第7話『悪戯好きの敏腕メイド』
ここかな?とヒロトが辿り着いたのは『浴場』と書かれた暖簾が垂れ下がるドアの前。建物自体は西洋風なのに、暖簾というのは中々に違和感がある。
他にこの辺りには風呂らしき部屋は見つからなかったし、風呂場というのはここでおそらく間違いないだろう。
「失礼しまーす」
ガラガラとドアを奥に開く。
暖簾があるのに開き戸という何とも微妙な造りには突っ込まず、中に足を踏み入れる。
「うわ、でっか。スーパー銭湯みてぇ」
たかが一家の浴場なのに脱衣所がめちゃくちゃ広い。こんなに何人も入ることがあるのだろうか。
ヒロトは適当な場所にマリンから手渡された衣服を置く。設置されている椅子に腰掛けて、ふと視線を前にやる。するとなんだろう、少し離れた場所に何かが置いてあるのが見えた。
近付いて見てみると、それは女性物の衣服と下着……。と言うことは……。
ガラガラガラと音がした。ビクッとして音源である浴場と脱衣所を繋ぐドアを見ると、そこから出てきたのは。
「ふぅー、良い湯だっ……ひゃっ!ヒロト⁉︎」
丁度全裸のレイナと鉢合わせする形で出くわしてしまった。レイナは慌てた様子でタオルで身体を隠す。湯気で絶妙に見えなかったことは非常に残念。
だが、先程までの勇ましい雰囲気とは相容れない想像以上に可愛い声で驚くレイナの姿はなんかもうとりあえず超可愛い。ヤバイ。
「なっなっな……な、何故ヒロトが、が、ここに……⁉︎」
「ま、待て。これには深い訳が」
もしかして嵌められたのか。だがこんなことをして何になると言うのか。しかも初対面の客人を嵌めるメイドなんて聞いたことがない。
とりあえず慌てて目を横に逸らす。レイナがふぅ、と一息吐いた音だけが聞こえた。
「分かっているさ、ヒロトに悪意がないことくらい」
チラッとレイナを見やると、取り乱したことが恥ずかしかったのか、口調とは裏腹に頰は紅潮気味だ。
だが、とりあえず良かった……。勘違いされたらどうしようかと思…。
「ヒロトも男だもんな」
「ち、ちげぇ‼︎ 」
何も分かってないんだけど。なんで私は理解してます的な発言したの?
だが、レイナは焦るヒロトをフフフと笑い「冗談だ」と言った。
「どうせマリンに嵌められたのだろう?」
「なんだ…分かってたのか…」
あからさまにホッとした表情を浮かべるヒロトを見て、レイナが苦笑する。
というか、本当に嵌められたのか。あの青髪のメイドさんは中々ファンキーな性格をしていらっしゃる。
「あいつは昔からああだからな。イタズラが大好きなんだ。あんまり怒らないでやってくれよ?」
「いや、怒りなんてしねぇよ」
むしろありがとうございます、もしくはごちそうさま。
「と、とりあえず、あの、私が着替えるまで、ちょっと出てくれないか?あ、その、は、恥ずかしい……からな……?」
「おぉ、分かった」
…………………………。
「いや、はやく行けよ」
「あ、はい」
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風呂を上がって部屋に戻ると、何故かヒロトの部屋でレイナとマリンが待っていた。
「何してんの?」
「なに、気にするな」
「いや、気にするわ。何してんの?」
「レイナが悪戯するなって怒ってるだけよ。気にしなくて構わないわ」
なんかマリンの口調がさっきよりだいぶ砕けた感じになっているのが少し気になったが、むしろ気を使わなくて済むし、ヒロト的にはそっちの方がありがたい。
「いや、お前は気にしろよ……。私だって恥ずかしいことくらいあるんだぞ?」
「レイナに恥じらいなんて感情があったのね」
「当たり前だろ!」
「なぁそれ、ここでやらなきゃダメか?」
まぁ、本来はレイナの家だから別に良いんだけど。一応ヒロトの部屋という事になっているから、出来れば他でやってほしい。
「レイナがここでやりたいって」
「言ってない」
はぁ、とため息をつくレイナ。
「私の部屋に来いと言っても来なさそうだから直接迎えに来たんだ」
「あぁ、そういうこと」
ここまでされると流石に従わない訳にはいかなさそうなのでとりあえず大人しくレイナについていくことにする。
三人でヒロトの部屋を出る。レイナが先頭、その後ろにヒロトとマリンが並んでいる。
マリンとレイナの関係性がイマイチ読めない。てっきり主従関係だと思っていたが、それにしてはえらく距離が近い。
「マリンさんは…」
「呼び捨てタメ口で構わないわ。私も呼び捨てで呼ぶから」
「お、おう…。そうか」
まさかの呼び捨て宣言に驚いたが、やはり先程の予想通り主従関係では無さそうだ。
「マリンとレイナってどういう関係なんだ?」
俺がそう言うと、二人は顔を見合わせた。
「とりあえず如何わしい関係ではないわ」
そんなもん分かっとるわ。ヒロトがしらっとした目を向けると、マリンはふふっと笑った。
「幼馴染って奴ではないかしら」
「まぁそんなところだな。腐れ縁だ」
なんか微妙に違う気もするが多分仲良しなんだろう。でも解せないことが一つ。
「じゃあ何でメイドの格好してるんだ?」
主従関係でないなら、別にメイド服を着る必要は無いだろう。もしかしたら本人の趣味かもしれないが。
「ここでメイドとして住み込みで働いているからよ。……私の家、無くなっちゃったから……」
……いきなりめっちゃ暗い話がきた。とんでもない地雷を踏んづけてしまったようだ。
俯きがちで言葉を発したその様子に、おそらく踏み込んではいけない話だったと確信し、焦るヒロト。
「あ…その…悪い」
ヒロトがすかさず謝ると、レイナがはぁ、と小さめの溜息を吐いた。
「いや、お前の家すぐそこに立派に建っているじゃないか」
「返して?俺の謝罪と申し訳ないと思った気持ち返して今すぐ」
なんという縁起でもない嘘を平気でつくんだ。思わず謝っちゃったよ。
「レイナの裸見せてあげたんだからそれくらい許しなさい」
「頼んでねぇ!」
なんかヒロトが見たがってたみたいな言い方である。
「私に何か言うことは?」
「べ、別にねぇし」
ヒロトがそう言うと、マリンはズズッと顔を覗き込んで言った。
「正直に」
「ごちそうさま」
「おい」
振り向いたレイナの表情は、正直超怖かった。