第九話~移動~
第九話~移動~
オルの妹となるキャスが罹っている病気が魔力過多症だと判明する。しかし、聞き覚えのない病名に、思わず眉を顰めたのであった。
魔力過多症という名を聞き、眉を顰めて訝しげな表情をしている。そのことに気付いたのか、ヘリヤが説明をする。
彼女曰く、魔力過多症とは個人が持つ魔力があまりにも大きすぎる場合にのみ発症する可能性がある病気であるらしい。しかも魔力が大きいからといって、必ず発生するわけでもない病気でもある。さらに不思議なことに、十二才より下の年齢の子供にのみ発症するというのだ。
つまり、とても珍しい病気であるのだそうだ。
だが、それだけではシュネが驚いたりする筈がない。彼女が驚きを見せたのには、勿論わけがあった。そのわけとは二つあり、一つは魔力過多症そのものである。だがそれ以上に、症状を発症したのが獣人だからということの方が大きかった。
基本的にフィルリーアの住人であれば、魔力の大小は別にして普通に扱っている。だがその中にあって、獣人は扱える魔力が少なかった……というのが世間一般の認識なのだが、実はこれも正解ではないらしい。
正確には、魔力の一部を自身の身体能力向上に振り分けている為にその分だけ魔力が減り、結果として魔力が少ないと判断されるらしい。しかも、その行動は本能的に行っているというのだ。
何であれ、獣人は普段から魔力の一部を恒常的に使用している。その為、高い身体能力を有するのだ。つまり、普通であれば獣人に魔力の多さを原因とする症状が発生することはまず有り得ないということである。しかしキャスは魔力過多症を発症して、そのことが原因となり体調を崩している。だからこそ、シュネが驚きを表したというわけであった。
「でも、あり得ないわよね」
「持ち込んだ検査用魔道具を使用しての判断です。ゆえに、ほぼ間違いはありません」
「だけど獣人って、恒常的に一部とはいえ魔力を使用しているわよね。その獣人に魔力過多症って……」
「はい。普通では、あり得ません。実際、研究所に残っているデータの中にも、殆どありません」
その時、ヘリヤの言葉に違和感を持った。
今、ヘリヤは殆どと言った。それはつまり、症例がゼロではないということになる。どういうことだろうと内心で思いつつ、その点を指摘してみた。
「殆どと言ったが、それは中にはその魔力過多症に罹った獣人がいるということか?」
「その通りです。数は極端に少ないのですが、確かに症例はあります。そして魔力過多症になった全ての獣人には、ある共通点が存在しています」
『共通点?』
「その共通点とは、罹患した全ての獣人が、先祖返りであったということです。つまり、キャスちゃんにもその可能性がありえます」
獣人は神獣や聖獣などといった、力がありしかも理性や知恵がある生物の子孫とされている。そして古代文明期には、それは定説であった。何せ古代文明期では、DNA鑑定もできたらしい。そこから導き出された答え、それが神獣や聖獣が獣人の祖先であるという事実であった。
「先祖返りね。それなら、有り得るわ」
「はい。それとこちらも憶測ですが、オルトス君にも、先祖返りの可能性があります」
「マジか! だけど、魔力過多症に罹った獣人が先祖返りとなるのだろう?」
すると、ヘリヤは首を振って否定した。どうやら、先祖返りの獣人全てが魔力過多症に罹るというわけではなないらしい。だが、魔力過多症に罹った獣人が全て魔力過多症であったということに間違いないということだった。
「妹のキャスちゃんに先祖返りの可能性がある以上、兄となるオルトス君にも可能性が存在します。ですが、本格的に調べるには研究所に戻らないといけません。何より、キャスちゃんを確実に治療する為にも、機器が整っている研究所の方がよろしいと存じます」
魔力過多症はそこまで重症なのかとの、驚きがある。同時に、よく治療できる人がいたなと感心していた。
それはそれとして、これからどうするという問題となる。オルの妹となるキャスの診察もできたし、彼女の病気の確定までもできた。だが、魔力過多症に加えて獣人の先祖返りなどという状態も付属されている。当初は病名も知らなかったこともあって、そう時間も掛からずに治せると軽く考えていたのは事実である。だが、ここまでとなると確かにヘリヤの言う通り研究所まで連れて行く方がいいようにも思えた。
そのヘリヤだが、なぜか表情が厳しい。病気の詳しい状態が判明したのに、そのような表情をしていることに眉を顰めたが、とりあえずその眉を戻してから彼女に厳しい表情をしている理由を問い質してみた。
するといささか躊躇いながらであったが、彼女が抱いている懸念を口にする。ヘリヤが懸念を抱いたこと、それは魔力過多症の治療が現代のフィルリーアでは非常に難しいということであった。
ヘリヤは古代文明期の医学に精通し、その上地球の医学すらも断片的だが自身に取り込んでいる。そんなヘリヤが、完全な治療の為には研究所の施設が必要だとまでいったのだ。それだけでも、魔力過多症という病気が難病だと想像できてしまう。その難病を治療できるという人物が、現代のフィルリーアにいるということが信じられないらしいのだ。
基本的に、封建制と言って申し分ないフィルリーアである。もしそのような医者がいたら、国やそれに準ずる機関や組織が囲っていても何ら不思議はない。確かにその点を考えれば、そんな高レベルの医者が民間にいて、しかも普通に医療行為を行っているとは考えづらかった。
「となると、似非医者か……それとも、別に目的があったのか」
「普通ならあり得ないけど、オルトス君とキャスちゃんが先祖返りの傾向があることを考えれば有り得ないとは言い切れないわね……よし! やっぱり、私たちで治療をしましょう」
「助けるのは吝かじゃないし、そもそも俺が相談したのが原因だから異論はないけど……いいんだな」
「ええ。それに二人ともいい子みたいだし、見捨てるのは忍びないわ」
シュネも、研究所での治療に前向きらしい。ならば、あとはオルとキャスの兄妹を説得するだけである。基本的にただとなるので、説得はし易いだろう。多分……大丈夫な筈だ。
考えれば考える程に自信がなくなりそうになるので、オルとキャスへ早々に話を打診。すると二人は、まず治療をしてくれるということに驚きをみせる。同時に感謝もされたが、治療代がただという点には難色を示していた。
「何で遠慮する?」
「恩は必ず返しなさいと、親からいわれていたので……ですから、必ず掛ったお金は返したいです」
「そうか、亡くなった親の言葉か。そういう理由なら、仕方ないか」
このことだけでもいい兄妹だなと思える、それだけにキャスが不憫だと感じてしまうのだ。しかしこのままでは、話が進まない。そこで、シュネと話し合って俺たちから条件を出すことにした。
こちらの出した条件は二つ、一つは治療に関して一切他言無用というもの。そしてもう一つ、足りない治療代は俺たちのところで働いて返すという条件であった。少しだけ、金銭奴隷に近いかも知れない。だが金銭奴隷のように誰かの所有物になるといったことはないので、奴隷を扱う奴隷商人を介在させる必要もなかった。
「何か、丁稚奉公みたいね」
シュネに言われて、なるほどと納得してしまった。
確かに俺たちと働くということは、そのまま行商の修行をしているようなものだといえるかもしれない。とはいえ、少々特殊なやり方をしているので、本当に行商の修行となるかは分からない。だが、商売のやり方自体は変わらないのでやはり丁稚奉公といえるかも知れなかった。
そしてそれは、オルとキャスの兄妹にとってもメリットとなる話である。行商とはいえ、手に職がある状態となれる。両親も亡くなり、代わりの保護者がいない。何より、成人も迎えていない兄妹にとってみれば悪い話などではない筈なのだ。するとその条件で、オルとキャスも納得したようである。
そして出発だが、明日以降となる。オルも、長年過ごした村と離れる前に村長や村人に挨拶をしたいらしい。村八分などといった理不尽な扱いをされていたのならば別だろうが、普通に村で暮らしていれば当然だろう。その点には、俺たちも同意していた。
また、出発までだが、キャスにはアリナを付き添わせることにする。それは、いつ魔力過多症が出るか分からないからという理由だった。つまり、キャスは変わらずに相当悪い状態である。そこで、医者であるヘリヤの他に、身の回りの世話を行う者としてアリナを付けることにしたのだ。
彼女は可愛いもの好きが高じてなのか、子供を可愛がる傾向が出始めているとシュネから聞いたことがある。ならば、まだ幼くまた可愛くもあるキャスの面倒ならば、言いつければ聞くだろうと考えたのだ。その旨を伝えると俺付きということでアリナも難色を示したが、お願いとして頼み込むことで了承させた。
明けて翌日、昨日と同じく広場で店を開く。今日は、総勢四人で販売を行った。人手は十分であるし、販売も三日目ということもあってか楽だった。
それは同時に、稼ぎが少ないということでもあるのだが。
一方でオルは、村を離れる前の挨拶回りにいっている。村長を始め、亡くなった両親も含めて一家が世話になったという村人宅へ訪問している筈なのだ。
朝に聞いた話では、基本全ての家に向かうらしい。村として大きいというわけではないので、それぞれの家に何らかの繋がりがあったのだろうことは想像できた。幸い村の規模に比例して人口も多くはないので、挨拶回りは何日も掛からない。多分、今日か明日で終わると思う。そう、オルは言っていた。
そんなこともあり、出発の前日まで商売を行うことにしている。そして、当初の予定通りに挨拶回りを終えた日の翌日、オルとキャスの兄妹を幌馬車に乗せて村を離れる。その際、幌場所のうしろから兄妹は見送ってくれた村人に手を振って答えていた。
暫く道沿いに進み、視界から村が見えなくなった頃、馬車を停止する。何かあったのかと兄妹が不思議そうな顔をしているようだが、二人の対応はシュネやアリナたちに任せて研究所に連絡する。相手は、いうまでもなく研究所の中枢となるネルトゥースだった。
≪何用でしょうか、シーグヴァルド様≫
「転送を頼む」
≪承知致しました。少しの間、動かずにお願いします≫
「分かっている」
≪……では、転送を開始します≫
ネルトゥースの言葉が通信機か聞こえてくると同時に、こちらへ光が現れる。その光によって全員が球形状に包まれると、次の瞬間には研究所へ転送された。転送自体は何度も経験しているので、別に驚きはない。それから俺は、転送機の上よりやや下側へ視線を向けつつ手を挙げる。そこには、転送機の機械的操作を担当するアンドロイドがいた。
そう。
ちゃんと、男性型もいるのだ。世話という意味では女性体となるガイノイドの方が見た目的にもいい。だからといって、全て女性体だと今度は俺の方が辟易してしまう。女性ばかりでは、男同士の馬鹿話一つできないのだ。
とはいっても、当初はアンドロイドがいても馬鹿話などできなかったものである。何せ情報の蓄積はできても、応用という意味では全く運用できない。だが、AIのお陰もあって最近はできるようになってきていた。
「……はぁ~」
「……ふゎあ~」
その時、オルとキャスが声をあげる。そちらを見てみれば、二人は目を白黒させていた。まぁ、物珍しいのだろう。実際、珍しいのは間違いない。何せ、遺跡と似た建築物でありながら朽ちていないのだ。
ただ、オルにしてもキャスにしても村からは離れたことはないといっていたので、見比べるなどできないのだろうが。
「さてと、我らが家「研究所」へようこそ。歓迎するぞオル、それとキャス」
『は、はい!!』
「では取りあえず、治療を始めようか」
「え? そうだ! お願いします」
「お願いします」
「そこまで、畏まらなくていいって。ヘリヤ、頼むぞ」
「はい」
その時、転送機のある部屋の入り口が開き、女性が二人ほど入ってくる。そのうちの一人がストレッチャーを押しているので、キャスを乗せる為だということは分かった。その現れた女性のうち一人は、イルタである。彼女は、ヘリヤと同じく医療を担当するバイオノイドとなる。
そしてストレッチャーを押しているのがエルヴィであり、彼女もまたバイオノイドである。だが彼女は、いわゆる看護師となる。つまりこの三人で、キャスの魔力過多症の治療を行うことになるのだった。
続けられました、連日更新。
ついに、研究所へ関係者以外が入りました。
シーグとシュネは別として、初めてのお客様です。
ご一読いただき、ありがとうございました。