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☆第1話 夜空から青空へのタイムリープ

挿絵(By みてみん)




 たとえば過去に戻れるボタンがあるとしたら、あなたはそれを押しますか?



 過去に戻れば、失敗したことをやり直せるかもしれない。人生のリスタート。


 私も一度くらいはやり直したいと思ったことがあるけれど、本気なんかじゃなかった。

 だからなぜ、自分がこんな事態になっているのか分からない。



 二十三歳、独身女性。伊壺心理(いつぼここり)という、少し珍しい名前であるだけの私は――――今、四歳児になっていた。




 ☆




「約二十年分、過去へと時間がとんだ……いわゆるタイムリープってやつ?」


 読んだ漫画の中で見かけただけで、それ以上の知識なんてない。

 きっかけもない。自殺したとか、激しい後悔があるわけでもない。


「ほんの十分前は、仕事から帰って家の玄関があいたとこだったはずなんだけど」


 ドアをあけたお母さんの手がみえると思ったら、急に視界がかわって、自分の体をみてみると小さくなっていたのだ。


 確認するように一人でつぶやき続ける。


「夜だからかなり暗かったはずなのに、今はきれいな青空のお昼かあ」


 体を見ただけで四歳児だと分かったのは、幼稚園の服――スモックの胸元についたワッペンの形がサカナだったからだ。三歳の年少クラスがぺんぎん、四歳の年中クラスがサカナで、五歳の年長クラスがクマ。


「サカナって、ぺんぎんとクマに挟まれた年中クラスは捕食対象じゃん! せめてラッコとかに……じゃなくて!」


 まるまるした可愛らしい手で、ズビシと空中ツッコミをする。


 雑な一人漫才だが許してほしい。とつぜんの『記憶は大人、見た目は子供』状態に混乱中なのだから。

 かれこれ十分間ほど、つまりタイムリープしてから同じ思考がずっとまわっている。そもそもこんな状況で誰に許しを得るというのか。



「……ふー。よし、だいぶ落ち着いてきた、うん。せっかくタイムリープしたんだ、有効に活用しよう」


 背伸びをするくらい大きく深呼吸する。

 森にちかい幼稚園の庭だ、空気はおいしい。


「まず仕事がない、パワハラ上司もいない。面倒くさい同僚はいないし、責任のない仕事のわりにある残業もない。……ひかえ目にいって最高なのでは?」


 ないない尽くしの現状に、四歳児が浮かべてはいけないであろうニヤケ顔をしてしまう。

 たまたま通りかかった園児の女の子が、びくりと顔をこわばらせ駆けていった。隅とはいえ幼稚園の庭なので、大人の(・・・)笑みは自重しよう。


 ふんわりと優しく、涼しく風がふく。右手にある森からきた風だ。


「そっか……。過去にもどったなら、仕事もやり直せるんだよね。なれるかもしれない、本当にやりたかった仕事――――イラストレーターに」


 この状況になったからって、なれるとは限らない。そもそも、大人の頃でもやろうと思えば練習することはできた。


 働いてて時間がなかった。大人になってからじゃイラストも大して上達しないとあきらめてた。

 分かってる。そんなの理由にもならなくて、すべて私の怠惰によるものだってことは。


「でもこれは、神さまがくれたチャンスかもしれない……! なら、たくさん練習して夢に向かって頑張ってみて、それでダメでも自分を褒められる。ううん、なれるまでやってみよう」


 アドレナリンが湧いてきた。武者震いというやつだろうか、握ったあたたかい自分の手がぷるぷるしている。

 自然とほほが上がり、目を大きくひらいて――ふふ、今度こそ子供っぽい表情になれたかな?



「家のほうも上手くいってなかったし。そっちも一緒に考えて……おっと」


 ぽーんと、足元にきいろいボールがとんできた。はずんだそれを、少し大きいため、体全体をつかって受けとめる。


 なんの変哲もないただのボール。


 私は、つかんだボールに目が釘づけになっていた。



「家族。こど、も」



 一気にからだの温度がさがったのが分かった。



「……ああ、あああ! なにが。なにがチャンスだよ、私」



 砂場から、ボールを追って向かってくる男の子がみえる。


 ゆっくりとそちらに視線をうつせば、元気にはしって勢いのままころんでいた。



「長女なのに。私は、二人のお姉ちゃんなのに!」


 目の前の男の子をみながら、脳裏にはべつの顔がうかんでいた。


 私には妹と弟がいる。

 二人は年子で、妹の愛加(あいか)の一つ下が、弟の一希(いつき)


 さっき確認した通り、今の私は四歳児になっていて。



 (あいか)は私と――――五歳はなれて(・・・・・・)いる。




「ど、うして……どうして」


 私の口からぽろぽろと、小さく声がこぼれてゆく。


 目の前でころんでしまった男の子は、すりむいた膝を見ようともせずに立ち上がろうとしていた。

 それを見つめながら、私はその子に手を伸ばすことはできなかった。


 抱きこんだボールを持つ手がふるえる。



 ねえ、神さま。どうして私を――……



「二人の生まれる前にもどしたの……?」




 森から一筋の風がふく。


 たいして強くない風。

 けれど身をすくめた私の、手にはつめたく残っていた。





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