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Chapter-4

 ――磯崎から話があるので、来ていただけないでしょうか。明日の16時半頃、湊駅前のDバーガーで待っています。

 その日の夜。そんな内容を、僕は山中先輩を通じて坂木えみに転送してもらった。程なく坂木えみから直接返信が返ってきた。絵文字しかなかったけれど、了解という意味のようだった。

「とりあえず、まずは謝るんだよ」

 僕は磯崎に念押しした。磯崎は神妙に頷いていた。早めに店に着いたので、まだ坂木さんはいなかった。僕はアイスコーヒー、磯崎はコーラを買った。四人掛けの席を選び、それぞれ隣に荷物を置いて、僕と磯崎は向かい合って座った。おそらく今磯崎の頭を占めているのは橘さんと坂木さんのことだろうけど、いつ坂木さんが現れるかわからない状況で彼女たちのことを話題にするわけにもいかない。そういうわけで、磯崎は黙り込んでいた。僕はスマホをいじって、最近自分が読んだ漫画の感想を拾い読みしたりしていた。

 程なく、16時半になるかならないかのタイミングで、坂木えみは現れた。行方不明を装うのをやめたからか、学校には行ったらしく、制服姿だった。小柄でリュックを背負っている。太っているわけではないのだけれど、どことなくどっしりとした印象があり、童顔のその顔つきにはなぜか妙な自信というか、ふしぎな輝きがある。

「磯崎くんだ……」

 磯崎の前で立ち尽くし、彼女は言った。

 僕は席を立ち、磯崎の向かいの椅子を勧める。しかし彼女は僕には目もくれず、立ったまま磯崎を凝視していた。

「ほんとに磯崎くんだ」

「……座ってくれないか?」

「ホンモノだ」

 人が来たので、僕は脇に退いた。坂木えみは、通路を塞いでそのまま立っている。

「磯崎くんだ」

「あの、坂木さん、後ろ人が来てるから……」

 僕が声をかけようとすると、磯崎がすっと立ち上がった。

 軽く彼女の背中を押し、一瞬その肩に手を置くと、最低限の動作で彼女を椅子に座らせ、何食わぬ顔で自分も席に戻った。空いた通路を人が通り過ぎて行く。坂木えみは何が起こったのかわからない様子でぼうっと顔を赤らめながら、磯崎の手が触れた自分の肩を見て、それから再び正面の磯崎の凝視を再開する。

 磯崎のその動きに、僕はかなり驚いた。

 初対面の女子にそんな風に触ったりなんて、僕には絶対できない。ましてや、女子が苦手なそぶりをいつも見せる磯崎が、そんな手慣れたような振る舞いをするなんて。

「……飲み物買って来るけど。坂木さん、何がいい?」

 僕は訊ねたけれど、返事はなかった。

 まあ、スプライトとウーロン茶とオレンジジュースでも買って行けば、どれかは好きなのがあるだろう。


 トレイを持って戻ると、坂木さんの声が聞こえてきた。

「つきあって」

 ド直球に彼女は言った。

 しかし磯崎に、たじろぐ気配は微塵もなかった。あっさりと、即答した。

「それはできない」

「どうして?」

「どうしてもだ。それよりも、橘綾香のことなんだが」

「綾香が好きなの?」

「そうではない」

「ちがうの」

「橘綾香の様子が最近おかしいと、君は感じたことはないのか?」

「ぜんぜん」

「彼女が何か悩んでいるとか、辛そうだとか、そういったことに気づいたことはないか?」

「まったく」

 磯崎は、戻ってきた僕に救いを求めるような目を向けた。

「……坂木さん、ウーロン茶とオレンジジュースとスプライト、どれがいい?」

 僕が訊ねると、坂木さんは僕の存在を今初めて知ったみたいに少し驚いた顔をした。

「僕の助手の沙原くんだ」

 磯崎が言う。僕がもう一度飲み物を選ぶよう促すと、坂木さんはオレンジジュースの紙コップをとった。磯崎は手を伸ばしてスプライトをとり、僕はトレイを置いてウーロン茶をもらった。

「坂木さん。僕は探偵で、今、橘綾香について調べている。彼女は何か問題を抱えている。それは間違いない。何か心当たりはないか、考えてみてくれないか」

「かわりにつきあって」

「それはできない」

「なんで?」

 大きな目をまっすぐ磯崎に向けて、子どものように坂木さんは訊ねる。

「どうしても」

「どうしてもじゃわからない」

「……僕は君をそういう対象とは見られない。そう言えばいいのか?」

 磯崎は、冷ややかに言い放った。

 ここに来てからの磯崎の態度に、僕は自分の考えを改めるべきだろうかと思っていた。

 磯崎は女子に興味がないのではなく、もしかして、単に凄まじく理想が高いのかもしれない。これまで告白してきた女の子たち、その中にはかなり可愛い子や美人な子もいたけれど、そんなのじゃ足りないぐらい、もしかして磯崎の理想は高いのかもしれない。

 さすがに坂木さんは、傷ついたような顔をした。

 追い打ちをかけるように磯崎は訊ねる。「君は、自分が橘綾香を無意識に傷つけているとは思わないか?」

「え?」

「例えばの話だが。橘綾香も君と一緒にピアノを習っていた。彼女も上手だった。けれども彼女はピアノを辞めた。それはどうしてだと思う?」

「綾香がピアノをやめたのは、綾香のお母さんに言われたから」

「それはいつ頃だ?」

「冬頃?高二になるし、そしたら来年は受験だしって」

「その、勉強しなければいけない彼女の家で、君はピアノを弾きまくっている」

「綾香がいいって言った」

「そもそも、どうして君は自分の家に帰らないんだ?」

「ママが調子悪い」

「他に行くところはないのか?」

「……綾香といたいし」

「彼女に迷惑をかけてもか?」

「迷惑なんて、言われてない」

 彼女はむくれたような顔になり、テーブルに置いた手の指を、ピアノを弾くようにカタカタと動かし始めた。

「私が綾香のミスタッチをそのまま弾いたのは、綾香のピアノが好きだったからで」

「だからそれを悪意だとか無神経だとか決めつけたことは謝る」

「別にそれはいい。追っかけて来るかなと思っただけだし」

「だが君は橘綾香について、もう少し考えるべきだ」

「なんで?なんで綾香綾香言うの?」

「こう言ってはなんだが、君はもう少しまわりを見て、人の気持を考えるべきじゃないのか?」

「あなたに言われたくないよ」

 そう言うと、彼女は突如立ち上がり、そのまま店を出て行った。

 磯崎は、黙りこんだまま、顔をしかめていた。

「あのさ」

 動かない磯崎に、僕は言った。

「依頼人は坂木さんを探してほしいと依頼してきた。でも実際の依頼の目的は、坂木さんが君と接点を持つことだった。そうして坂木さんは君と接点を持てた。君に想いをぶつけた。君がそれに応えられないのは仕方ない。だからこの件はもう終わり。それでよくない?」

 磯崎は僕を見た。

 妙に無垢な目で。

「……終了か」

「うん」

「だがまだ橘綾香の問題は残っている」

「それは磯崎にはどうしようもないことだと思うけど」

「どうしようもない……」

 磯崎は、何か考え始めた。

「君って、もしかして恋愛経験あったりするの?」

 僕の問いに、

「ご想像におまかせする」

 磯崎はそれだけ言い、そのまま自分の思考の世界に入ってしまった。

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