ネオンと豆電球
初めまして。遥希と申します。
はじめての投稿です。至らない点はたくさんあると思いますが精進していきます。
基本変なカップルが好きで、護身追人も変だけど純粋……みたいなものを目指して、更新していきたいと思います。
どうかよろしくお願いします。
早く帰ればよかった。
掴まれた手首に視線をやると、相手の目と触れ合う。怖さが上塗りになって、声は霞み、タバコの吸殻の捨てられたアスファルトへと逃げる瞳。
たかが大学の飲み会。
ましてや、人数合わせで呼ばれただけだった。友達は意中の彼と夜の街に消えて、私は一人「気を付けるんだよ」と舞い上がった友達にエールを送った。
……でも、気をつけなければいけないのは、私の方だった。
友達が曲がり角まで行って、姿が見えなくなるまで見送った。私も帰ろう。そう踵を返したとき、甘ったるい香りが鼻の頭に当たった。
視界は黒になっていて。慌てて顔を上げると、見知らぬ男の不敵な笑みが私を覗いていた。
「大丈夫?怪我ない?」
男は私の頭に手を優しく置いた。
慌てて男から離れ、「すみません」と頭を下げたが、声がもつれる。
相手の男はいいよいいよ、と携帯を触りだす。見るからに、怖いお兄さんだと思った。
どうしようかと迷っているうちに、相手の男は何処かへ電話をかけながら、私に声をかけてくる。
「お姉さん名前は?俺は浅原って名前だけど、圭輔だから圭サンって呼んでね。たぶん俺より歳下だよね?今帰り道なら送ろうか?」
ここで浅原さんの電話が通じたらしく、彼は少し低い声音で話を始めた。
「俺だ、予約とっとけ。……は?当たり前だ今すぐだよ馬鹿が」
浅原さんはそう言って電話を切った。逃げるべきなのに、足はジリジリとしか動かない。少しだけ高いヒールが、アスファルトに引っかかる。
浅原さんは私の両手を合わせて握って、自分の胸へと当てた。
「もーお姉さんかわいいからドキドキしてるよー。時間あるならちょっと一杯だけでも行かない?いい店があるんだー」
浅原さんの目は、不気味に、優しく笑っていた。気温が一気に下がったのを、肌で感じた。
「は……離してくださ……」
もうおしまいだ。きっと今からホテルに連れて行かれて乱暴されるんだ。誰も助けてくれない中私の悲鳴だけが響いて。
……そんな光景がすぐに浮かんで、怖さで涙が落ちた。
──でも、それは現実には起こらなかった。
アスファルトに涙が落ちたその時、私の拘束は唐突に解かれる。
ハッと気付いて浅原さんを見る。しかし彼がいた場所はもぬけの殻。左へと視線を遣ると彼はゴミ置場へと吹っ飛んでいて、通行人の何人かを巻き込んで落ちていた。その隣には、何らかの衝撃で地面に落ちてしまった私の鞄もある。
歪んだ顔を戻す間も無く、私は目の前の状況がつかめずに唖然としていると、私の右から男の人がひとり、悠々と歩いて来て鞄を拾った。
「あ、あの……」
キャップを深くかぶった、体格のいい男の人は口元だけを笑って振り返ってくれる。伸びてしまった浅原さんの太腿を蹴り、男の人は私に優しく鞄を差し出した。
「気を付けるんだよ」
左肩に手を置かれ、耳元で囁かれた声は強く、低く、男らしい声音だった。
すぐに振り返ると、助けてくれた男の人は走って繁華街を抜けていく様子が目に映った。
私は伸びた浅原さんと、助けてくれた彼を交互に見やったあと、駅のある方向へと必死に走って。
……良いのか悪いのか、でも不思議な夜を終えた──。
「それこそ恋の始まりよっ!!」
家に帰ると妹の晴が実家からプチ家出を敢行したらしく、合鍵で私の住まいへと乗り込んでいた。晴はよく両親と喧嘩をして、行く宛がないので唯一優しい姉の私のところに来る。
そんな理由で妹がいたとしても、私は見たことのある風景だ、と途端に安心してしまい玄関で嗚咽を漏らしながら泣いてしまった。
晴は静かに、でも興味津々に私の話を聞いてくれた……けど、ガラステーブルに缶ビールの底を叩きつけないで欲しい。
晴は空になった缶を片手で握りつぶして肩を小刻みに震わせているけど、こういう時は決まって大声を出す。
「名前くらい教えてもらえばよかったのにぃ〜!」
「だって、走って行っちゃったんだもん。聞けるはずないでしょ……」
「礼は必要ないぜ……あばよ……とか言っちゃいそうなタイプね!」
「……あばよ、は古いと思うよ?」
首を傾げてみるが、正直なところ助けてくれた彼のことを全く覚えていなかった。髪の色、肩幅、靴のブランドに手の大きさ…何もかも覚えていないけど、一つだけ鮮明に覚えているのは
「気を付けるんだよ……」
「ん?なに?」
不意に口を突いた彼の台詞。晴に返事をされ、慌てて「何でもない」と有耶無耶にする。それでも晴は問い詰めてくるので、さっさと部屋の電気を消してしまう。
「イヤー!豆電球つけてー!」
「私は真っ暗じゃなきゃ寝れないの!ほら寝るよ!」
「お姉のケチー!!」
そうは言いながらも、私のベッドの隣に敷いた布団へと潜り込む晴。
晴の顔が掛け布団から出てきて、枕に沈んだのを見計らって、私は豆電球を消した。
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「あれ、今日は妹さんがいるのか……」
寒空の下、彼女の部屋の窓を見るため、街灯の灯りを遮るように手を出した。
一人じゃないなら大丈夫だ。やっぱり、今日のような事があれば少しは用心したい。女の子でも、一人と二人じゃ安心感が違うだろうから、今夜僕はもう必要ないみたいだ。
自分にそう言い聞かせるように、僕は雪の降る細い小道を通り、我が家へと戻った。