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LOVE STORY  作者: 佐々宝砂
2/6

LOVE STORY 2

河は深く流れは緩く

浅瀬には濃みどりの藻が繁茂し

梅に似た白い花を咲かせていた

少女は約束を覚えていたから

泳いでいたのだけれど

河は月に向かったりはしない


会いたい一心で

握り潰した生米が餅に変わるならば

会いたい一心で

握り潰したその身は何に変わるのか

咲き誇る深紅の躑躅は

教訓を伝えぬままに枯れてゆく


少女は青い光を愛した

月夜より雷雨の夜が好ましかった

河の水に濡れそぼつ身に

雨など何ほどのこともない

月は遠すぎるけれど

雷はここまでやってきてくれるかもしれぬ

けれど雷さえも少女を敬遠するのだった


気怠い午後は泳ぐのをやめて

流れに身をまかせた

そうしていると

車のエンジン音が聞こえるようであった

道路はどこにも見えなかったが

夜はまた雨になるのだろう

それで遠い音が聞こえるのだろう


夜が来たからとて眠りはしない

泳ぎ続ける少女の腕は鰭と化し

両足は癒着して尾鰭となった

脳髄には淡緑色の藻を茂らせ

髪には赤茶色のプランクトンを住まわせ

首筋に鰓ができる日はそう遠くなかろう

まだ人のそれとさほど変わらぬ肺に

切ない願望が漂ってはいるものの


腹が減れば魚を捕らえた

生きたままばりばりと噛み砕く

時折は兎や鼠を食った

顎から額まで真っ赤な血で汚して

かつて少女であったその生き物は

月を仰いで歓喜の声をあげる


夜も昼もゆるやかに流れるその河を

それはなおも泳ぎ続ける

人のかたちはもはやどこにも見いだせぬ

あざらしのようだった前鰭は萎縮し

髪はすっかり抜けてしまい

血液は水温と同じまでに低下し

全身を青黒い鱗が覆っている


……この物語には終わりがない

終わりがあるものなど愛の物語ではない

時が歩みに倦み

膨れ上がった宇宙が振動を止めても

それは永久に泳ぎ続ける


変形を繰り返した身体は今や海月のように透明

それはひらりくらりと裏がえりながら

深くゆるやかなどこにも注がない河を

どこにもない月に向かって泳いでゆく


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