強化兵姫軍団
適当に思いついた物を書き連ねて三ヶ月か四カ月、完成したのがこれです。
前書きでも書きましたが、残酷描写が少なからずありますので大丈夫な方はGOです。ダメそうな方はご再考を。
ある国のある場所に、とある少女たちを収容している施設がある。
全面的に無骨で重厚な、見ているだけで息苦しさを感じる外観と雰囲気。その雰囲気を端的に表すとしたら、絶滅収容所と言った方が良いだろう。
ここに収容されている少女たちは元が孤児の身の上の者が多い。
元々が孤児の身の上で、しかし実験への参加の報酬として収入があり、最低限清潔な寝床と部屋が用意され、食事や最低限の娯楽といったあらゆる物が保障されれば、孤児、それも少女ばかりであれば乗らない筈が無い。
そんな弱い部分に付け込まれ、日々人体実験を行われる苦痛と耐える。それに耐えるだけで普通とは少し違うが、少なくとも飢えに苦しむようなことなく生きていける。
衣食住を手にするためなら、何だってやれる。言外にそう告げていた。
果たしてこの少女たちは何者かと問われれば、兵士としか答えようはないだろう。
所詮は孤児。教育や訓練にかかった時間は相応だろうが、それ相応の人数がいれば鉄砲玉としても肉壁としても使い道はいくらでもある。だがこの少女たちはそのような目的のために兵士としての生活を余儀なくされているのではない。
“強化兵士”
エーテルという物が発見され、そのエーテルを動力に使用するエーテル機関が開発され、そしてそれを十全に扱うための兵器まで開発された。
だがしかし、それらを幾つ揃えても戦争に終わりの兆しは見えなかった。そこで考えられたのが通称“強化兵士計画”で、正式名称“最終兵士計画”だった。
終わりの見えない戦争に疲弊して何処の国も国力が落ちるのは目に見えて分かっていたことだった。そこで通常の人間よりも圧倒的な膂力と耐久限界、鷹の目も斯くやという視野、聴覚を併せ持つ最強の兵士を作り上げ、一気に世界のトップに躍り出よう。それがこの計画の目的だった。
エーテル機関を心臓に埋め込むと言った暴力的なやり方は憚られると言う理由から、薬物投与や専用の装備を作ると言った事で計画は進んでいた。
しかし薬物は後遺症を残す恐れのある薬品ばかりで、専用の装備を作るとなればそれ専用のGPSも必要になり、余計に資金が掛かることになって、結果それらは頓挫した。それの犠牲になった少女らは市井に職と住む場所を与えられて返されたが、それ以外の少女らはそこに残るしかなかった。
出来るだけ少女らの美しさを損なわぬように、それでいて圧倒的な力を。
矛盾したコンセプトを満たすため、あらゆる手法がとられた。勿論、いざという時に戦力となる少女たちを殺さぬように。
エーテルの一部を身体に入れて半身不随。
エーテルに耐えきれずに腕や足が欠損。
視力障害、聴覚障害、実験で数多の少女が死にはしないものの、後の人生に深い傷跡を残す失敗に見舞われた。勿論、それら少女は市井に返されるか病院で一生入院生活だ。殺されないだけましともいえたが、本人たちからすれば気が気ではなかっただろう。
そうして生まれた、成功体。要求を満たして余りあるスペックと武器の扱いの巧みさ。それこそまさに、“最終兵士計画”を体現した個体だった。
成功体の実験プロセスを他の少女で試せば、高確率で要求スペック通りの少女らが生まれ、それらは一軍と称してよい規模となり、他国を震え上がらせた。
科学と魔法の両立によるこの終わりのない戦争に突如として表れた無敵の兵士たちは、あっという間に、敵国の兵の気力も気迫も、何もかもを吸い尽くして行ってしまったのだ。
そうして他国には狂戦士達と呼ばれるようになり、自国からは勝利の戦女神と呼ばれるようになったのは余談と言えるだろう。
最初に成功した個体、ナンバリングからアインスと呼ばれる少女は、他の量産された少女たちとは違い、より強い魔法を行使できた。その関係上使える武器は限られたが。
アインスの強さとは、脳波の強さに依存している。
通常の人間の脳味噌はその10%ほどしか使われていないと言う。そこで脳の栓を20%ほど外し、内包する魔力子を持って周囲の魔力子を集め魔法を使用する。そこに専用の装備が加われば、さらにその力は増大する。それがアインスの秘める強さである。
勿論、専用の装備にもエーテル機関が搭載され、これによる無尽蔵の魔力子によって身体の強化率を自在に変えることが出来るほか、衝撃吸収など様々な恩恵にあずかれる。ある意味では画期的とすら言える成功例だったのだ。アインスは。
だが普通に考えて、脳味噌を弄るなんてことをやれば、死ぬ少女が出てくるのは当然の帰結だった。
電極を頭に刺して強制的に栓を抜くなんてやらかせば、それは死人が出るのも仕方が無い。それでも研究を続け死亡率を下げた研究者には一定以上の良心があったと思った方が良いのかどうなのか、判断に困るところではあるだろう。
少女たちが見たのは、戦争だけだった。その為に生み出されたのだから当然の帰結だったが、それは年頃の彼女たちにはどれほど辛い光景か、分からない者はいない。そして分かっているくせしてその事実から目を反らし、同類を増やしていく。いつだって為政者は戦争には無力だし、兵士は為政者に対しては無力なのだ。
■
私は兵器だ。私は戦う者で、私は、殺戮の機械だ。
我が一撃は国民を守る矛で、我らの勝利は国をより一層勝利に近づける布石。国民を守るために身を捧げることが私の生き甲斐で、そのために戦っている。
私はそう教えられて育って来た。そして国のために戦い、国のために死ぬのが私の役目だ。その為に姉妹たちを引き連れてきたし、多くの敵兵を葬り去ってきた。だと言うのに……これは何だ?
私が忠誠を誓った国は見事に大敗し、姉妹たちは捕えられ処刑された。次は私の番だ。
貧困と絶望に喘ぎ、食う物にすら事欠き、路上に子供が捨てられる光景が当たり前となった世界で、新たに現れたカリスマ的指導者によってこの国は不死鳥のごとく復活した。
金に困っている者には職を。
食う物にも事欠く子供には同じ境遇の子供を集めた居場所を。
路上で生活するしかない者には生活再建の斡旋所を。
それでもあぶれる者には軍への雇用を。
新政権による新たな国家体制と国家戦略。魔法を基盤に富める者も貧しい者も等しく教育を受け、身を守る術と生計を立てる術を習う。
確かに繁栄していた。それまでの貧困ぶりが嘘のようにあっという間に経済は建てなおされ、飢える者も、嘆く者もいなくなった。
しかしその栄華は色あせ、変色してしまった。
人を守るために生み出され、力を与えられた私は、また誰も守れずに、死を待つだけの身となってしまった。
あの路地裏で野良犬を抱きかかえて蹲り、友とすら思った路地裏の仲間を見捨て、食う物を手に入れることさえ事欠くありさまで、今か今かと鎌を砥ぐ死神の姿を幻視しながらも何もしない、成さないありさまで死を待っていた。
如何わしい黒いオーバーコートを着た軍人に抱きかかえられて連れて行かれた研究所で、衣食住を、ほんの少しの実験の参加の対価としては大きすぎる報酬を与えられ、私は姉妹を持つに至った。血のつながりも何もない、同じ実験を受けている者同士の連帯感が生み出す姉妹関係。しかしそれは肉親たちが抱く情よりも堅く結ばれたのだ。
そうして得た比類ない力とそれを扱えるようにする武器。姉妹たち。そして兵器としての私。全てが揃い全てが回りだした。
起こるべくして起こった第三回目の世界大戦。
当時強国として世界に君臨していたある国の約45パーセントを占領した。
歯向かう国には鉄槌を。軍門に下った国には寵愛を。そうして強大になっていき、しかしそれでも世界中そこかしこから戦争の火が生まれて、この国にその砲火を向けようとする。そうして生み出された私達。
過去の名を捨て、新たに実験コードで呼ばれる日々。
過酷とすら言える実験に耐え、国のために、己のために、その牙を砥いで、そして戦ってきた。だというのに首都は敵の手に落ち、守るべき国民は奴隷のような扱いを受け、我々は邪魔だと言うことでありもしない罪まで被せられて殺されようとしている。
だがせめて、せめて妹たちには幸福な来世があってほしい。私はどうなっても良いから。
そんな中で、思い出した。首に縄が掛けられ、今にもそこから落とされると言うのに、閣下の残した遺言を。
逃げ切ることが出来たならかつての栄光を忘れ、女として幸せに生きろと言われた。私達の戦争は終わりだとも。
出来るわけがないと知っているはずながら、彼の人は最後まで将兵一人一人を想って逝かれた。なら、その御心のままに、私もあちらに逝こう。
私の戦争が終わりだと言うなら、甘んじて受ける。そうして、巡りくる来世には妹たちと、閣下と共に幸せに生きていきたいものだ。
急速に身体に掛かる浮遊感を感じるのと同時に、私は結論を見つけた。
■
そこは一面緑に覆われた平原地帯だった。草がぼうぼうに生い茂り、時折花や雑草が見え隠れする、ただの平原。もしもここに牛やら羊やら馬やらを放てば一カ月以上は暮らせるだろうと言えば、どれほどの密度かは想像に難くない。
そんな長閑と言って差し支えない景観の中で、大きな爆発の音が遠雷のように響いていた。少しずつ間が狭まっていき、ついには小爆発の音が断続的に聞こえるようになって来ていた。
数十キロ先からその音源が近づいてくる。超人的な聴力でその確信を持った少女は、その手に握られているダブルバレルの散弾銃のような形をしている余計なオプションが多数取り付けられた銃と、マシンガンのような形状の銃を両手に持ち、それを組み替えていく。
二本のバレルを一つに繋ぎ、その先に対戦車ライフルのようなマズルブレーキを繋いで、オプションパーツを取り外して目の前に並べる。
銃身、というよりは砲身となったバレルを一端銃から外し、ストックとして使用されていた二脚とグリップを外してフレームを反転させると、それをストックと繋ぎフレームの横面にグリップを取りつけて巨大なスコープを接続する。
散弾銃が一本の対物狙撃銃のフレームに早変わりすると、それをもう片方、マシンガンの銃口に合わせ、マシンガンの上部に設置されている固定器具を降ろし、マシンガンと接続した。
最後の一つになったオプションパーツ、二脚をライフルのフレームの前面下部に取り付けて、それを畳んだ状態から開いて地面に接させることで銃身を固定し、マシンガンの側を少女の柔らかそうな太ももに乗せて弄りだす。
マシンガン側は、先程まで使っていたのだろうマガジンと逆L字を描くマガジンとを交換し、ストックの側からコッキングハンドルのような物で何かを押し出す。
言ってしまえばこれだけの工程で、少女の膝の上には少女の体長よりも巨大な大砲が完成した。
段々と近付く音に、少女はもう一度長閑な平原の中でポツリと丘陵のようになっている崖から、そこを眺めた。
人が戦っている。何やら異形の怪物を相手に、馬鹿なことにも剣や槍、弓で戦っている光景。
原始的だ。文明的な戦い方でもなければおおよそエーテルと魔力子を生かした戦い方でもない。
ここは彼女の知っている世界の時代ではない。その戦闘行為で最低限彼女に現状を理解させることは出来た。ただ、それでも彼女の行うことは変わらない。
今も昔も、誰か他人のために、滅私に近い奉公をするだけだ。いついかなる時でもそれだけは変わらない。
地面に伏せ、インナースーツ越しに身体が地面の感触を感じるが、そんな物を少女は気にせずに銃身の中ほどに設置したスコープを覗く。
少女の身体全体は常に魔力子によって強化され、少なくとも五キロ先まで見渡せているが、この大砲は更にその先、最低でも二十キロ先の友軍を援護するための物で、それ専用のスコープが備えられている。
勿論、このライフルの制作経緯から様々な戦闘距離に対応できるようにするための組み換え機構が採用されているため、十キロ以下にも設定は可能であるが。
スコープの先に見える男女四人組の戦う恐竜のような物の腹辺りにスコープの十字線を合わせる。通常ならば、十キロ先に当てると聞けば弾の空気抵抗を考えて十字線を合わせるが、エーテル機関を搭載しているこの大砲にその常識は通じない。
エーテル機関で造られた魔力子を元に使用者の使用する銃の形態に合わせた強化がなされる。そのためエーテル機関は実際にエーテルを消費しているわけではなく、魔力子を吸入して吸入した分の魔力子で物、この場合はライフルを動かしている。
そして魔力子を吸入する関係上、エーテルが無くなるわけではない。逆に魔力子を吸入すればするほど増えていく。
ならばエーテルは溜め込んだままにするかと言えばそうではない。器自体にも容量がある。そこで、ライフルや銃、またはフォトンブレイドなどで使用される際にはその余情エーテルを高圧縮した、質量がゼロのくせにありえない程の高威力を持つエーテル弾やフォトンエッジに転用している。ありていにいえば、ビームライフルとビームサーベルだ。
魔力子を使って動いているという前提から逸脱しているように聞こえるが、魔力子は本体と使用者の身体強化に割り当てられ、エーテル弾やフォトンエッジはエーテルと魔力子を高圧縮した物と思ってくれればいい。
よって質量がゼロということは、風の影響を受けることはない。そのまままっすぐ進む。銃口がずれない限りは。故に、少女は風を気にすることなくスコープを相手の横腹に合わせられるのだ。
「目標捕捉。エーテル圧縮開始。腕部、胸部、肩部、頚部、脚部に身体強化魔法を起動」
キュゥゥゥゥ、という何かを高速で吸い込む音が周囲に響くと、ピッという音と共にスコープの端にチャージ完了の文字が躍り出る。マガジンにチャージされている分を含めれば、残弾は12発だ。しかし少女は一発たりとて打ち漏らすつもりはない。そしてそれを成すだけの技術もある。
二脚の高さやスコープの倍率を細かく変更し、伏せ撃ちの体勢に入り、グリップとフォアグリップを握り締め、トリガーに指をかけた。
スコープの中で異形が大口を開けて人を丸のみする瞬間と、少女がトリガーを引いたのは同時だった。
バシュゥゥゥという炭酸の気泡が抜けるような音を倍増させた音が響き、エーテルの塊が狙い通りに異形の腹に穴を穿つ。遅れてやってきた風が少女の髪を揺らすが、目には入らない。
撃たれたことに気が付いた異形が人では理解することすら不可能な雄叫びを上げてのたうち始める。その余波で地面が弾け、草花が散っていくが、そんな物お構いなしに、少女はその異形を、その異形に相対していた男女の動きを観察していた。
魔力子を纏った剣を持った男と細長い剣を持った少女が傷口を押し広げるように引き裂き、内部に向けてローブをまとった女性が巨大な火球を押しこんで内部から焼き払い、尚も抵抗する恐竜にハンマーを持った男が止めを刺した。
火球を押し込んだ時点で絶命すると踏んでいたのだろうが、目論見が外れて動きが止まることもなく、最終的にはハンマーを持った男が体重と落下エネルギーの掛かった一撃で華麗に最後を決めた。その手腕は少女から見ても評価に値した。
ライフルを接合部から二つ折りにすると、砲身と見紛う長大さのライフルの銃身が腕を覆い隠す形になり、その下からは小口径の穴が見える。9mmパラベラムは撃ちだせそうである。
男たちがはぎ取りしている風景をぼんやりと少女は見つめていた。
自身の感情などはなく、ただ機械的に、己に正義と教え込まれたことをやり遂げてきた少女に、スコープの先に見えるそれはひどく輝かしい物に見えた。触ってしまっては崩れてしまう砂の楼閣のような、しかし威厳と存在感のある城砦のようなそれが、酷く羨ましく感じられた。
膝立ちしていた少女は、男たちが崖に向かって歩き始めるのを見るとそのまま立ち上がり、自分の横あいの空間から銀が鈍く煌めくナイフを取りだして、崖から身を滑らせるように落とした。
自由落下によって加速度的に上昇していく落下速度。通常の人間ならばとうの昔に死んでいるか気絶しているが、身体強化を常時受けている彼女には蚊に刺された程度以下の衝撃と負荷がかかるだけだ。
片手に握ったナイフを崖に突き刺すと、それを緩衝材代わりに落下速度を減衰させていく。強制的な減速と負荷で腕が軋む感触がするが、少女は意に介さずに一切の障害もなく地面に降り立った。
□
男たちは討伐証明である牙と爪を採取しながら、若干ばかりだが戸惑っていた。
あと一瞬で仲間である女性、ゲルトルートが食われるところを、何処からともなく襲った一条の光がギガンティシュガイストの身体をやすやすと撃ち抜き地に縫い付けた。
あの一撃が無ければ彼らは瓦解していたかもしれず、まず間違いなく仲間であるトゥルーデを喪っていただろう。
男、ヴァルターは光が飛んで来たであろう高くそびえるような崖を見た。
普通に考えて弓矢では飛距離的に足らない。しかし光の入射角から考えれば男の目線の先にある崖からしか出来ないが、目測だけでも距離はおおよそ600メートルは優に超しているうえ、高さも50メートル以上はある。物理的なエネルギーを利用しても矢を届かせることは不可能だ。
仲間が訝しげに見ているとは知らずに、ヴァルターは崖を見つめていた。先程から、妙に誰かの視線を感じているからだとは言わない。
「そのはぎ取りが終わったらあの崖のあたりに行こう」
「ギルドに戻るんじゃねぇのか?」
先程ギガンティシュガイストと呼ばれたこの恐竜を剣で切り裂いた張本人である年若い男、ヴィクターが、なんとも軽い口調でハンマーを持つ男に聞き返した。
「さっきの閃光が見えただろう?あれは弓矢なんかじゃなければ砲弾でもない。それに入射角から考えてあの崖から射って来たのは確かだ。調べない手はない」
眉間に少しばかりしわを寄せながら崖を親指で指す姿は男前と言った方がいい貫禄に満ちていたが、それに対して先程巨大な火球を放っていた張本人、アンナは不満そうに唇をとがらせながらローブの中から驚くほど白い腕を出して恐竜を指差す。
「とは言っても、こんな換金部位の塊を野ざらしにしとけって言う気?これだけ大きな奴をむざむざ横取りなんてさせたくないわよ」
子供のように唇を尖らせたアンナに、ヴァルターは苦虫を三匹噛み潰したような渋面になると、諦めたように溜息を吐いた。
「……俺が運んで行く。それで良いだろ?」
「さっすがヴァルター!男前!」
「流石は俺たちのリーダー!」
口々にヴァルターを煽てるが、ヴァルターは額に手をやって再びため息をついた。こんなんでこれからもやっていけるのかと。
溜息をついてから顔を上げると、一人が目に付いた。黙々と換金できる部位、この場合は骨や牙などを採取している、先程食われそうになった女、ゲルトルート、通称トゥルーデだった。
「おいトゥルーデ、体調が優れないようだったらこっちも考えるから、遠慮なく言ってくれよ」
「大丈夫だ。ただ、少し気が抜けてな」
「あぁ~、あと一瞬遅ければ食べられてたものねぇ」
「あまり気負わねぇ方が良いぞ。そんなんでいつまでも暗いまんまじゃまた凡ミスしちまうしよ」
「だから、大丈夫だと言っているだろう」
少しばかり張っていた空気が弛緩して、このチーム独特の和気藹藹とした賑やかな空間が出来上がる。
これだ。ヴァルターはようやっと元の空気に戻ったチームメイト達を見て、少しだけ口角を上げた。
「さぁ、換金部位はあらかた取れただろう?後はこいつを引きずって一度あそこの崖のあたりまで行ってみよう。何か分かるかもしれん」
「何かって、何よ」
疑問といったようにアンナは首をかしげる動きをすると、ヴァルターは恐竜を大槌の柄に引っ掛けながら全員に聞こえるように声を上げた。
「トゥルーデを助けたあの光の正体だ。お前らは夢中でそこまで考えていなかったかも知れんが、あれは魔法でもなければ砲弾でもなければ、ましてや矢でもない。そして十中八九人為的な物だ」
「つまり、もしかしたら人かもしれないってことかよ?」
「おかしいだろう。あの崖は目測だけでも50メートル以上はある。そんなところから人が弓なり魔法なり大砲なりを撃てば、この距離で気がつかない筈はないぞ」
「それを調べに行くんだ。もしも人だったらコミュニケーションを取る必要が出てくる」
助けてくれたことに感謝し、何か礼の品でも渡せばいい。そうでなくとも、あの光線の正体が気になるのだから、どの道聞きださなくてはいけないだろう。
「じゃあもしも人だったら?」
「街に連れて行くしかないだろうな」
最悪取り分の分配で揉めるやもしれんと、ありえないことだが肝が冷えてくる。
「男だったら?」
「一挙手一投足見逃さずに監視する」
暗殺されそうになったら殺すしかないだろうと、言外にヴィクターに伝える。
「女だったら?」
「その時はトゥルーデとアンナに監視させるな」
女だったら危険度は下がる。一度マウントポジションを取ればまず腕っ節で男に勝てる女はそうそういない。
「ヤらないの?」
「街でしてこい」
最後の質問に呆れながら返すと、大槌を先ほどとは逆向きに背負って崖の方向に向かって歩き始める。その歩みは恐竜を引っ掛けて歩いているとは思えないほど軽やかで、この恐竜が軽いのかと疑ってしまうほどである。
だがそれも日常茶飯事なのか、遠い目をしながらヴィクターもアンナもトゥルーデも男の後ろについて歩き始めた。
少しばかり崖との距離が近くなってきた頃、不意にある音が聞こえるようになってきた。
まるで何かを削るような音が上空から鳴り響き、少しずつ近づいてくる音だった。ガリガリと削る音というよりはドリルやチェーンソーで彫刻を彫る音と同等の音量だと言えば良いだろうか。少なくとも出そうと思って出せる音ではない。
「上だ!」
飛び退くように先程までいた場所から全員が離れれば、崖に突き刺したナイフを緩衝材にでも使ったのだろうか、崖に長大な傷跡を残しながら黒いインナースーツのような物を纏った少女が、これまた長大な大筒を携えて落ちてきた。
良く見ればそのインナースーツもバイクのライダースーツとは違う、もっとピッチリと体に吸いつくようなデザインで、少女のあるともないとも言えない身体の起伏を外界に伝えていた。
胸元にカップが設けられているのか突起物は見えないのが救いだろうか。股座も良く見れば格闘技で使うウォウルカップのような物でも付けられているのか体に食い込むようなところはパッと見では見当たらない。良くも悪くも、少女に合わせて作られていた。
ただ、男から見ても女から見ても扇情的な恰好であることには変わりない。言ってしまえば布一枚纏っただけの状態で、体のラインを浮かび上がらせるから目のやり場に困る。
全員が武器を構えるのを見て、女は手に持つ大筒を構えてナイフを逆手に握りなおして構える。
暗い奈落を想わせる暗黒が大筒に開いており、その暗闇がヴァルターに恐怖を与えた。
「全員武器を降ろせ!」
「だけどっ!」
「まずは話を聞こう!それからでも遅くはない!」
リーダーであるヴァルターの意に従うように、彼らは各々の武器を収める。
全員が武器を収めるのを確認した少女は同じように構えていたナイフと大筒を降ろし、リーダーと判断したのだろうか、ヴァルターに目を向けた。
話を聞くと言う意味だと気が付くのに一分を要したが、男は何とか口を開いた。どこから聞けばよいか迷いながら、とにかく口を開くことに集中した。
「さっきのあの閃光、あれはお前が放ったものか?」
少女は即座にコクリと頷き、片手に持つ巨大な筒を手の平で叩いた。
男たちにはその筒で攻撃したと言う意味は伝わったが、生憎とそれ以上のことは伝わらない。
まったく見たことのない兵器とそれを所持する少女。その兵器の真価は射程が長いことからも弓より有利な程度としか分からず、まったくと言っていいほど少女の事を理解させなかった。
「なら先程の援護、感謝する。あの一射が無ければトゥルーデ、そこの長剣を持っている女なんだが、彼女が死んでいた。ありがとう」
「…………私は私の任務を果たしただけです。お礼はいりません」
「任務?……誰かに命令されたのか?」
もしそうならば奴隷の可能性もある。
こんないたいけな少女を、とは思わない。奴隷なんて街を歩けば貴族が侍らせていたり抵抗できないのをいいことに暴力を振るうのを良く知っているからであり、それが常識とも言えるからだ。
「……すでに、この世にはいませんが」
男は失言に気が付いたが、しかし少女の持つ武器とその命令という言葉に違和感を感じざるを得なかった。
もしも自分たちを助けるのが命令なのならば、それは恐らく昨日の内に命令されたことのはずだが、それよりももっと前の段階で死んでいるような言い回しだった。そして自分たちはあまり名の知られていない無名のパーティーだ。故になぜ自分達を守る命令が彼女に下ったのかが分からない。
そして、自分達を守るためになぜこのような、何処の国も開発していないような武器を持ち出さなくてはいけなかったのか。それならば別に剣や槍でも構わない筈だからだ。
「悪いことを聞いてしまったな。なら、君は何処の誰なんだ?良ければ教えてもらいたい」
男が穏やかに問いかけるように言うと、少女は一瞬躊躇うようなそぶりを見せた後、男の目を見て毅然と言い放った。
背筋をしっかりと伸ばし、左腕をピンと伸ばして太もものあたりに添え、右腕は武器を降ろしてから左胸部のあたりに一回添えられると前方に向かって伸ばされる、俗に言う古代ローマ式敬礼だった。
「大日本第二帝国所属 強化兵姫軍団軍団長 アインスといいます。今は亡き第二帝国が元首、皇 飛鳥天皇陛下のご命令に従い参上しました」
無論、男たちは大日本第二帝国などという国など聞いたこともなければ行った事もない。それどころかアインスという名前もコードネーム、というよりは通り名染みていて答えにすらなっていない。
謎が一つ解けるのと同時に更に謎が増えた、ミイラ取りがミイラになる感じの意味の分からない状態に陥ってしまう。
「あ~、言いにくいことなんだが、そのダイニッポン第二帝国とかいう国は聞いたこともないのだが……」
「それはそうです。私は貴方方で言うところの異世界から来た存在なので、知らないのも無理はないかと」
さも当然のように異世界から来たと言いきった少女に、もしや頭がやられているのではと考えたが、武器の存在が目立つためか男たちはその言を信じた。少なくとも少女の手に持っていた武器はこの世界で作れるような物ではないからだ。
そこでヴィクターが、警戒しているとは思わせない軽い口調で少女に話しかける。
何の意図があるのかはヴァルターをして理解できるものではなかったが、彼らにとって不利益になるようなことを、ヴィクターが行った事はないために黙認した。
「異世界ねぇ……じゃあ君がその異世界のダイニッポン第二帝国の出身だとして、どうしてこの世界に来たんだい?……どうやって、この世界にやってきたんだい?」
本当に異世界から来たのなら、その世界と交流が持てるかもしれない。そうなれば自分達は一攫千金も夢ではないお宝を目の当たりにしていることになる。利用しない手はなかった。
少女はどうしようかといった感じに逡巡すると、溜息をついてヴィクターの目を見た。
「それは私にも分かりません。元々私達の世界では、私の持つ武器を用いて世界中のほぼ全ての国を巻き込んだ大戦争が起こっていましたので」
それは男たちにとって想像できる範疇から大きく飛び出したことだった。
世界中が戦争?ならば移動手段は何を使うのか、なぜそんな戦争が起こったのか、どのようにして終結したのか。
長距離移動手段を馬くらいしか知らない男たちには、エーテル機関を搭載した車両が、戦艦が、鉄道があらゆる場所に張り巡らされ、あらゆる場所で銃撃戦が展開されている姿など想像できなかった。
武器は剣と楯。身に纏うは総合計で100キロは優に超える鎧を着た兵士。
それが男たちの普通で、そんな世界中が戦争を行う姿など簡単に思い浮かぶ物ではない。端的に言って狂っていた。わざわざ重い鎧と武器を担いで何百キロもの距離を移動するのかと。
「詳しい説明を、と思いましたが無粋な輩がいるようですね。先にそちらを始末しましょう」
巨大な筒を男たちから見て左側面に向けて構えると、引き金を引いた。
タタタンッ!
ミシンのような音が響くと、近くの林からばたばたと何かが倒れていく音がする。紅い色の液体がこぼれていることから生物であることは間違いない。
断続的に響く銃声。それの一発一発が命を散らしていることが分かるようになると、男はそれを止めようとしたが、既に遅かった。
「足止め終了。これより殲滅に移る」
目にもとまらない速さでいつの間にか林に突入し、あのミシンの音を立てて何かを撃ち込んで行く。そのたびに聞くも苦しい断末魔が響き渡り、そこにいたのが人間だった何かだとヴァルター達に理解させた。
しばらくすればケロリとした表情で少女が林から現れ、ヴァルターたちの目の前で立ち止まった。その顔には血が数滴付いており、折角の美しく白い肌が赤と白のまだらになってしまっていた。
「ちょっと顔出せ」
少女は不思議と言いたげな表情で顔を前に突きだす様にすると目を閉じて微動だにしなくなった。
どのようなポーズにさせても体のラインが浮き彫りになるそれを着ている以上、見ている側からすれば誘っているのかと思わずにはいられなかったがヴァルターは久々に感じた滾りを誤魔化してハンカチを取り出し、少女の顔に付着した血液を拭ってやった。
「……ん――」
力が強すぎたか、少女が呻く様な艶めかしい声を出したがヴァルターは聞かなかったことにして、血液を色が残らないようにしっかりと拭い、拭ったそれをズボンのポケットにしまった。
その間、ヴィクターがナニを勃たせていたのは気付かなかったふりをしよう。ヴァルターとてギリギリのところで踏みとどまっているのだ。
「これでいいか。ほら、もう目を開けていいぞ」
「――何だったのですか?」
「顔に血がこびりついていたから拭ったのさ」
「そう……ですか」
不可思議な物を見る目で少女に見られたが、ヴァルターからすれば血が付いたままケロッとしていられる少女の方が不思議だった事は、言うまでもないだろう。
「ねぇ、ヴァルター」
「分かっている」
アンナがヴァルターに耳打ちするが、ヴァルターもアンナの言いたいことは承知していた。先ほど襲われかけていたのだから、尚更によく分かっている。
「なぁ、さっきの奴らみたいなのがいる様だから、一度街に行かないか?そこでゆっくりとお互いの世界について話をしたい」
「はい、私もその提案に否はありません」
案外あっさりと了承が得られたことから、少女も軍人と自称するだけはあって観察能力は高いようだと認識を改めた。
すると、アンナがヴァルターを退かす様に手で思いっきり押しのけると自分のリュックサックの中を漁り、取り出した中身を少女に差し出した。上機嫌なようで普段にもましていい笑顔で少女にそれを差し出している。
「なら、街じゃその格好だと浮くから私の予備のローブを貸してあげるわ。これ被って付いて来てね」
「分かりました。ありがたく使わせて貰います」
街に向かって歩いてゆく彼らは、この出会いが彼らの運命を良い方向にも悪い方向にも狂わせるとは、まだ誰も知らなかった。
『異世界転移の物語』第三章 ~Eine Streitschrift 一つの論駁書~
主人公の使うライフルはコトブキヤヘヴィウェポンシステム001のストロングライフルを基にしており、組み換えで短機関銃にも散弾銃にも、ショートバレルライフルにもアサルトライフルにもなり、臨機応変に戦えます。器用貧乏という言葉もありますがww
終盤で登場したナイフはユナイトソードのナイフです。これはナイフの刃を高周波振動させることで切断力をあげた高周波振動対物溶断ナイフです。銘はないです。
なお、主人公の世界ではナチスドイツ第四帝国、オーストリア・ハンガリー第二帝国、ソヴィエト連邦第二共和国、イタリア王国、そして大日本第二帝国の計五国による日ソ独墺伊五カ国枢軸同盟が結成されており、第三次世界大戦がはじまっています。
連合国側はアメリカ連邦共和国、フランス第六共和国、イギリス・アイルランドが統合されたブリテン第二王国、中華統一戦線が自称するところの統一中華帝国、北朝鮮と大韓民国が統合した朝鮮大王国、カナダ連邦の計六国が主要な国として名を連ねています。
最初のうちは枢軸が勝ち星を挙げますが、だんだんとユダヤに国政を牛耳られていると言っても過言ではない某A国たちが力をつけ、枢軸たちは仲よく第三次世界大戦にも敗北します。
そしてソ連は再度解体。ドイツはカナダとアメリカとイギリス(ブリテン)とフランスの四国によって分割統治。
オーストリア・ハンガリーは中国(統一中華帝国)と朝鮮(朝鮮大王国)とアメリカの三国で分割統治。
日本(大日本第二帝国)はアメリカとイギリスが分割統治。
イタリアは中国とフランスと朝鮮とカナダで分割統治です。余り物の分け合いです。
詳しくは設定集を書きますので、そちらを参考にしてください。下記がURLです。