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LOVE STORY  作者: 佐々宝砂
1/6

LOVE STORY 1

点火のための火は用意されていますが

まだそのときではありません


灰が雪のように降ります

あたりはいちめん真っ白でまるで真冬のよう

時折灰色の空に青いものが光りますが

あれは稲光ではありません

ごくまれに地平線の向こうで赤いものが見えますが

あれは夕日ではありません

なにもないかに見える砂漠にも生きるものがいるように

この不毛に見える汚染されつくした荒野にも

生きるものはあるのです

だからわたしはこうしてここを歩いています


あなたはカナリヤを一羽カゴにいれて

鉱山を掘り進んでゆきます

頼りない蝋燭を一本だけ灯して

どんどんどんどん掘ってゆきます

あなたのうしろには道ができ列ができます

まあなんと不様な生き物の群でしょうか

胸から短い腕を生やしていたり

足のかわりに醜いイボがふたつあったり

まんまるな手も足もない身体に黴をまといつかせたり

頭は猫で身体は蛇で足は蜘蛛みたいに八本あったり

でも彼らはあなたの従者です

あなたの大切な従者なのです


やがてカナリヤが息絶え

食べるものも飲むものもなくなり

蝋燭の火さえ消えて

不様な生き物たちが飢えをあらわに叫びだし

それでもなお掘り進んでゆくと

あなたのまえに石の花咲き乱れる広間があらわれます

したしたと水をおとす水晶

孔雀石

ざくろ石

石の花々をうつくしく照らし出すのは

燃え上がる溶岩

それは煉獄の炎ですが

あなたの従者たちが飛びこみたがります

あなたはすべてを見届けなくてはなりませんし

カナリヤの亡骸をまず火に投げなくてはなりません


さてわたしは夕飯を食べるといたします

祭壇に捧げられた犬が

真っ青な血ときいろい汚物を流しています

白亜の壁はもう汚しようがないほどなのに

わたしはまだそこに血を塗りつけるつもりなのです

でもそれはまだあとでやるべきこと

叫び声を首尾整えてかばんにしまって

それからそのへんを這い回る芋虫をつかまえて

ぎゅうと絞ってエキスをつくります

苦くないけれどひどく不味い嘔吐を催すそのエキスを

えいとばかりに飲み干して

それから腐りはじめている犬の肉を汚物ごと食いちぎります

あまり美味しい夕飯ではありませんね

見たくないひとはあっちを向いていていいのですよ


朝がくるまえにわたしは死にましょう

ええ時が到れば朝がくるでしょう

いまここに生きるわたしには

抱きしめることができないほど大きな朝日

白亜の壁はあざやかな橙赤色に染まりましょう

そうしてわたしの腕から小麦が生えてくるでしょう

わたしの足から大麦が生えてくるでしょう

わたしの頭から豌豆が生えてくるでしょう

口からジャガイモが耳からタロイモが

目からコーリャンが鼻からトウモロコシが

胸からは稲が生えてくるでしょう

そうしてわたしは叫びをあげるでしょう


おなじころ地下の灼熱の高炉から

やわらかな肌に薔薇色の火をともした

ちっちゃな愛らしい生き物たちが次々と生まれてくるでしょう

そうしたら火を点けてあげましょうあなたに

あなたのために用意してきた火を


でもまだ時は到らない

あなたは闇を掘り進んでゆかなくてはならないし

わたしは汚物を食べつづけなくてはならないのです





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