【3】
進路に関する面談に時間を取られて、沙耶子が螺旋の遊歩道を登り切ったときには日没が迫っていた。
『ああ、いた!』
欄干にもたれかかって空港を見下ろしていた女は、沙耶子の気配に気付いて後ろを振り返ると、待ち焦がれていた微笑みを沙耶子にくれた。
女は確かにそこにいた。
沙耶子が弾むように駆け寄っていくと、女は立ち上がり「けっこう待ったよ」と言った。それは交わしてもいない約束の時間を焦らされたことに、官能的な歓びを感じているようにも思えた。
沙耶子は黙って女に抱きしめられた。女は両手で沙耶子の頬を包むと、思いきり長いキスをした。沙耶子は女の方が少しだけ背が高かいことをそのとき初めて知った。この前とは違う女の深い香りに、沙耶子はどこまでも堕ちてゆく。果てしなく……。
あの日とは違って、大人びたキスに心酔している少女の唇を、女はご褒美代わりに優しく噛んであげる。
沙耶子は腰砕けになり、とっさに女の両肩に手をやって体を踏ん張った。顔が赤くなる。それはもちろん腰の砕けた自分を恥じらっての紅潮である。少女はキスぐらいではもうたじろがないという自信があった。体がよろけたのは、あまりにも長く目を閉じていたからだと自分を励ました。しかしそれは錯覚だった。
空気を吸引する飛行機のエンジンの音がする。
キスの後、沙耶子がふと女の顔を見上げると、長い睫毛が意志を持って動かないことに気付いた。
女は沙耶子の顔を見越して、沙耶子の背後にあるなにかを凝視しているのだ。
女の言い知れぬ変化に沙耶子が恐る恐る振り向くと、雨上がりの赤紫の異様な空に浸された、その広場の入り口に少年が立っていて、こちらを向いたまま膠着していた。それは森笠だった。
沙耶子の心臓が、どくんと大きく脈打つ。
少年は小さく口を動かして「嘘だろ」と言ったようだったが、あまりに小さいその声も、たちまちジェットエンジンに吸引されてしまう。
女は少女の頭をこちらに戻し、奇妙な微笑みを浮かべる。そして薄く開いた妖艶な唇を、再び少女の唇に重ねるのだった。
女の吐息が熱い……。
女はさきほどまでとはまるで別の人格だった。純真なものすべてを憎む大蛇のように少女を締め付ける。そしてその長い舌が、透明な少女の口の中で、むさぼるように急所を探して、妖しく蠢く。
少女の急所は、幾度も螺旋を描いた大蛇の舌によって射止められ、嗚咽が漏れた。
少年はそれを見て、丘を駆け下りた。




