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仮初めの世界

in the temporary

作者: 夏村詩歌

 


 ここは仮初めの世界(テンポラリー)。生者からは天国だとか、死んだ後の世界などと呼ばれている場所である。が、実際は転生するまで過ごす、束の間の場所でしかない。生前の行いが良ければ直ぐに転生することになるのだが、善行が足りない場合は神の使い(パシリ)として働くことになる。定期的(きまぐれ)に行われる最高神の審査会(スクリーニング)を通過した者は晴れて転生することになるのだが…それまでの間は神々たちに弄ばれるのである。



 この物語はそんなパシリたちのお話である。



 *



 ラペは同僚であるプリュイからの報告書に目を通していた。読み終わったラペは額に手を当てながら大きく息を吐いて、諦めたように上の方を仰ぎ見る。それから何事もなかったかのように申請のための書類の準備を始める。


 さしたる時間もかけずに必要書類をまとめたラペはセリシールのもとに訪れる。セリシールは仕事の山に押し潰されまいと常人離れしたスピードで仕事を処理している。眉間に皺を寄せた厳しい顔は虫をも殺せそうなくらいに鋭く険しい。不慣れな者はなかなか近寄れないのだが、ラペは物ともせずにセリシールに声をかける。


 声をかけられたことによって集中が途切れたセリシールの眼は鋭い。まるで炎が燃えているかのような赤い眼はギラギラと光っている。セリシールは極悪な視線をラペに一瞬だけ向けるも、それはすぐに積み上がった書類に戻る。「…何だ?」と如何にも不機嫌そうなセリシールを見て、ラペは小さく溜息をつく。セリシールはいつもこんな感じである。ラペもあまり気にせず本題を切り出す。


「またバカアムルがやらかしたみたいですよ」


 ラペの声は抑揚が無く、表情は少し虚ろであった。その一瞬で、その暗さがセリシールにも伝染する。セリシールも諦めの表情で「今度は何?」と、やらかしの内容を尋ねる。


「寿命がまだ1年残っている子を、うっかりこっちに連れてきちゃったみたいですねぇ…」


 ラペは報告書を見ながら端的に答える。セリシールは大きく息を吐きながら、頭をがしがしと掻いた。


「こんの、クソ忙しい時期に……あいつの教育係は何をしているわけ?」


「セリさんが忙しいのはいつものことだと思いますけどね。」


 誰かの仕事まで手伝っているセリさんは常に繁忙期ではないか。と、ラペが指摘するもセリシールは心外そうな顔で反論する。


「それでも、だ! 俺だって好き好んで忙しくしてる訳じゃない…」


 そう答えたセリシールの処理速度は少しばかり遅くなっている。ラペはそんなセリシールから目を離し、問いの続きを答える。


「…プリュイは頑張ってますよ。ただ…アムルが巧妙な手口で、雲隠れするように逃げまわってる、っていうだけで。」


 ラペとプリュイは同期だ。ラペの唯一の友人ともいえる存在である。故にラペはプリュイに対して哀れみの念を抱かざるをえない。よりにもよって問題児と有名な、あのアムルの担当になるだなんて。自分には到底耐えられないだろうな、とラペは常々思っている。


 アムルは、普段はバカで抜けているのだが逃げることに関しては何故か超一級で。能力配分を間違えたとしか思えない程に、彼の逃げスキルは飛び抜けていた。いや、正確に言うのであれば他の能力も決して低いわけではなく。やる気さえ出せば平均以上の結果を出すくらいには有能である。稀に凡人には到底出せないようなミラクルを起こすことさえある。ただし、やる気のない彼は普通の人ならやらないような信じられない凡ミスを連発するという…波風を立てずに平穏に日々を過ごすことを望んでいるラペにとっては厄介で出来るなら関わりたくない後輩である。


「挙げ句の果てには最高神(サジェス)さまと一緒に遊びに行ってたり…あいつはさ、仕事を何だと思ってるんだ?」


 セリシールは吐き捨てるように愚痴る。


「あの二人って妙に仲が良いですよねぇ。時々、謎の電波をどこかから受信しているんじゃないかと思うこともありますよ…」


 ラペは諦めの表情でセリシールを慰めるように言葉を紡ぐ。セリシールはまた大きな溜息をつく。そしていつもの口癖を呟く。


「アムルもアムルだけど、サジェスさまのサボり癖もどうにかならないか。」


 ラペはセリシールの背後を見て少し驚きの表情を見せた後に口を閉ざすも、セリシールはそのことに気が付かないまま話を続ける。


「そもそも、何で。俺はこんな仕事をしてるんだ?これって、あの人の仕事でしょう?なのに何で俺がやってんの?」


「あー。オイラがやり損ねた仕事ってどうなってんのかなぁ〜って思ってたんだけど。セリシーがやってくれてたんだねぇ。いつもありがとぉね」


 セリシールの背後から現れたのが、最高神であるサジェスだ。


 のんびりとしたサジェスの声が突然聞こえて、セリシールはさっきまでの勢いを無くしていた。まるで処理落ちしたパソコンのように固まっていた。フリーズしたまま動き出さないセリシールの顔の目の前でサジェスは手をひらひらとさせながら「セリシー? 大丈夫〜?」と声をかけると、再起動したらしいセリシールの顔に表情が戻ってくる。


「あーと、何でもない、ですよ?サジェスさまは…のんびり、どっしりと構えて。そこにいて下さるだけで…」


 やや硬い表情のままのセリシールの口からはとってつけたような言葉が出される。ラペはさっきと言ってることが全然違うじゃないか、と言うような目でセリシールを見ていたが、セリシールはそんな視線を無視してサジェスに何でもないのだ、とアピールする。サジェスはそんなセリシールをニコニコとした顔で見つめている。


「さっすが、セリシー。頼れる〜。てことでコレもやっといてくれると助かるなぁ。」


 サジェスは無邪気な様子でどさっと紙の束を無慈悲に積む。低くなっていた紙の山は無情にも、また高くなっていた。セリシールの目にはほんの一瞬、絶望の色が浮かんだがそれを悟らせまいとキラキラとした胡散臭げな笑顔が貼り付けられる。


 気付いているのか、いないのか。どちらなのかをラペに判断することはできないのだが…サジェスのこのような言動が計算であるということをセリシールは嫌という程によく知っていた。そして断った場合にどうなるか、ということも。故にセリシールはサジェスのやることに否と唱えることができないのである。


 サジェスは満足そうに頷き「んじゃ、よろしくね〜」と言ってあっさりとその場から去って行った。


「セリさん…あんた、馬鹿なんですか?」


 呆れたような顔でラペが軽く暴言を吐くも、セリシールはさっきの貼り付けた笑顔を崩さないまま涙を流しながら仕事を再開していた。ラペは気の毒そうな顔をしながら、そっと山の上に書類を乗せた。


「さて、と。そろそろ行きますか。」


 心が折れかけているセリシールを見て見ぬ振りしたラペはアムルに間違えて連れられてきてしまった気の毒な子のもとへと向かうのだった。


 パシリたちが善人となり、転生できる日はまだまだ遠い。

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