2 名乗った
起きた男性は、一つ伸びをして、私に向き直った。
「あれ、俺、寝ちゃってた?」
「それは、もうぐっすりと寝ていましたよ。」
「そっか、ごめんね。」
そう言って私の前に立った。
所謂、華の女子大生なんて言われる職業の私だが、進学したのは女の子だらけの、女子大だった。入学してから、男性と話すことが極端に減った。今こうやって見下ろされて、どうやって声をかけようと次の句を考えているだけでも、少し緊張する。手に汗が浮かんでいる。
「俺、サタンの息子なんだぜ?怖いだろ?」
自己紹介というよりかは、自慢のようにそう言った彼だったが、明るい笑顔で言う内容ではなかった。むしろ、「俺、天使の息子なんだぜ」と言われた方がいい位の眩しい笑顔をしていた。
「それで、サタンの息子さんのお名前はなんていうんですか?」
引きつったり変な顔にはなっていなかっただろうか。
「あ、そうだった。俺は…、あー、うん。あきとって言うんだわ。まあ、よろしく。」
「よろしくおねがいし、って何をよろしくされるのでしょう?」
「んとまあ、俺のお世話?俺、家ないからさ!しばらく置いてみない?」
考えていた通りのホームレスなお兄さんだった。お金持ちだとか、危ない人ってところも当たってしまうかもしれないが、これで、断ったらどうなるのだろう。
いや、あまり考えないで過ごしてみよう。案外バカになって楽しんでしまった方が、いいことだってあるはずだ。そう決めて、彼を受け入れてみることにした。
「それで、君の名前は、って思ったけど、俺が決めてしまおう!」
名乗ろうとしていたから、あだ名を付けてくれるようだ。受け入れることを決めた時点で彼のすることに対して、少し寛容になっていた。
「よし、君は、俺のなーちゃんだ!!」
なーちゃん、なーちゃん…?名前を名乗っていないだけあるが、名前に、なはつかないものだから、彼の主観は面白いものだなと受け止めた。
そんなわけで、彼の前では、私はなーちゃんと呼ばれることになったのである。そう、私はなーちゃん。それから数日、起きた後と寝る前に、自己暗示して自分に馴染ませていったのは、彼には教えてやらない事実である。