第5話『初魔法の感触は』
まるで踊っているようだった。
戦っている姿に抱く感想ではないのは分かっているものの、ヒロトにはそう表現する他なかった。
次から次へと襲い掛かってくる鈍重な攻撃を、右手だけで握った蒼色に輝く劔で撓やかに跳ね返し、左手に持った納刀したままの劔で反撃する。
否、跳ね返しているのではない。振り下ろされる斧に横から衝撃を与えて軌道をずらし、自らに攻撃を当てさせまいとしているのだ。
何という美技。最低限の薄さの鎧しか着ていないレイナにとって、その戦い方は一歩間違えれば大惨事へと繋がる。だが、そんな戦い方をするからこそ、この程度の軽装備で戦えるのだろう。
無駄な動きが一切無い。劔が撓っているように見えるほど滑らかで美しい剣捌き。敵の攻撃は全て空を切る。
一人、また一人と敵を薙ぎ払っていく。
残り二人。
レイナの剣術に見惚れていたヒロトだったが、一人の最も大柄な男が、少し離れたところからレイナに向かって斧を振り上げたのに気付いた。
よく見ると振り上げた斧は他の仲間が持っているものに比べ、比較的小さい。
しまった、トマホークだったか!
レイナに気付いた様子は無い。
走れば間に合うだろうか。いや無理だ。
だが今レイナに声をかけたら今戦ってる相手との集中が切れてしまう。
そんな時だった。身体の中で何かが疼いた。いや、疼いた程度ではない。身体の芯に電撃が走ったような感覚。身体中の力が心に集まるような、実に不思議な昂りを感じる。
そして即座に思った。今ならイケる、と。
「喰らえ!」
大男がそう言ってトマホークを離す瞬間にヒロトは唱えていた。
イメージはレイナと大男の間に隔たりを生み出す感じ。
守ってくれ、レイナを。間に合ってくれ、と。
そんな願いを込めて。
「フィーブル・バリア!」
右手を突き出し詠唱すると共に、身体中に蔓延っていた何かが光の障壁となって具現化する。
その突如として現れた障壁は、大男が投げたトマホークを易々と弾き返した。
「なっ⁉︎障壁魔法…だと⁉︎んなバカな…」
どうやら障壁魔法は一般常識内にあるらしい、と場違いな感想を抱くヒロト。
敵の動きが止まった。
だが、驚いたのかレイナの動きも止まる。
「レイナ!」
「任せろ!」
だが、それも一瞬。こちらに向かってニコっと笑いかけたレイナは、そのまま反撃に出る。
いつの間にか一人片付けていたレイナは残り一人へ向かって加速する。
武器を失った最後の一人に、先まで使っていた劔の柄で敵の鳩尾を突く。
「うっ!」
呼吸を妨げられる感覚に、思わず蹲った男の首を、更に未だ抜刀していなかったもう一本の劔で斬りつける。
綺麗な曲線を描く斬撃。いや、鞘に収まったままのその劔の攻撃は、斬撃と言うよりはむしろ打撃と言う方が的確だろう。
そのまま失神する男。とどめはささないようだ。
よく見ると周りの男たちも気絶はしているものの、死んでは居ないようだった。
「殺さないんだな」
「当たり前だろう。自国民だからな」
襲ってきたと言う立場ではあれ、自国民というだけで見逃すらしい。大した器量だ、とヒロトは感心する。
「それより、やっぱり出来たじゃないか!命拾いしたぞ!ありがとな、ヒロト」
「まさか本当に出るとは思わなかったけどな。まぁマグレってやつだ。それより命助けてもらったのはこっちの方だよ。ありがとうレイナ」
ヒロトがそう言うと、レイナは少しはにかんだような笑顔を浮かべ、誤魔化すように後ろを向いた。
「な、なんてことない。さぁ、行くぞ少年」
「誰が少年だ誰が」
冗談めかして突っ込むと、レイナは楽しそうに笑った。
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「着いたぞ。ここが私の家だ」
「おお、立派だな」
そこにあったのは現代日本風に言うと、かなり大きな木造の一軒家と言った風貌。
「いや、それは地竜小屋だ。私の家はこっち」
レイナが指を指したのは、金属製の大層な門。その奥にはただただ広い庭園が見えている。
「はぁ⁉︎これ、家なのか⁉︎というかレイナ何者?」
「まぁこの街の地主みたいなもんだ。大したことない、気にするな」
「いや、大したことあるだろ…」
庭園を歩いていくと、先ほどからに見えていた屋敷と呼ぶのが相応しげな馬鹿でかい建物が近づいて来た。
遠目でもかなり目立っていたが、近くなると、さらにその大きさに圧倒される。
「今日は疲れただろうしな。存分にゆっくりしてくれ」
長い距離を歩いたおかげで確かに身体はクタクタであるはずだが、想像以上の体験が出来たということもあり、思ったよりは疲労感が無い。
初めて馬車ならぬ竜車なるものに乗ったが、思っていたよりずっと快適で、揺れはほとんど感じられなかった。速さもかなりの物で、乗り心地は自動車とほとんど変わらなかった。
街に蔓延るのは人間だけではなく、デミと呼ばれる亜人も存在するらしい。もう夜遅いため、拝むことは叶わなかったが。
商業都市ユーラッヒ。それがここの地名らしい。そしてその領主がマルティン家当主である、レイナ・ファルク・マルティン。石造りになっていて中世ヨーロッパを思わせる雰囲気は、中々に感慨深いものがある。
そのレイナが、かなり大きな楕円を半分に切ったような形の扉を開ける。ギギィーっという少し古めかしい音が鳴り、開いたドアの先に広がっていたのは眼を見張るほど多くのメイド達…。
「おかえりなさいませ、レイナ様」
ということはなく、実際に居たのは気品のある老紳士ただ一人。
「あぁ、ただいま帰ったぞ、フレデリク」
レイナが片手を上げて応えると、そのフレデリクと呼ばれた老紳士は一礼したあと、ヒロトをチラッと一瞥した。
「そちらの黒髪黒瞳の少年は?」
「ヒロトだ。ヒロト・カザマ。聞いて驚け、障壁魔法が使える私の命の恩人だ。宿無しらしいから泊めてやろうと思ってな」
「なっ!レイナお前……、あれはマグレだって……」
「事実なんだから良いだろ?」
そう言ってぺろっと舌を出すレイナ。先程までの大人っぽさとは打って変わったようなあどけない表情。
思わず見惚れてしまった。これは仕方ない、反則。あとちょいで可愛すぎて昇天しちゃうかと思った。
「障壁魔法ですと……。まさか、俄かには信じ難いですな……」
驚愕の表情を浮かべ、思案顔で顎に手をやるフレデリク。どうやら本当に障壁魔法という存在は特別であるようだ。
「まぁ、私も驚いたからな。フレデリクが疑うのも無理はない」
「レイナ様がそうおっしゃるのなら分かりました、お部屋にご案内しましょう」
「あ、ありがとうございます」
「ではこちらへ」
先導されるがままに廊下をフレデリクを先頭にヒロトとレイナが続いた。