第百話~鍛錬~
記念すべき百話目です。
内容が伴っている……といいなぁ(遠い目)
第百話~鍛錬~
完成した工作艦の慣らし運転という目的もあって、俺たちはラトル共和国の外に出た。だがそこには、新たな建艦で消費した物資の補給を安価と言うか、実質ただで手に入れる為と言う目的もあったのだった。
ラトル共和国の力も及ばない宙域を航行する一方で周囲を探索しているわけだが、残念なことに目ぼしいものは何もない。物資の元になりそうな小惑星も、敵対してくるだろう宙賊もここにはいないのである。その為、とても静かな航海となっていた。だが新造となる工作艦の慣らし運転も兼ねていることを考えれば、寧ろ騒動が起きていないということは有難いといっていいのかも知れない。
また工作艦に関しては、完全にシュネたちが主導していわゆる負荷テストなどを行っている。彼女たちほどには新造工作艦を把握していない俺たちとしては、邪魔にならないようにと周囲の索敵と警戒ぐらいしかやることがないのだ。
つまり、非常に暇なのであった。
「シーグヴァルド様。こちらは、お任せください」
「ということは、ネルが変わってくれるのか?」
「はい。周囲には、特段な危険はないと判断致します。だから、お任せください」
この宙域は完全な無法地帯なので、カズサなど各艦が持つセンサーの感度を最大にしている。しかもそれだけでなく、無人偵察機も飛ばして周囲の警戒を行っているのだ。しかしながら、今まで全く反応はない。自然現象的な問題も、宙賊のような人工的な問題も発生しておらず、完全な凪の状態となっているのだ。この状況では、最大の危険は慣らし運転中の工作艦かも知れない。何せ、どのような不具合が発生するか。そもそも問題が発生するのかしないのかも、全く持って分からないからだ。
しかもその工作艦には、シュネとセレンと俊という実際に工作艦を建艦した三人が乗り込んでチェックやテスト等を行っている。ということは、差し迫った危険はないと考えて問題はないだろう。ならば、この場はネルに任せても問題ない。うん。問題などない筈だ。
「そうか。なら、任せるぞ」
「はい。お任せください」
ネルにあとを任せて艦橋から出た俺は、その足でカズサ艦内にあるトレーニングルームへ向かう。久方ぶりに、目一杯体を動かしたかったのだ。
カズサは戦艦であるが、シュネの設計だからか様々な施設が充実している。彼女は、戦艦としての戦力を最大にまで維持しつつも、生活環境にも配慮した設計を行っていたのである。その辺りは、とても助かっていた。
程なくして目的のトレーニングルームへ到着したのだが、そこは誰も使用していなかった。オルや祐樹などは、それぞれの愛機に乗って宇宙を駆けているらしい。つまりカズサ艦内にはいないので、当然と言えば当然だった。もっとも、それを見越してきたというのもあるが、そこについては置いておくとしようか。
それから服を着替えたあと、俺は怪我をしないように柔軟を行う。十分に体をほぐしたあと、一人で鍛錬を始めた。初めはゆっくりと、それから徐々に動きを早めていく。そうしているうち完全に体が馴染むと、ネルトゥースに鍛錬用の相手を出して貰った。その相手だが、戦闘用にカスタマイズされたアンドロイドやガイノイドとなる。なお、ネルトゥースが呼び出したのは、アンドロイドだった。
トレーニングルームの一角にある道場……シュネに頼んでそのような仕様で作って貰ったの……そこでアンドロイドと相対しながら、俺は身構える。少しの間だが見合ったあと、アンドロイドが動いた。
戦闘用にカスタマイズされていることもあって、その動きは早い。その素早い動きで近付いたかと思うと、アンドロイドが拳を放ってきた。しかし俺は半身になってその拳を避けながらアンドロイドの腕を掴むと、巻き込むようにして投げる。無論、投げる先は床だ。相手がシュネやオル、祐樹などならば背中から落とすように投げるが、相手がアンドロイドとなれば話は別だ。それこそ本気なので、頭から床目掛けて叩き付けるように投げる。しかしアンドロイドは、空いているもう一つの手を伸ばして床につける。そうすることで、頭が床にめり込むことを避けていた。
その直後、その床に着けた腕一本で跳ねるように空中に移動すると、俺からやや離れたところに着地をする。そのようなことをいとも簡単にやってのける辺り、流石はアンドロイだなと思ってしまった。俺でもやってやれないことはないのだが、あれほど高くそして遠くへなど片腕では難しい。もっともドゥエルテクターを身に着けていれば、話は別となるが。
それはそれとして、今度はこちらから行くとしようか。俺は静かに二歩ほど進んだあと、一気に加速して接近する。直前で足元を蹴りつけて空中に飛びあがると、アンドロイドの首へ目掛けて蹴りを放った。しかし、その蹴りはクロスガードで防がれてしまう。だが追撃もなかったので、恐らく耐える為に踏ん張ったのだろう。その隙に、俺は空いているもう一つの足でアンドロイドの肩を軽く蹴って距離を取った。
それから少しの間だが睨み合ったあと、再び俺から動く。今度は蹴りではなく、拳を伸ばしたのだ。するとアンドロイドが、先ほど俺がやったように腕を巻き込むように取ろうとしてくる。その動きは、予想した通りだった。
実は今の一撃だが、フェイントである。そこから変化させて、俺は腕を横に振り抜いた。もっとも、あまり力は入っていないので牽制にしかなっていない。仮にもし当たったとしても、大したダメージにはならないだろう。しかし、今はそれで十分。一瞬だけでも、相手の気をそらすことができればそれでいいのだ。
そしてアンドロイドだが、どうやらその動きは想定していなかったらしい。それを証明するかのように、慌てたように避けている。不意打ちでもあるので普通なら食らっているところだが、あの一瞬で避けることができたのは流石だといっていい。しかし避けたとはいえ、その体勢はかなり悪い。そこで俺は隙を突いて正面から組み付くと、そのまま後ろに放り投げた。
寸でのところで受け身を取ったようだが、体勢を調えていたわけではないので隙は大きい。俺は起き上がる前に素早く組み付くと、アンドロイドの後ろに回る。そこから相手の片足を自分の足で挟み込み、片腕をアームロックで極めつつもう片方の腕で相手の首に回しそして締めあげた。
いわゆる、複合関節技である。
とはいえ、相手がアンドロイドの場合、普通はタップなどしない。最悪、自身の腕を壊してでも反撃してくる可能性もあるのだ。しかしそれでは、毎度毎度完全に壊さないといけなくなる。そして毎回、そんなことをしたらシュネに怒られること請け合いだ。
実際、俺は壊して怒られたことがある。あれは二度と味わいたくない、もうこりごりだ。
するとシュネは、自らの腕を壊すなど人間ならばできない動き、もしくはしないような動きを行わないように修練用のアンドロイドやガイノイドにはプログラミングしている。その上で、閉め技などで意識が落ちるような状況となり、しかも外せないような場合には終了となるようにもプログラミングしたようだ。その為、呼吸をしないアンドロイドが相手でも鍛錬の上では閉め技は有効となるのだ。
因みに、実戦を行うアンドロイドやガイノイドにはそんなプログラムはしていないらしい。まぁ、生死を賭けた戦いで、そんなプログラムがあったら邪魔でしかないので当然だろう。
話を戻す。
その時、アンドロイドの抵抗が止んだ。どうやら、閉め技によって落ちたかタップしたのと同じ状態だとプログラム上で判断されたらしい。そこで技は解くが、その一方で残心は怠らないでおく。最悪、実戦の場でも、降参したふりをして隙を突いた反撃をしてこないとも限らないからだ。しかし、反撃はなかったのでどうやら本当に判定上は締め落したとされたようだった。そこで漸く残心を解くと、俺は大きく息を吸う。それからゆっくり息を吐くという動作を何度か繰り返して呼吸を整えると、次の鍛錬に移っていた。
次は対戦ではなく、棒術の鍛錬を行う。用意された案山子のような標的に対して、初めは短杖の状態で両手に一本ずつもちながら打ち込んでいく。その後、短状を繋げて一本の棍にして打ち込み続けた。動きを確認するように次々と打ち込んだあと、最後に棍の両端から魔力の刃を出す。その刃で案山子を袈裟切りにすると、棍の反対側に発生させた魔力の刃で残っていた案山子を切り払っていた。
最後に、先ほどと同じように残心をしてからその鍛錬を終える。するとそこで、拍手が聞こえてきた。棒術の鍛錬をしている途中で感じた気配から戻ってきていたのは知っていたが、拍手をしているのはオルである。果たしてその近くでは、祐樹が感心したような顔をしていた。
「戻ったんだな」
「ああ。でも、流石だな。俺とは、全然動きが違う」
「そりゃぁな。これでも子供の頃から、修練を重ねてきたんだ」
祐樹は、フィルリーアに現れてからの数年しか戦うことに触れていないらしい。彼が地球にいた頃は、学校での選択授業ぐらいでしか行っていなかったそうだ。その程度しか武術に触れたことがない祐樹が、俺と同等の動きができる筈もない。祐樹たちもフィルリーアに呼び出されてから数年ほど実戦を経験したとはいえ、所詮は数年でしかないのだ。というか、その僅かな期間で俺と同等の動きができるというなら、間違いなく天才だろう。そして残念ながら、祐樹にも舞華にも俊にも天賦の才などないのである。
あと聞いた話だが、選択授業で選べたのは剣道と柔道だったらしい。
「どうだ。稽古をつけてやろうか」
「そうだな……お願いします」
「じゃ、着替えてこいよ」
『応っ』
祐樹だけではなく、オルも俺の言葉に返答したのであった。
ラトル共和国を出てから半月、工作艦の慣らし運転はほぼ終わっていた。その習い運転の過程で見付かった不具合も幾つかあったようだが、今はもう完璧だそうだ。その間、俺や祐樹たちがずっと暇だったのかというと、実はそうではなかった。
初めのうちは無法地帯であるにも関わらず平穏だったので、俺たちは鍛錬などに時間を費やしていた。しかしそれも、小さいながらも小惑星が集まる領域を、偶々見付けるまでだった。
理由は分からないが、小惑星が集まる場所があったのである。シュネに言わせると、重力によるものらしい。専門的なことは分からないが、ここで問題なのはそこに資源となる小惑星の集まりがあったことだ。何せ今俺たちがいるこの領域ならば、勝手に小惑星から採掘しても盗掘には当たらない。流石に国の外にあるものまでは、誰も文句など付けようがないからだ。
もし小惑星帯を見付けていれば、ラトル共和国か冷戦状態にあるメリア連邦国。もしくは両国の衛星国辺りが、手を伸ばしているだろう。それらから手が伸びておらず主権を主張していない時点で、誰でも手にすることができるのだ。
そう。
それが、宙賊であってもである。つまり、俺たちと宙賊はその小惑星が集まっている領域で何度か相対したのだ。とはいえそれは、既に何度も経験している戦いでしかない。相手も、大規模というほどの規模ではなかったこともあって、戦闘でそれほど苦労することはなかった。
何せ、ちょうどいいからと、ネルとネルトゥースが指示する艦隊戦闘での練習台に選ばれたぐらいである。そのようなことができるぐらいの勢力でしか、なかったのだ。
それでも、戦闘を行う時は常にシュネが艦橋に控えていた。それは万が一を考慮してであったが、流石はネルとネルトゥースである。それも、いらない危惧でしかなかった。これならば、俺やシュネが艦橋にいなくても任せることができる。大規模戦闘を経験していないことはネックなのかも知れないが、そこはシミュレーションでどうにでもなるらしい。この辺りは、コンピューターの持つ特権なのだろうと判断した。
だがこのお陰もあって、俺も艦橋から解放されて前線に出られるようになった。もしこの先、シュネが船の開発等で艦隊から離れたとしてもネルたちに任せられるだろう。そしてそれは、俺としてもありがたい。仕方がなかったとはいえ、旗艦の艦橋から指揮を出すと言うのはそれなりにストレスが溜まるのだ。
そしてそのような状態からの解放は、正に俺としても喜ぶべきこと。これで、心置きなく戦えるからであった。
別連載の「劉逞記」もよろしくお願いします。
古代中国、漢(後漢・東漢)後期からの歴史ものとなります。
ご一読いただき、ありがとうございました。




