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LOVE STORY  作者: 佐々宝砂
3/6

LOVE STORY 3

待っているずっとずっとあのかたの帰りを

ダークグリーンの壁にツタアジサイを這わせ

薄青い窓ガラスをシェービングクリームで飾り

玄関にはノッカーがわりに古い木の人形をさげた

あのかたが帰ってくる家を間違えたりしないように

それから寝室には酢と灯油をふりまき

ベッドサイドには十五種類の辞書を揃え

カーテンはみんな引き裂いて葉巻にして

冷蔵庫には三十年前のレコードをしまいこみ

オーブンのなかには生焼けのナマコ

居間には真新しい靴を十八足ピラミッドに組んで並べた

わたしはそれらを取り揃えた

すべてあのかたが命じたように


もちろん待っているのは楽な仕事じゃないのだけれど

ありがたいことに工場はくびになったし

母さんは泣きながら出ていったし

近所づきあいは免除された

(ときどき民生委員がくるのはまあ我慢するとして)

あのかたを待つのがわたしの仕事

あのかたがいついらしてもいいように

みぎれいにみがきたてた身体に松ヤニを塗り

スパンコールを散りばめたワンピースを着て

長い髪は水飴でかためた


待っていたあのかたがここに帰ってくるのを

待っていた待っていた待っていた待っていた

待っていたあのかたがここに帰ってきて

すべてまちがったことをただしてくれるのを


あのかたは舟にのって帰ってきた

なんとうつくしい舟だろう

球形のその舟は豪勢なシャンデリアのように光り輝き

七色の吹き流しを四方八方になびかせ

春の猫のようにしとやかにわたしの庭に舞いおりた

あのかたは舟の頭頂部からその身をあらわし

九本の突起物のそれぞれに黄緑色の目をひからせ

玄関にさがった人形のあたまをぽんと叩いた

どぎつい赤に彩色された人形のベロが飛び出すと

あのかたは全身を震わせて声ひくくお笑いになった

これでよかったこれでよかったのだと

わたしはぽろぽろと涙をながした


居間でくつろぎながらあのかたは

十八足の靴を三十六本の足に履き

生焼けナマコを暗緑色の口吻で吸いとった

冷蔵庫から出してきたレコードはパリパリと音を立てて割れる

ああこんな時間をずっと待っていたのだわたしは

あのかたは十五冊の辞書を次から次へと手繰り寄せ

あのかたの薄紫色の肌はさまざまな言語でいろどられる

やさしい酢と灯油の香りにつつまれて

わたしは夢見心地に倒れこんでゆく

あのかたの六十九本の触手のなかへ



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