第2話『お人好し』
正直ドストライクだった。ズキューンというベタなハートを撃ち抜かれた音みたいなのが聞こえてきそうなレベル。
「ここらでは見ない顔だな。黒髪黒瞳なんて珍しい。名を何という?」
先程ペガサスが発していると思っていた声が、
確かにその赤髪の美人から発せられていたことに、ヒロトは少し安堵する。
そういえば、ヒロトにはこの世界では名前を先に名乗るのかそれとも姓を先に名乗るのかが分からない。
そこのところを名乗る前に少し確認しておきたいという意図を込めて一つ質問をした。
「え…と…、あの、お先に名乗ってもらえません?」
ヒロトがそう言うと、その美人な女性は何かに気付いたようにはっとした表情を浮かべた。
「これは失敬。名を尋ねるならまず自分から、と言うのは常識であったな。私の名はレイナ・ファルク・マルティン。レイナと呼んでくれ」
ヒロトとしては、そんな偉そうなことを言ったつもりはなく、ただ名前と苗字どちらが先か知りたかっただけだったのだが、そう言われるとたしかにそうなのかもしれない。
「ここで再び同じ問いになるが。君の名は?」
もちろん話題になった映画の話では無いだろう。いや、確かに世界は入れ替わってはいるけどね。入れ替わってる⁉︎とかいう次元じゃ無いわけだけど。
『レイナと呼んでくれ』と言った事から彼女は名前を先に名乗ったと考えるべきだろう。なら名前から名乗るべきだ。
「えと…俺の名はヒロト・カザマだ、です」
緊張のあまり変な日本語になってしまい、ヒロトは内心、冷汗をかく。
だ…ですってなんだよ…。変な語尾を使う部族みたいに思われちゃったらどうするんだよ…。
焦るヒロトとは対照的に、レイナと名乗った彼女は楽しそうにフフッと笑った。
「タメ口呼び捨てで構わないぞ」
「はぁ……、そうですか、そうか」
「それにしても変わった名前だな。どこ出身だ?まさかこの辺では無いだろう?」
恒例の質問が来た。
この質問は少し答えるのが難しい。
日本、なんて言っても多分通じないだろう。他の世界から召喚されまして……なんて言った暁にはアホ扱いされることが確定である。
じゃあどう答えるか。これは異世界モノでは定石という解答がある。
「えと……。極東の島国だ」
「極東の島国……。バリアス王国か?」
何それ知らないんだけど。だがここで否定するとじゃあどこだよとなってしまう。とりあえずそのカッコイイ名前の国辺り出身にするしかないだろう。
「まぁ、そんな感じだな」
ヒロトがそう答えると、レイナが露骨に驚いた顔をした。
「な、なんだと!バリアス王国出身だと⁉︎あそこは王国とは名ばかりで既に王族は滅んだと聞いているのだが…」
「え、そうなの」
「え、違うのか」
思わずヒロトは素の声で聞いてしまった。じゃあそんな紛らわしい聞き方してんじゃないよほんと……。
「え、私が間違っているのだろうか…。確かに行ったことはないから断定は出来んが…。まさか私の聞いた話が違うのか?」
「ま、まぁ確かに王族は滅んだな」
ヒロトはとりあえず適当に話を合わせておく。結局どこ出身なんだよ、となるのは避けたいという判断からだ。
「だ、だよな。それで確かバリアス王国は無秩序化して争いの絶えない国となってしまったが、皇帝ガイアがそれを統一したんだよな?戦えるやつは国に残り、戦えないやつは他国に流れ、結果国民の子供を除く全員が戦闘員というバリバリの戦闘部族となったと聞いているが…」
何その国。そこ出身って言ってしまったのに、ヒロトは勿論全く戦えない。
よく考えたら、せっかく異世界に召喚されたのに、ヒロトはエクスカリバーの一本も持っていないし、何か力が溢れてくるでもない。チーレム無双が流行りの中、流行への反逆も良いところである。
「いや、非戦闘員もいたぞ。ほら、俺みたいな」
「え、そうなのか!それは知らなかったな」
適当に返事し過ぎてレイナの常識を改変してしまったことにヒロトは少し焦る。
「いや、俺はもうちょっと西に住んでたからかなー?みたいな。バリアス王国?というよりはその西の国の方が近いぐらいだしな」
「そ、そうか。でもあの辺はバリアス以外に国なんて無いぞ?」
「え、そうなの」
「え、違うのか」
ヤバイ、そろそろアホ認定を受けてしまう。
ふとレイナの背後を見ると、先程まで休んでいたペガサスが飛び立っていくところだった。こいつそんな感じで普通にご主人様置いていくのか、とヒロトは少し驚く。
だが、レイナがそれに気付いた様子はなく、考え事をしているようで
「強いて言うならもうちょっと西にはヴァレンハート帝国があるが…」
とブツブツ独り言を言っている。
帝国か。あまり良い響きでは無い。基本的に帝国軍と言えば、正義の味方の敵である可能性が高い。帝国軍に攻められていてそれから国を守るみたいな話は多々見る。
「そのヴァレンハート帝国っていう国出身だって言ったらどうする」
恐る恐る聞いてみる。ならば斬るしかないとか言われたら即行で謝らないとまずい。だが、レイナも帝国軍である可能性だってある。そうなると流石に…
「ん?いや、別にどうもしないが」
しないらしい。
「まぁ確かにヴァレンハート帝国は私達の味方では無いがこんなところで彷徨っているやつが敵であるわけないだろう」
「あ、確かに」
まぁ正直この世界がどんなものが分かっていないから、ヒロトはどこの味方でも敵でもない。
「まぁこの際どこ出身であろうと構わん。敵ではないことが分かっているしな。行くあてはあるのか?」
「いや、全く。まずここはどこなんだ?」
そう、まずヒロトはここがどこかさえ分かっていない。そしてあてなどあるはずもなく野宿は覚悟している。
「そうか……」
そう言ってレイナは少し考える仕草をしてから言った。
「ではウチに来たらどうだ。この草原を抜けたらユーラッヒという街がある。そこに私の家もあるから君さえ良ければ来たまえ」
「良いのか⁉︎」
渡りに船とはまさにこのことだろう。行くあてがなく困っていたところだったのだ。どんな家だろうと野宿よりは良いに決まっている。
「いや、でも俺お金とかないぞ?無一文だし食うもんも無いし……。お礼も出来んぞ?」
「そんなものは必要ない。なに、仲良くなったよしみだ。行くあてが出来るまで私の家で暮らすと良い」
お人好しにも程がある……。少し喋っただけで家に引き入れるとか正直どんな感性してるの?とヒロトは思ってしまう。遂には自分がおかしいのだろうか、と自問するまである。
チラッとレイナを見ると、何を思ったのか、こちらに向かってニコリと笑った。
その笑顔はドキリとするほど美しかった。
あまりの美しさに思考が一瞬完全に停止し、血流が止まる錯覚さえ覚えた。
「どうした?ほら、行くぞ」
レイナはそう言ってヒロトの手を取る。
なんだろう、この夢シチュエーション。異世界、来て良かった……。
「あれ、私の天馬はどこいった?」
「いや、さっき普通に飛んでいったぞ」
「なっ⁉︎先に言わんか!……はぁ、仕方ない。まぁそんな言うほど距離があるわけではないから歩いて行くか」
先程まで完璧超人だと思っていたレイナは少し抜けているようだった。
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