第1章 こんばんわ
マンガやラノベでたまに出てくる可愛いのにやたらに強い娘が好きだったので、いつもだったら動物キャラとかにする俺が、このMMORPG「オリュンポス」ではセミロングの雌豹を思わせる美少女キャラにしていた。
まあ、念願の高性能PCと新型VRゴーグルが入手できたので、舞い上がってしまったせいなのだが。
しかし、長く辛いバイトだった・・・・。
調子に乗って買ってしまったPCチェアにゆったりと腰かけてゴーグルをつけ、手にはゲームパッド(これも高かったな)を持ちゲームスタート。
一瞬目の前が青く光り、やがて荘厳な音楽と共に巨大な扉が表れてくる。
ゲーマー人口3000万人超(ホンマカイナ?)の剣と魔法の世界。
VRMMO「オリュンポス」の世界へようこそ。
一応控えのルームで装備等の確認をする。
全身皮の鎧を着ており、腰にはショートソード、そして回復薬等の入った袋。
兜と盾も欲しいところだが、今はリアルもコチラも資金が無い。
オーケーの丸ボタンを押す。
再び目の前が青く光り、次には噴水のある広場に立っていた。
特に指定しなければ初心者もベテランも、この「エンデ」の街のこの場所から毎日が始まる。
ちなみに、ベテランといってもまだこのゲーム自体が正式にスタートしてから半年ほどなのでそんなに差がでるものでもない。
それに、このゲームにはレベルというものが存在しない。
つまり、いくらモンスターを倒したところでファンファーレが鳴ったりしないのだ。始めにゲームパッドによる反射神経測定と、ファンタジー世界についての質問で初期スキル等が決められる。
まあ、その時だけ他人に任せれば意味が無いという人もいるが、その後実際にゲームを始めるとこれが上手くいかないのだ。
運営側が試行錯誤してかなりのデータで集計をとった結果の数値なのだからあまり変なことは無いと信じたい。
常に夕暮れの世界の中、とりあえず大通りを歩き始める。
左右には色々な屋台が並ぶ。
当然、PCの売り子も居ればNPCの売り子もいる。
ただ、かなり優秀なAIを使っているらしく少し話した程度ではNPCとは分からない場合が多い。
しかも、日々学習してさらに優秀になっているそうだ。
やがて、右手に「青山羊亭」という居酒屋が見えてくる。
ここが俺の仲間がよく集まる場所だ。
中に入ると、いつものテーブルにすでによく知った顔が座っていた。
「よう、ユイちゃん今日も可愛いね。」
大剣を担いだ髭面のゴツイ男が手を振って言った。
「こんばんは、相変わらずムサイわねゴンタは。」
そう言って俺は空いている席に座るとウエイターに手を挙げて注文する。
すぐに薄緑に光る液体の入ったグラスが運ばれてきた。
当然飲めるわけもないので単なる飾りでしかない、まあ席料といったものか。
外で輪になって立ち話しでもよいのだが、いかにも初心者といった感じでなんかいやだし、ここだとカードゲームやボードゲームが飲代だけでできる。
「ここのところ数日来なかったな。」
「ああ、ちょっと色々とあってね・・・」
まさか高校のテスト期間で、新品のPCを目の前にして泣きながら勉強していましたとは言えないだろう。
「な、なんか口調が重な。」
ゴンタは少しひきながら言った。
ちなみに、当然ながら音声はマイクで拾い低めの女声に変換してある。
ただし、言葉は女喋りなので傍から見ると危ない男に見えるのは確実であり、姉貴にでも見られたらそれをネタに一生地獄となるの確定である。
あれ、部屋の鍵かけたっけ?
「あ、黒騎士ギルドの奴らだ。」
誰かの声が聞こえた。
「黒騎士か。」
ゴンタが吐き捨てるように言った。
まあ、一般のプレイヤーで好きだという人はあまりいないとは思う。
全員が黒の鎧で揃えて常に集団で活動する。
街外でのPKからの護衛と称して旅行者から半強制的に料金を徴収したり、苦労してモンスターを倒しそうになったときに参戦してきたり等々いろいろと悪い噂が絶えない奴らである。
たかがゲーム、されどゲームである。
ちなみに、「オリュンポス」の特徴でありかなり悩ましいルールが「ロスト」、つまり死亡である。
HPがなくなったらキャラ消滅、データ消滅、また始めるなら最初から。
その他の生産、販売、魔法などのルールも含めなかなかにリアルっぽいところであり、好きな人はかなりはまる。
ただ、「ロスト」が怖くて街からどこにも出られなくなる人も多いのは事実だろう。
そして、ほかの街とかに出かけようとすると「黒騎士」のような輩がででくる。
困ったものだ。
「だけど、まだ半分も行きついて居ないのにあいつらあんな所でほっほりだして
「タイエン」の街にたどり着けたかね。」
五人で入ってきた「黒騎士」の一人が言った。
黒い兜ををかぶり、面を上げないので顔がわからない。
「いや、追加料金を払わんのだからしょうがなかろう。」
全員が笑いだした。
おそらく、当初の護衛を追い払いわざと遠回りして追加料金を請求したのだろう。
ゴンタが立ち上がろうとするのを俺は制した。
奴らが大っぴらに声高に喋るというのは、怒った奴を街の外まで連れ出してPKする可能性が高い。
それによって逆らう者が減り、自分達の勢力が強くなるという算段だろう。
現実世界の○○団と似ている。
10分ほど騒いで出て行った。
別の居酒屋にでも行ったのだろう。
店内が徐々に落ち着いてくる。
「GMがあんなのを許可しているのが理解できないぜ。」
ゴンタが首を振りながら言う。
「まあ、ルール上はギリギリセーフだし、それに「オリュンポス」のコンセプトがリアルファンタジーだからね。」
「つまり、黒騎士達のようなのを禁止するとひと昔前のカセットゲームになってしまうということか。」
いつのまにか隣に座っていたテツが言った。
テツは弓使いだ、最近はかなり上達したと自負しているらしい。
俺は今この2人の仲間で、パーティーを組みゲームしている。
「緊急、緊急。北門方面にグールの一団が現れました。協力していただける方達は北門までお願いいたします。繰り返します・・・。」
突然、梁にとまっていた大きなフクロウが緊急放送を流し始めた。
店内が殺気だち、何人かが武器を握りしめて店を出て行く。
確か「タイエン」は北門方面だったはず。
「黒騎士の奴らまさかつけられたのか?」
テツが言った。
「かもな、でもどうする?。」
ゴンタは応援しに行くかどうかと聞いている。
衛兵団が簡単に負けるとは思えないが、ネットの情報板で小さな村がゴブリンに襲われて全滅したというのを読んだことがある。
とにかく「オリュンポス」は妙にシリアスな点があるゲームだ。
「とりあえず、見に行ってみよう。」
俺たち3人は門から少し離れた城壁の上から見ていた。
かなりの数のグールがいた。
手にはこん棒やどこかで拾ったのであろう錆びた剣を持っている。
かたや衛兵団はさすがに統制がとれていて、門の前に出て大きな盾と剣で壁を作っている。
どうやら攻撃はかけつけた者達にまかせているようだ。
「まあ、衛兵は守備が専門だからな。」
と、ゴンタが言う。
なんだか戦闘に加わりたい様子でそわそわしている。
報酬は街から支払われるし戦闘の良い経験にはなるのだが、俺たち3人は正直こんな混戦を経験したことがない。
「ちょっとこれはね。」
テツも俺と同じ考えのようだ。
「なんだよ二人とも、慎重すぎるぜ。じゃあこれならどうだ・・・。」
珍しくゴンタが作戦を提案してきた。
今、見ていたらあの小さな林の中に一匹のグールが入っていったからそれを倒そうとのこと。
まあそれなら三人いればなんとかなるだろうと実行することにした。
「ダメだー!」
俺たち三人は逃げ回っていた。
目当てのグールに後ろからそっと近づき、俺とゴンタが切りかかろうとした時にテツが後ろから突然押してきたのだ。
「なにすんだよテツ!」
ゴンタが怒鳴ると、テツが後ろを指さして
「逃げろー!」
と言って走りだした。
何匹ものグールが迫っていた。
どうやらグールどもは別の入り口を探してうろつき回っていたようだ。
「どうすんだよー。」
ゴンタがあせった口調で言う。
グールは想像していたよりも動きが早い。
そしてこのゲームでは体格によっては息があがってしまうのである。
つまりゴンタ、息切れでストップ。
ここで奴らを迎え撃ってもまず勝算は無い。
どうするか・・・・。
俺の頭に一つの案が浮かんだ。
「二人とも死にもの狂いで着いてきて!」
まあ、言わなくてもそうだろうが、俺は左に大きく曲がって城壁に沿って走った。
やや湾曲した壁の先には例の衛兵の一団。
俺たちは悲鳴を上げてそのまま突っ込み、街の中へと消え去った。
戦闘はその後、俺がログアウトする近くまで続いたようだが街は持ちこたえた。
あくまで噂だが、8人がロストしたそうだ。ナンマンダブ。
3人はしばらく北門付近には近づかないことにした。
ちなみに俺は皮の鎧を黒く染め直した。
いや、特に意味はないよ。ホント・・・。
あの時、手で顔を覆っていたのは条件反射的なことです。イヤ、ホント・・・。