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LOVE STORY  作者: 佐々宝砂
6/6

LOVE STORY 6

ビルより高いゴミ山の麓で煙にむせながら

若い女が子守唄をうたっています

私はその唄に耳を傾けていたいのですが

急がなくてはなりません

どんどん遡ってゆかなくてはなりません

大急ぎで移動しなくてはなりません

強制収容所の便所に流されてゆく赤黒い塊

極限の状況下すてられてゆくちいさなもの

そうです私はそのちいさなものを拾いあげるのです


熱帯雨林のねっとり豊饒な大気に身を浸して

半裸の女が親のない子豚に乳を与えています

拾いあげてきた汚物まみれのぐしゃぐしゃの塊を抱きしめ

私は半泣きになってその情景をみています

満足した子豚が女の手から離れたのを見届けて

私は粘液だらけの胞衣えなに包まれた塊を女に預けます

女は私のことを森の精霊だと思っています

それで女はその塊を受け取って抱きしめます

先月まで孕んでいた女はまた孕むことになるのですが

女は貧しいしこの村は水銀に汚染されつつあるので

それがよきことであると私は断言することができません


さてそれから私はまた遡ります

焼け残った校舎の片隅なんの目隠しもないところで

産声があがりそれからすぐに聞こえなくなります

化膿した火傷の臭い糞尿の臭い絶えず聞こえるうめき声

私はその事実に涙したくなりますが

泣いてる時間はないので

だらりと横たわる青ぶくれのチアノーゼの首ねっこをつかまえ

足をつかんでぶらさげてそのお尻をひっぱたきます

かよわい泣き声がちいさなくちびるから漏れるのを確認して

私は空に飛びあがります


次の目的地は永久凍土にぽつんと立つちいさな家

家のなかは暖かくむっとする臭いがこもっています

家畜の糞を毛皮に裸足でこすりつけて

女が皮をなめしているのです

ソビエト時代に大学を出たこの女はもう若くありません

女は私と少し似ています

私は家の入口に赤ん坊を置きます

赤ん坊は火がついたように泣きます

女は毛皮をなめすのをやめて泣き声のもとに駆けつけます

女も赤ん坊もモンゴロイドですからまあここは何とかなるでしょう


さてそれから私は海辺の町に降りたちます

猫が踊り狂うその町で

涎を垂らし四肢を突っぱり叫ぶ子供を抱きあげようとして

ああタイムリミットです

私はここにいられないのです

私は透きとおり希薄になり重みを失い

雲散霧消してゆきます……








女の臓器はあまりにも疲弊していて

臓器移植には適さないのだと医師が説明する

それを聞いて夫は内心ほっとしているが顔には出さない

現世ではなにもなしえなかった女

その臓器さえ役立てることができなかった女

たったひとりの子も育てなかったその女はほほえんでいるが

夢みたできごとは夢に過ぎないのだと教えるものはいない

世界は何ひとつ変化せず

ゴミ山は今日もくすぶって毒煙をあげ

水銀はアマゾンの河にながれ

歴史の教科書は素っ気なく伝えたいことだけを伝えている






2003年ごろに書いたものだったかなと思います。今やスモーキー・マウンテンは閉鎖されました。人は住んでいるようだしスモーキー・バレーなる別なゴミ捨て場もありますが、煙はあがってないかもしれません(とはいえ空気は悪いでしょうね)。アマゾンの水銀汚染もかつてほど深刻ではないようです。「世界は何ひとつ変化せず」と書いたのだけは嘘だったなと自分で思いました。世界は、変わります。当たり前ですがいいほうに変わることもそうでないこともあります。

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