第百六話~情報 一~
第百六話~情報 一~
敵拠点の中枢を制圧した俺たち。そこには、拠点を司っていると思われるコンピューターが鎮座していた。すると、ここでシュネが本領を発揮する。言わずもがな、工学系こそ彼女がもっとも得意とする分野なのだ。
怒濤のキータッチで、空間投影されたキーボードにシュネは打ち込んでいく。しかも、全く手元を見ていない。次々に現れては消えるモニター画面を視線で追いながら、視線を向けることなく的確に対応して打ち込んでいるのだ。確か、ブラインドタッチとか言ったんだっけか。少なくとも、俺にはできない芸当なのは間違いない。
「俺もできるけど、この速度はないな」
「へー、俊もできるのか」
「一応な」
「俺は、無理だな。全く手元を見ずに、キーボードに打ち込む何ていうのは」
「うん。わたしも無理」
どうやら俊と違って、祐樹や舞華は俺と同様に無理のようで賛同をしてくれている。そして、オルやキャスの兄妹やサブリナも、ブラインドタッチなど無理だと言い切っていた。何せオルとキャスとサブリナは、生粋のフィルリーア出身である。寧ろ、よくコンピューターのキーボードをよく打てるようになったと感心したぐらいだ。
但し、同じフィルリーア出身でありながらセレンだけは別だ。彼女は俊と同様に、ブラインドタッチはできる。その彼女も、シュネほどのスピードでは打ち込めないらしい。それでもブラインドタッチができるだけでも、すげーとは思ってしまうのだ。俺たちはシュネの近くでそのようなことを駄弁っていたのだが、そこでシュネがまるで額の汗を拭うような仕草をしながら息を一つ吐いている。気分転換でもかねて一息でも入れるのかと思ったのだが、実際は想像していたものと違っていた。何と彼女曰く、掌握が終わったというのである。あまりにも予想外の答えに、俺は殆ど反射的に言葉の意味を尋ねていた。 終わったとはどういうことなのだろう、と。その問い掛けを聞いたシュネは、それこそ驚いたような表情をしつつ言葉を返してきたのだった。
「ちょっとシーグ、貴方こそ何を言っているのよ。いま、私が行っていたことが、分かっていなかったなどとは言わないわよね」
「そ、そりゃ、勿論。分かってはいるさ」
シュネが今まで行っていたのは、敵の拠点を司っているだろうメインコンピューターの掌握だ。有り体に言えば、乗っ取りである。誰が作ったか分からないこの拠点にあるコンピューターを、シュネが自由に操作できるようにする為の作業だ。普通と言うかイメージだと、それこそかなりの時間が掛かる。そんなイメージを俺、いや驚いたところを見ればみんなが思っていた筈である。それであるにも関わらず、もうコンピューターの掌握を終わったというのだ。寧ろ、驚くなという方が無理というものではないのだろうか。
「そうよね。ならばどうして、訪ねたの?」
「いや。その、だってさ。俺も知識がないからよく分からないけど、そういう乗っ取りというかハッキング? つまりその手の作業って、時間が掛かるものじゃないのか?」
「うーん。アクセスした結果、大体の構造は分かったから私的にはそう難しくはなかったわよ」
『どういうこと?』
ますます、意味が分からない。
見たことも触ったこともないコンピューターにアクセスした場合、簡単に操作などができるとは思えない。確かに俺は、コンピューターに関する専門的な知識など持ってはいない。だが、それでも簡単に操作できるとは思えないのだ。少なくとも、俺はたった今までそう思っていたのだ。それだけに、シュネの言葉にさらなる疑問を俺が持ったとしても何ら不可思議なことなどない。そう、ない筈である。その疑問に思った点を指摘してみると、シュネから答えが返ってきた。
彼女に言わせると、このコンピューターはこの銀河内に普及しているコンピューターの雛型に近いらしい。しかし有する性能自体は、シュネがついさっき把握して傘下に収めたこの鉅手に鎮座しているコンピューターの方が上らしいのだが。
「……えっと。それっと、どういうこと?」
「デットコピー品が元となっているのか、それとも完品の状態で渡されたけれど再現できなかったのか。流石に流通しているコンピューターの黎明期を知らないから答えられないわ。ただ一つだけいえるのは、このコンピューターを作った人物……まぁ、人がどうかは分からないけど……兎に角、この銀河にある文明に対して少なくはない影響を残したのは間違いないわね」
「そ、そうなのか?」
「そうとしか言えないのよ、現状では。もっと調べたら、違う答えが出てくるかも知れないけれど」
うん。
これは、完璧にお手上げだ。俺には理解不能、そうとしか言いようがない。ここは完全に、シュネの手に委ねてみるしかないだろう。俺は、シュネのような科学者などではないのだからだ。
因みに、フィルリーアに栄えた古代文明との接点はあるのかと、なぜかセレンが尋ねていた。しかしシュネの答えは、接点はないのではないかということである。その根拠は、フィルリーアにいた頃から使用しているシュネによって再現された端末にある。どうやら明らかに、基本となる場所が違うそうだ。
設計や仕様などに、共通点のような物が殆どと言っていいぐらいにないらしい。明らかに、違うコンセプトによって作られているらしいのだ。律儀に説明をしてくれたが、シュネが言っている意味の半分はよく分からない。しかし、違うということだけは理解できる。どっちにしても、俺は専門家じゃない。だから、違うという結果だけが分かればそれで十分だ。
「よし! よく分からないことが、よく分かった!!」
「シーグ……その物言いはどうかと思うわよ」
「どう言われようが、分からない物は分からない。なら、あーだこーだと考えるだけ無駄だ。所詮素人、違うことだけ分かればいい。だからシュネ、あとは専門家であるお前に任せる」
「知ったかぶりをされるよりはましだけど……あー、もう。分かりました。引き受けます。まぁ、元からそのつもりだったからいいのだけれど……セレン、俊。サポートをお願いね」
『了解』
シュネは、セレンと俊という仲間内でもインテリと言っていい二人をサポートに指名している。彼ら三人で、解析を行うつもりらしい。いや、三人だけでなくネルなども加えるらしい。何せネルは、俺たちのメインコンピューターとなるネルトゥースの外部端末に当たる存在だ。それは即ち、ネルトゥースもシュネたちのサポートに入ったのと同じだといっていい。なおさら、知識などない俺なんかが割り込む要素はなくなったというわけだ。
となれば、俺たちがこの中枢に場に残っている必要はない。これからシュネが掌握したこの拠点のメインコンピューターが記録していたデータなどの情報収集が終わるまでは動けやしないのだ。ならば俺たちができることは、シュネたちの邪魔をしないこと。それから、第三者や元来の拠点持ち主からの横やりを防ぐことぐらいでしかない。
俺はこの中枢をシュネたちと拠点の制圧部隊から選抜したアンドロイドやガイノイドたちに任せると、それぞれの愛機に戻ることにした。既に拠点内部の完全制圧は終了しているので、わざわざ侵入口まで戻る必要などない。普通に船の乗り入れができるポートから出入りすればいいだけだ。何せ、ここにはカズサよりは少し小さい大きさながらも、戦艦すら控えていたのである。戦艦一隻と工作艦一隻、それから大型駆逐艦二隻にコルベットクラスの宇宙船が一隻の艦隊規模でしかない俺たちの船が入港するには、十分な大きさを持っているのは想像に難くない。そして、それは間違いではなかった。俺たちがポートまで行ってみると、果たしてそこには広いスペースがある。そこに五隻だけを入港させるのだから、余剰な空間の方が多かった。
「ないよりは、ある方がいいか。それじゃ、入港させるとしようか」
『らじゃー』
実際にカズサを入港させるのはネルトゥースだし、他の船に関してもネルトゥースをコピーした各艦のコンピューターが行う。つまり俺たちは、艦隊が入港してくるのを見ているだけなのだ。
間もなくポート内へと入港した俺たちの艦隊は、床や壁などにぶつけるなどといった間抜けなヘマをすることなどない。静かに、それぞれの船が指定の場所へ着陸していた。
なお、艦隊の護衛機となっている無人機のキュラシャーだが、全ての機体が制圧した拠点内へ入ってはいない。およそ全体の三分の一が、拠点外にまだいて周回している。なぜキュラシャーを入港させなかったのかと言うと、俺たちが押さえた拠点の周囲を展開して索敵兼防衛ラインにするつもりだからだ。
何といってもキュラシャー無人機なので、やろうと思えばそれこそ二十四時間、三百六十五日いつでも展開することができるのだ。しかし実際に、そんなことをしようとは思わない。使えば、それこそ摩耗等をするからだ。
「さーって、周囲に対する警戒網はこれでいいだろう。そして俺たちは俺たちで、必要なことをやりますか」
俺たちがやるべきこと、それは拠点に侵入する際に使った魔術陣砲で吹き飛ばした個所への対応だ。俺たちの進入地点となった場所は、宇宙空間へ直結している。そのままにしておくのは、危険だろう。何より、このままだと通路を空気で満たすこともできないのだ。機械ならばそれでも問題などはないだろうが、実際に生きて呼吸している俺たちがそんなことをできるわけがないのだ。
応急的に隔壁でも降ろして通行不可にしておくのでもいいが、壊したまま放っておくというのも収まりが悪い。それこそ普通に壁でも作って、設備の故障等による万が一の事態が発生しないようにしておく方がいいのだ。とは言うものの、こちらも俺たちは指示するだけでしかない。実際に行うのはアンドロイドやガイノイド、それから修理用ユニットだからである。
「結局のところ、俺たちに仕事はないってことに変わりはないんだけどな」
「ま、指示を出してしまえば、それで終わりだ。強いて言えば近辺の監視もあるけど、それこそコンピューターやアンドロイドたちの出番だろう」
祐樹が言った通り、周囲の監視などコンピューターやアンドロイドにガイノイドへ任せた方がいい。それでなくても、人員は少ないのだ。その少ない人材を、監視要員としてさらに割く理由など全くないのである。
「あとは……やるとしたら、暇潰しも兼ねた周囲の索敵かな?」
宇宙に出て機体を操作することで得られる効果をもし上げるとすれば、宇宙に出たそれぞれが操る愛機の操作スキルが上がるぐらいだろう。しかし、それはそれで無駄というわけじゃない。宇宙艇の操作する腕があるのだから、有効ではあることに間違いはないのだ。だが、年がら年中、訓練に次ぐ訓練などする気はない。俺たちは、軍人というわけではないのだ。ただ、「生き残る為だからやれ!」と言われると断りづらかったりもするけど。
「誰が言うんだよ」
「……えっと……俺?」
「そうなるだろうな。シーグはリーダーだし」
ああ、そうか。この場合、そうなるのか……それこそ、どこのブラック企業だよと言いたくなる。だが、そのようなことを初めから言うつもりはないので安心して欲しい。取りあえず俺たちは、シュネたちの作業が終わるまで半舷上陸(半舷上陸)のような状態で待つこととしたのであった。
別連載の「劉逞記」もよろしくお願いします。
古代中国、漢(後漢・東漢)後期からの歴史ものとなります。
ご一読いただき、ありがとうございました。




