国となる。そのアーマイド帝国内にある一つの惑星系、そこに俺たちは停泊していた。何ゆえに銀河北方地域にあるアーマイド帝国まで俺たちはワープをしたのかというと、そこには当然ながら理由はある。そしてその理由が何であるのかというと、それは俺たちが魔術陣砲で完全に消し飛ばした拠点にあった。
俺たちはそこに据えられていたコンピューターから敵……だと思う相手の情報をそれこそ根こそぎにサルベージしたわけだが、しかしそれだけしか行っていたわけではない。他にも有益な物は何かないかと、拠点を色々と調べていたのだ。もっともたいしたことは分からなかったのだが、その中にあって一つだけ有益となりそうなことが判明する。それと言うのが、拠点の情報が北に向けて送られていたというものだった。
どのような情報が送られたのか、そもそも誰に送られたのかについてまでは分かっていない。何せ、今まさにシュネたちが解析中だからだ。ただ、拠点にあったアンテナが常に北を向いていたのだから、北に何かあることだけは分かったということでしかないのだ。しかもそのアンテナから発進していた波長だが、かなり強い。どんなに甘く見積もったとしても、近距離に向けて送るような物ではない。少なくとも、近隣のラトル共和国やメリア連邦国程度ではないのだそうだ。となれば、方角的に考えても銀河北方地域となる。そこで取りあえずの目標としたのが、銀河北方の主要国家となるアーマイド帝国だ。俺たちはそう当たりを付けて、ワープをしたというわけである。
「シュネたちの解析作業だが、もう少し時間が掛かるらしいぞ」
「そっかー、大変だなぁ」
俺も祐樹も、完全に他人事のように会話をしていた。
どのみち、解析作業に関してはシュネたちに任せているので、スキルもなければ知識も乏しい俺たちでは手出しができない。寧ろ手を出したほうが、シュネたちの死を引っ張ってしまうだろう。この辺りは、仕方がないことなのである。だからといって、ただ待っているというのも芸はない。それに何より、こうしているだけでも懐からお金が消えていく。ステーションコロニーに宇宙船を停泊させているだけでも使用料が掛かるのだから、当たり前である。ましてや、俺たちの生活費もあるのだ。勿論、暫く仕事を受けなくても不自由をしないだけの余裕はある。だが、稼げるなら稼げた方がいいのもまた事実なのだ。そこで俺たちは、手に入れた情報を解析しているシュネたちは残して、取りあえずギルドへ向かってみることにした。
道すがら情報解析を頑張っているシュネたちに思いを馳せながら辿り着いたギルドで、まずは依頼を探してみる。すると、気になる依頼を見付けた。その依頼とは、人員の募集である。しかも募集しているのは、アループ星系なのだ。なおアループ星系だが、今いる星系の隣ある星系だ。
アループ星系の場所は一まず置いておくとして、気になっているのは依頼そのものだ。ギルドに依頼が出される場合、普通は依頼が出る星系にて募集などが行われる。当然ながらその場合、同じ星系内に居るギルドメンバーが派遣されることとなるのだ。余程の人員不足でもない限り、依頼が出された星系以外にまで人員を募集するなどといったことなど普通はないのである。つまり何が言いたいのかというと、同じ星系内だけでは足らずに隣の星系にまで募集を掛けるなどまず有り得ないということだ。それであるにも関わらず、募集が掛けられている。そこには何か隠された理由などがあるのでは、などと俺がそう勘繰ったとしてもおかしくはないのだ。
「うーん。何かがあるとは思うが、それが何なのかが分からない」
「確かに。だけどそれもそうだけど、シーグ。実は俺、他にも一つ気に掛かることがあるんだよ」
「祐樹もか? 俺も何だよ、何だったか……あ!」
そこで漸く、俺は思い出した。アループ星系は、俺たちにとっても関わりがある星系だったことに。といっても、俺や祐樹や船に残っているシュネたちと直接に関わり合いがあるというわけじゃない。だが仲間内で一人だけだが、とても大きく関わっている。それは誰かというと、クルドだった。
クルドの正式な名前は、クスルドフ・ド・アループ。つまりアループ星系とは、クルドの実家となるアループ子爵家の領地なのである。そこでクルドに視線を向けると、彼は驚きの表情を浮かべていた……まぁ、それは当然だよな。
別連載の「劉逞記」もよろしくお願いします。
古代中国、漢(後漢・東漢)後期からの歴史ものとなります。
ご一読いただき、ありがとうございました。




