【5】
担任の男が、髪の長い女性を紹介した。
「本校の卒業生で、現在は建築設計の事務所に勤めている野嶋美砂さんです。今日はみんなの進路に役立つことがあればと思って、先輩の社会での経験を話してもらおうと思います。ちなみに野嶋さんが3年生の時の担任はこの私です。ハッハッハ」
「みなさん初めまして。今日はわたしの社会での経験をお話をさせてもらいます。それがみなさんのお役に立てばいいんですが……」
「先輩は是非お話しさせて欲しいって、自分から時間を作ってくれたんだよ。みんな感謝して、一語一句聞き逃さないように」
授業のない教師までもが、この特別講義を聞くために後ろに陣取っていた。
「あつかましくてごめんなさいね。だけど先生の退屈な物理よりは良いでしょ?」
教室はこの女性のウィットに富んだ会話になごんだ。その美貌に、男子生徒は目を輝かせた。女子生徒は羨望の眼差しを矢のように投げかけた。
その女性は小さく、口元だけで微笑んだ。
並べられた机の間を縫って、女性はちょうど中央に座る男子生徒の横で立ち止まる。
「君、ちょっといいかしら。立ってもらえる?」
男子生徒が立ち上がると、女性は左手を男子生徒の後頭部に添え、キスをした。
教室はどよめき、ざわついた。
「これで満足? おちびちゃん」
女はそう言うと、放心する森笠をどよめきの中に無造作に放り投げ、今度は窓際の女子生徒のところに行った。
「あなた、ちょっといいかしら」
女子生徒が立ち上がる。
「すっきりした? それとも嫉妬した?」
「もちろん、嫉妬です」
この成り行きをあざけるような微笑みがお互いの表情の中にあった。二人は抱きしめ合うとキスをした。たくさんの目に晒されながら、肉感のある舌が妖しく蠢きあい、それは5分も、10分も……。
《了》